第56話今はそれで良いのかも知れないと思う
「それは、ごめんなさい……」
彩音に長年受け続けて来た暴力を、彩音の言うように謝罪の言葉一つで無かった事にはならない。
それは事実だとしてもそれ以上に言わなければならない事があり、そしてこれを言わなければ一生後悔すると強く思った。
「それでも、逃げる訳でもなく、拒否するでもなく、言う事さえ聞いてればと思い側にいたのも事実なんだよ。 そして俺は今その事について考えてみたんだけれど、心の奥底では彩音とは切っても切れない縁だと思っていたし、そして何より切りたくないと強く思った。 だから俺は引き留めた。 きっとこれは彩音には申し訳ないけれど恋心と言うよりかは家族間の絆の様なもので、姉弟の様な感覚に近いんだと思う。 だからこそ漠然と『切っても切れない縁』だと思い諦めていたし、いざ切りたいと思っていた縁が切れかけた時に嫌だと強く思ったんだと思う」
「……………………うん」
俺の彩音に対する感情は間違いなく恋心などではなく、そしてその感情がなんなのかと聞かれた場合は家族の絆に近いと答えるだろうし、これが一番しっくりくる。
「だから、付き合うとかは今は考えられないけど、昔のように友達から俺達やり直さないか?」
そして俺はだからこそ最低の言葉を彼女に投げかける。
その言葉が彼女を強く縛り付け、俺の元から離れられなくなる強固な鎖となり、しかし彼女の求めている最良の言葉でもない。
そして俺に対して罪悪感と、諦めかけていた心の隙間にこの言葉は彩音の心の深くまで楔を打ち付けてしまう、そんな卑怯な言葉である。
我ながら最低だ。
でも、そうしてまで俺はあの瞬間に彩音との縁を切りたくないと思ってしまったのだから仕方がないではないか。
むしろこれで今まで受けて来た暴力は相殺だろう、と思うと心の中で感じていた彩音に対する劣等感やわだかまり等が綺麗さっぱりなくなって行くのが自分でも分かる。
きっとこれが許すという事なのだろう。
今なら彩音と対等に、友達として向き合う事ができると確信して言える──
「そ、それって……今までは家族と思っていたけれど、今日からは私の事をちゃんと異性として認識してくれると、そういう事で良いんだよねっ!?」
──と思っていたのだが、少しだけ早まったかと思ってしまう。
それでも嬉しそうに隣で歩くご機嫌な彩音の姿をみたら、今はそれで良いのかも知れないと思うのであった。
◆
「ふーん、それでこんなにベタベタと朝っぱらから彩音さんは発情したメスゴリr……メスネコの如く健介君にひっついているのね……。 あとその拳という名の凶器を引っ込めてちょうだい。 ちゃんと言い直したでしょう?」
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