三章 捕らえられた二人

10

「でもさ、ビリー」

 しばらくの沈黙ののち、次に口を開いたのはホビスだった。

「サリーを助け出せたとして、そのあとはどうするんだ?」


結界を張ってサリーを隠す? それって場所が変わっただけで、サリーにとっては今と変わらないんじゃないか?


「消失呪文はジョゼなら何とかできる。それさえ破れればサリー奪還はそれほど難しくない。サリーを取り返したら、ニアとマリが正式に統括魔女になるまでの間、隠せればいいんだよ」

そうしたら、二人の力で勝算も出てくる。


「今、ここにいる五人が力を合わせたとして」

 次にマリが口を開いた。

「その結界を破り、サリーを隠すことができるの?」


驚いたニアがマリを見る。

「マリはなにがあってもサリーを助ける、っていうと思ったのに」

「大事なことよ、ニア。もし、五人では無理、もしくは難しいのなら、私たちはもっと仲間を募らなくちゃいけない」


 見守っていたジョゼがマリを笑顔で見た。

「なるほど、それなら勝算がないでもない」

そしてニヤリと笑い、

「赤髪のビリー、あなたは我が魔導士学校一の人気者、しかも万年首席。白金しろがね寮ではあなたに反対意見を言えるヤツはいないともっぱらの評判だな」


なぜ今それを、と戸惑うビリーの代わりに

「特に女子からの人気は絶大」

とホビスが茶々を入れた。


「そして、ニアとマリ。当校の二大魔女とも渾名あだなされる二人の人気も次期統括魔女と決まった今、黄金こがね寮を飛び越えているはずだ。それでなくとも力を持つ魔女の二人には誰も睨まれたくはない。将来に影響することでもある」

 二人を舐めるように見ながらジョゼが言う。


「さらにホビス。赤金あかがね寮の寮長。少なくても赤金寮での人望は揺るぎなく、地味ではあるが生徒間では陰の実力者と呼ばれている」

最後にジョゼがホビスを見たが、ホビスは怖がって、ヒェっと変な声を上げた。


「そして、ここにはいないがサリー。彼はその人柄で、あっという間にこの魔導士学校で、寮を超えて多くの友人を得た。その友人たちが彼を裏切ることはないだろう」

だからだ、とジョゼの演説が続く。


「私たちは私たちの強みを最大限に使おう。神秘の力も、権力も、私たちには不要だ」

まぁ、少しは必要なのだけど、とクスっとジョゼが笑う。


「よく聞け、この学校の生徒全員を、少なくとも生徒全員と見えるよう、味方につける。魔導士たちの多くはギルドの横暴に耐えている。今回の暴虐ともいえるギルドの行いに、反感を持つ者は多いだろう。権力争いのために一組の恋人たちを引き離し、あまつさえその片割れの存在を消そうとしている。残された魔女を自分たちの都合のいいように使うためにだ。この蛮行を許すな、と扇動するんだ」


 まずは学校の外部との情報網を絶つことだ。校長室、副校長室の火のルートは私が絶つ、とジョゼが言う。


「校長室に忍び込んで暖炉に無効術を使い、三重の封鎖術を掛ける。侵入者としてすぐ見つかるだろうから、その時は副校長に、母と連絡を取りたいと訴える。そのために校長室に忍び込んだんだと」


 校長が不在で好都合。お気の毒に副校長は私を信じて自室の暖炉を貸すことを了承し、遠慮して部屋を出る。

「もちろん暖炉はおじゃんだ」


「生徒は寮の談話室の暖炉を使う決まりだ」

ホビスが余計なことを言う。

「私の母は南の魔女。親の七光り、今使わないでいつ使う?」

ケラケラとジョゼが笑う。どうも、この企み、ジョゼはかなり楽しんでいるようだ。

「各寮の談話室はニア、マリ、ビリー、ホビス、頼んだから」


「なぁ」

とホビスが提案する。

「俺、赤金寮の火のルートを封鎖する前に、親にメッセージを送っておくよ」


 サリーが消失呪文を掛けられたってこととその理由と。普通の感情を持った親なら許せないはずだ。ジョゼの言う通り、ギルドに反感を持っている魔導士は多い。俺の親もだ。サリーの件を知ればギルドに抗議する親が続出するはずだ。うちの親父なら魔導士学校の生徒たちの親に呼び掛けて団体交渉を考えつくに違いない。


「魔導士学校で生徒たちが決起することを伝えずに?」

ジョゼは計画が漏れることが気掛かりなようだ。


「もちろん。サリーの件だけ話し、何とかしてくれって泣き付いてやる」

ホビスがニヤリと笑う。

「俺は親父に泣き付いた事なんかないんだ。親父は驚いて必ず動く。俺には極端に甘いおふくろが、親父の尻を叩くのは目に見えている。ギルドは魔導士学校の内と外から責められることになる」


「ではそのあとに、火のルートの無効化を。無効術を施したあと封鎖術を三重にかけて外部から再有効化されない備えを」

ジョゼが続けた。


 生徒たちの懐柔だが、確実に味方になってくれる友達を一人ずつ呼んで、今回の話を打ち明け仲間にする。打ち明ける内容は、『サリーはギルドの権力争いの巻添えでマリと引き離され、消失呪文を掛けられた』それだけでいい。権力争いの内容まで話すのは、細かすぎて理解に時間がかかるし不要なことだ。余計な不安を持たせかねない要素もある。そして、必ず一人ずつだ。二人以上の場合、意見が分かれると厄介だし懐柔しにくくなる。


 そしてここで肝心なのは、生徒代表としてギルドとの交渉の表舞台に立ってくれる誰かを選別することだ。


「あぁ、それは俺が引き受ける」

ホビスが事も無げに言った。

「俺の親は街の魔導士だ。俺も卒業したらそこに戻る」

ギルドとのしがらみも権力闘争も、俺に取っちゃあ知ったことじゃない。俺と似たような立場の誰かを各寮一人ずつ選んでおくよ。なるべく寮生への影響力が強いヤツをね。


 ホビスに頷いてジョゼが続ける。

「もし仲間にできなかったら、どこかに閉じ込めろ」

もちろん魔導術無効の呪文を使って力を取り上げることを忘れるな。


「犯罪ぎりぎりだなぁ」

とビリーが苦笑する。

「もっとも、サリー奪還を強行するのと比べたら可愛いものだ」


 先ほどとは打って変わって、ビリーの顔は明るい。魔導士学校の外には行けなくなった自分には何もできないと嘆いていたのに、学校にいながら弟の救出に参加でき、しかも目処めどが付いてきたことが一番だろうが、ジョゼの表情がクルクル変わるのを楽しんで眺めているようだ。


「半数だ。各寮の半数以上を味方につけろ。親が魔導士ギルドの本部に関係している者は初めから除外していい。たとえ正義のために立とうという燃える意思があったとしても、後々を考えて止めおく方がいい。魔導術無効の呪文を掛けた部屋にまとめて監禁してしまえ」


 生徒の囲い込みが終わったら、次は教職員の番だ。とジョゼが息巻く。


「まぁ、先生方は人質だが、その中の誰かに、ギルドとの交渉役と言う大役をしてもらう」

大役を果たす先生には少なくとも表面上、我々の敵でいて貰わなくてはならない。


「演技ができる先生なら、味方になって貰っても構わない。むしろ適役がいるのならその方がいい。が、該当者がいなければ脅すだけだ」

と、ジョゼがまたクスクス笑う。


「だとしたらレギリンス先生かしら」

と言うニアに、いいね、とビリーとホビスが続く。

「そうね、レギリンス先生は少なくとも体制側ではないわ」

マリも同調する。


「レギリンスとはあの若い魔女か?」

ジョゼの言葉に

「おまえ、先生にくらい敬語を使えよ」

とビリーがこぼす。

「だから変わり者だって言われるんだ」


ジョゼが何か言い返そうとするのを

「はいはい、喧嘩は後にして」

とホビスが止める。


「レギリンス先生は赤金寮の寮監だ。生徒思いの優しい人だよ。生徒の命がかかっていると知れば、必ず味方になってくれる」

俺に任せろ、とホビスが請け負った。


 では、レギリンス先生以外は一人ずつ襲わせてもらい拘束術を掛けさせていただこう、とジョゼが言う。

「先生を襲わせていただくときは、必ず三人以上、その中の二人は魔女で。先生にもプライドがお有りでしょうから、それくらいの敬意は必要かと思う」

使い慣れない敬語にジョゼの舌が僅かに鈍る。ニヤニヤとビリーも含めてジョゼ以外が笑った。


「笑ってないで計画のまとめをするよ。ほかに何か抜けはない?」

 一方的に計画を話したくせに、最後になってジョゼが意見を求めた。しかもすでに決行するものと決められている。


「仲間はどこに集めるの?」

マリが訊いた。

「あぁ……食堂にしよう。そう言えば食堂の暖炉を忘れていた」

ジョゼが言えば、

「いいわ、私とマリに任せて」

とニアが言う。黄金寮と食堂、二つの暖炉に二人、ちょうどいい。


「食堂の火のルートは無効呪文に封鎖術は一重でいい。事態に気が付いたギルドを食堂におびき出そう。食堂に仲間を集め、拘束した副校長以下教職員を並べ、暖炉を再開させようとする魔導士ギルド……」

 不意にジョゼが黙り込む。


「しまった、魔導士ギルドの総本拠はこの学校内にあるんだった。しかも結界が張られて、出入り口さえ判らない」

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