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 命を懸けた二人の恋を、もはやギルドは認めざるを得なかった。それほどの思いは初めのうちだけと、大人ならば判ることでも、若い二人にそれを言っても埒が明かない。しかし、ただでとはいかない。条件が提示されることになる。それはビリーの身分保留だった。


 南の魔女の承継子と婚約し、双子の弟は示顕じげん王かもしれない、そしてその妻が西の魔女となれば、権力の一極集中になる。次期ギルド長として、魔導士ギルドに本拠を移す予定だったものを、ビリーは魔導士学校留め置き処分となった。


 魔導士ギルドの総本拠が学校にあることを合わせて考えれば大した違いもないように思えるが、身分としては大きく違う。その保留期間は四年とされた。


 さらにジョゼとの結婚も三年先の約束だったものが四年先へと引き伸ばされた。どちらも四年先にはっきりするはずの示顕王の出現に合わせたものであるのは言うまでもない。


「もし、もしもよ?」

 ニアが恐る恐る尋ねる。

「もしサリーが示顕王だった場合、ビリーとジョゼの結婚はどうなるの?」

「ギルドもそこには頭を抱えたみたい」


 政略結婚だったはずが、ビリーもジョゼも互いに思い合うようになってしまった。その二人の婚約を反故にすれば、私たちの二の舞になり兼ねない。特にジョゼはただでさえ強い力を持っていて、それが暴走してしまうときが今でもあるの。感情が自分で抑えられないのね。そんな時のジョゼを止められるのはジョゼの信頼を勝ち得たビリーだけ。


 そのビリーをジョゼから取り上げるのは良策とはいえない。だけど一極集中は避けたい。ギルドは次期南の魔女からジョゼを外すことを検討している。


「それ、ジョゼはともかく、南の魔女は承知したの?」

「南の魔女様は、応とも否とも仰らないままお帰りになってしまったの」


あぁ、でもニア、あなたを北の魔女に指名したのは南の魔女様だわ。


「西の魔女が決まったのだから、すぐに北も決めましょう、っておっしゃって」

 サリオネルトとマルテミアを引き離すのは至難の業。ビルセゼルトとジョゼシラを引き離すのも、また至難の業。だとしたら、若い人たちを助けるべきわたくしたちが考えるのは、四人の幸せを壊すことなく、世の中をより良く治めること。起こるか起こらぬか判らぬことに頭を悩ますのは杞憂と言うもの。


「南の魔女様は、まずは直近の問題である北の魔女の継承者の選考を、とおっしゃって、ニアを指名したのよ」


 そうだ、私、北の魔女になったんだった。マリのおかげですっかり忘れていたわ。とニアがため息をつく。


「それにしてもなぜ、南の魔女は私を指名したの?」

「それは南の魔女様しかわからないわ。ただ、サリーがビリーに、ビリーがジョゼに、ジョゼが南の魔女様に、ひょっとしたらニアを北の魔女に、って言ったかもしれない」

少しでも味方が欲しかったんじゃないかしら。マリはサリーをそう推測する。


「どちらにしろ、満場一致でなければ統括の魔女は決まらない。ニアは南の魔女様だけでなく、魔女にも魔導士にも認められて北の魔女となったのよ」


 北の魔女はニア、と決まった途端、南の魔女様は帰ってしまわれて。結局決まったのは、西と北の次期魔女と私とサリーの結婚、そしてビリーとジョゼが四年の間いろいろ待たなければならないという事。


「それで、サリーはご両親に呼ばれたの。ビリーもきっと呼ばれている」

「家族会議? 穏やかには終わりそうもないわね」


「ねぇ、ニア。サリーは帰って来るよね? たとえ家族が彼を引き留めても。どこかに閉じ込めても。必ず帰ってくるよね?」

「大丈夫よ、マリ。サリーはあなたのものよ」

親友を勇気づけることしか、この時のニアにできることはなかった。


 マリの考え通り、確かに魔導士学校からビリーの姿も消えていた。そのビリーが帰って来たのはその翌日のことだった。


 ビリーはホビスを通して、ニアとマリを呼び出した。ホビスは気を利かせ、秘密のベンチを密会の場所に推挙している。


「マリ、サリーはしばらく帰って来れない」

最初にビリーはそう言った。マリの目に見る見る涙が溢れるのを無視してビリーは続けた。


「マリ、そしてニア。サリーを取り戻す手助けをしてくれないか?」

 ベンチの空間に三人の魔女と二人の魔導士が強力な結界を張っている。三人の魔女はニアとマリ、そこにジョゼが加わっている。二人の魔導士とはビリーとホビスだ。


「サリーは強力な結界の中に閉じ込められた。拘束された上、何人もの魔導士に力を封印されてだ」


 今、サリーは自分の力が使えない。しかも封印術を何重にも掛けられて、体力さえも覚束おぼつかない。

「自力での脱出は到底無理だ」


 僕たちの両親は、魔導士ギルドの脅しに屈し、僕たち兄弟を売った。食事に昏倒薬を仕込まれ、意識のないまま僕たちはギルドに運ばれていた。


 ギルドはサリーに消失術を使った。力を封印し、拘束して身動きできない状態のサリーを閉じ込めた結界は、時間を追うごとに縮小され、いずれサリーの存在も縮小し消える。呪文が成就すれば、サリーは最初から存在しないものとなり、すべての人の記憶からも消えてしまう。マリにサリーを忘れさせるのが目的だ。


 そして僕には魔導士学校から一歩でも足を踏み出せば発動される呪いを仕掛けた。この呪いが有効な限り、僕は学校から出られない。たぶんサリーの存在が消えるまでだろう。


「このことを南の魔女様、つまりジョゼの母上はご存じない」

 今頃ジョゼからの知らせを受けご立腹されていることだろう。魔女ギルドの長である自分を無視しての動きだ。まして消失呪文で罰するほどの罪に値しない若者への仕打ちを、怒らないはずがない。


「けれど、魔女は動けない……のね?」

 ニアがビリーに悲しげな笑みを向ける。


「お立場があるから。そうでなければビリーが私たちに助力を願うはずがないわ」

ニアの様子にジョゼが腕を組む。


「だが、立場は今や、ニア、そしてマリ、二人にもできてしまった」

「そこなんだよ、ジョゼ」

ビリーがジョゼに向き直る。


「二人が正式な統括魔女になるのは魔導士学校の卒業式の後だ。だからその前に動けば……」

「同じことでは?」

ジョゼがビリーの言葉を遮る。


「今、事を起こせば、二人は立場を失い、ギルドの報復は想像もつかない。今すぐ動くのなら、二人は除外した方がいい。それよりも、それぞれ統括魔女となり、権力を手に入れてから動くことだ。二人が統括魔女になるってことは、権力主義のギルドを打ち破る好機が訪れるってことだ。それを逃すことはない」


「でもね、ジョゼ、卒業まで、あと一か月以上ある。それまでサリーは持たない」

 ビリーがジョゼに訴える。

「見殺しにしろと?」

さすがのジョゼもビリーから目を逸らした。

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