第35話兵どもが夢のあと

 そして丁度俺が週末のデートと言う名の地獄の観光巡りを承諾した所で催眠術が切れた事を知らせるアラームが体育倉庫に鳴り響く。


 おせーよっ!もう少し早く鳴るよに少しでも努力をしろよっ!!諦めんなよっ!!と思うものの怒ったところでどうにもなるわけが無く、ただただ空しさだけが残る。


 しかしながら俺はあの地獄ともいえる一時間を耐え抜いたのだ。


 これはもう猛者と呼ばれてもおかしくないレベルまで達してしるに違いない俺であるのならば、ここから先週末地獄の観光巡りに関しては知らぬ存ぜぬで貫き通す事など余裕かもしれない。


 それはまさに地獄に伸びた一本のクモの糸。


 一筋の希望である。


「あれ? もうこんな時間かー。 あとは適当にやって終わらすとするかぁー」


 見よ、この勝利を約束された名演技を。


 これは劇団シッキもスカウト待ったなしである。


「ああ、片づけはもう大丈夫よ。時間も時間だからもう帰りましょうか」


 どうやら俺の渾身の演技の前では悪鬼二人がかりで相手をしても余裕でやり過ごせるだけの演技力はあるようだ。


 自分の隠れた才能が恐ろしい。


 後ろの方から「ちょ、麗華っ!! 週末の事聞かなくて大丈夫なのっ!?」「大丈夫よ。 私に任せてちょうだい。 かかった魚をみすみすバラすような凡ミスはしない主義なの」「な、なら良いけど……」などという会話が聞こえて来るのだが、ここさえ抜け出すことが出来れば俺の価値である事は間違いないと、俺の知能指数一般的な思考で計算され導き出された答えもそう言っているから大丈夫であろう。


 氷室麗華よ、後になって逃がした魚は大きかったと知ると共に己の実力不足を嘆くがいい。


 こうなってくると調子に乗りたくなるのが男の子という生き物である。


 しかしながらこれだけの危機を乗り越えた俺は男ではなくて漢、そして猛者である為少しくらい調子に乗っても大丈夫だろうという何の根拠もない自身が漲って来る。


 唯一根拠に挙げるとするならば漢たるもの死線を潜り抜ける度に強くなるものなのである。


「じゃぁ、彩音、帰るか」

「う、うん」

「あら、私も途中までは方向同じなのだけれど?」

「それじゃぁ、氷室──」

「麗華」

「──麗華さん、一緒に帰えりましょうか」

「何で敬語か分からないけれども今はそれで良しとしましょう」


 おぉおっ! 俺が会話や行動をリードしているっ!! 少し前までの俺が今この光景を見たら夢か幻かと思うだろう。


 俺史上、一番の快挙であり歴史的瞬間でもある。


そして3人で帰宅する道中は、俺はまごうことなき一人の漢であった。




漢というのはかくも儚いものなのか。


兵どもが夢のあととも言うしな……。


日付が変わって翌日、朝のホームルームが始まる前の自由時間である今教室では俺を中心にしてクラス内で人だかりができていた。


更に詳しく言うと、俺と彩音、そして氷室麗華を中心に野次馬が集まっていた。


その中には他クラス、他学年であろう者の姿もちらほら見える。

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