第78話飴と鞭

 そして俺はやけにご機嫌な高木さんと一緒に学校へと向かうのだが、歩けど歩けど一向学校へと近付いている感じがまったくせず、ストレスと緊張と、縮まない距離に気が狂いそうになる。


 結局のところ極度の緊張と恐怖から時間の経過が遅く感じてしまい、その結果進む距離も歩いたと感じる距離よりも短く感じてしまうのであろう。 


 そしてその結果、さらに絶望感とストレスを感じてしまうという悪循環に陥ってしまっている。


 その事が分かったところで何だと思うのだが、逆にまだそれだけの事を客観的に見る事が出来るくらいには冷静さが残っているということでもあるのだろう。


 しかしながらその冷静な部分もいつ無くなるか分からないという恐怖心も時間と共に強くなっていくのもまた事実である。


「ねぇ……高城君?」

「は、はいっ! 何でしょうっ!?」

「私って異常だよね?」

「……へ?」


 そんなこんなで無言で通学路を恐怖とストレスによって潰されそうになりながら歩いていると、高木さんが不安そうに話しかけてきた。


 しかしながら高木さんが話しかけて来た内容は、今の俺にとっては『殴られたいのか蹴られたいのか、どっちなんだ?』と聞かれているようにしか思えないような内容であった。


 これは、何だ? ブラフか? そもそもどっちが正解なのか?


 例え『そう思います』と返したところでキレそうだし、『正常だと思います』と返したところで、やはりキレられる未来しか見えない。


 そもそも何を言ったところでキレられる正解のない理不尽な問いかけなのではなかろうか?


 あんまりだっ!! と、頭を抱えて耳を塞いで蹲りたい。 


 何も見たくない、何も聞きたくない、もう歩きたくない、家に帰りたい。


 今までの暴力を振るってくる彩音が天使にすら思えてしまう程、今この時間がキツすぎる。


「えっと……その……」

「そうだよね、反応に困るよね。 私自身わかってるんです。 私が異常だって事。 だから今まで必死にこの感情を抑えて来たんです」


 そして高木さんは目に涙を浮かべながら、今までの狂気を感じるような雰囲気ではなく、まるで守ってあげたくなるような雰囲気で語り出す。


 その様はまさに別人格だと言われても素直に納得できてしまうほどだ。


 なるほど、これがDV行為をされているにもかかわらず相手に依存してしまう典型的な飴と鞭のアレですか。


 てか泣きたいのはこっちなんだがっ!?


 とは思うものの流石に口にはしない。


 そこは自称空気の読める男で有名な俺である。


「私ね、今まで友達なんて出来た事なかったんだ。 休み時間はずっと教室の隅で本を読んで過ごして一日が終わるんです」

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