第3話 彼女の正体
「ただいま」
靴を脱いで玄関から居間に向かって歩こうとすると、まさに居間側からドアが開いた。
「お帰り」
待ち構えていたのだろうか。自分がそこにいることに姉は驚いた様子はない。
どうせ今日のことを聞こうと思って待っていたのだろうと思って友里恵の様子をうかがうが、姉はどこかこわばった顔をしている。
「……陽介、話があるんだけど」
「なに?」
部屋で着替えたいから手短に済ませてほしかったのだが、姉は強引にダイニングの椅子に座るよう命じてきた。
「まぁ、座って」
「なんだよ」
「……サニーさん、私の知ってる子だったよ……」
テーブルに肘をついて顔を手で覆い隠す姉の表情は見えないが、なんとなく疲れたような声だった。
「は?」
顔を上げると友里恵はアルバムを部屋から持ってきて、目の前で開きだした。一人の少女を指さして、自分の方へとアルバムを押しやってくる。
その写真の相手に目を落とすと……それは随分とあどけないけれど、間違いなく今日会った彼女だ。
「中学からの私の後輩で浅田遥香っていうの。フルーツプラネットやってると言ってたけれど、遥香がまさかサニーさんだったなんてね」
姉は中高一貫の女子校の出身だ。
サニーさんは姉より二つ年下の後輩で、部活も同じで、いまだに付き合いが続いている数少ない学園時代の人だそうだ。
「知り合いだなんて……気まずいな」
「気まずいなんてどころじゃないわよ。オンライン上とはいえ恋人関係なんてねえ……」
これは百合展開というやつなんだろうか、と姉が聞いたら激しく怒りそうなことをこっそり思ったが、姉は一人で途方に暮れている。
「ほんとどうしよう。遥香相手に、恋愛ロールプレイングなんてもうできないよ。まさか本当のことを言うわけにもいかないし」
「じゃあさ」
思いがけないことに喉が気づかず鳴った。
姉の前に両手を突いて立ち上がる。その勢いに驚いて姉は動きを止めていた。
「これから俺がロードになる」
「へ?」
姉が目を見開いて俺をまじまじと見ていたが、いぶかしそうな顔をして睨んできた。
「……あんた、遥香のこと、好きなの?」
「わからない」
正直、自分が今日会ったばかりの彼女、サニーさんを本当の意味で好きかどうかなんてわからない。
しかし、一度、ロードとして自分が会ってしまった以上、彼女の夢を壊したくないのなら、自分がロードを演じるしかないのだから、これが最善手なのではないかと思う。
俺の意見に友里恵は納得したようで、片手を握りしめると前に突き出された。
「いいわ。あんたがロードになりなさい。一応いっておくけど、ロードは中堅以上のそれなりに強いキャラだからね。それに見合ったような動きできないやつに譲らないから」
ひたすら練習しなさい、と釘を刺された。
そしてロードとしての心得というより、女性の扱いを教え込まれていった。
「古いことなんてさ、普通は覚えてないの。だから、何かゲームでの思い出を言われてもこのログにない、読んでないことは全部『忘れた』と言いなさい。そんなこともあったっけ? ととぼけて。まかり間違っても、覚えているふりはしないこと。大事な思い出を覚えてないこと責められても、謝り倒しなさい。『忘れたこと』に対してだけ謝罪しなさい」
姉が言い出した嘘は、いつしか俺の中で本当となって。
ロードの動かし方も最初はぎこちなかったがすぐにクリアした。
問題はロードとしてサニーをはじめとするほかの仲間とのやり取りの方だった。
マイク機能を使わないロードは、今まで仲間相手に主にテキスト……文章でやり取りをしていたので、プレイングさえ見られなければ中身が違うことなどばれないだろうと高をくくっていた。
しかし実際は改行や言葉の言い回しや漢字変換1つでも癖があり、それを違えると途端にその人らしさが失われるということが分かった。
姉のログを見て、大まかな癖を真似していく日々。
姉ではなく自分が彼らと自然と話すようになっていった。
もうその時には、あんなに好きだったサバイバルゲームはしなくなっていて。
そして、俺たちの入れ替わりは完了した。
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