第8話 粉スープ

休日には袋ラーメンかニンニクたっぷりの炒飯を食べると決めている。仕事の日はなかなか食べられないからだ。

年末の繁忙期を脱し正月休みに入った今日も母が作ったおせちを食べつつラーメンを作ろうと台所にあるラーメン収納庫を開けると、テトリスの如くギッシリ詰められた袋麺の上に見慣れない袋が置いてあるのに気づいた。中華スープなどで見かける薄い袋。真っ赤な外装には白い筆文字で『紅』とだけ書いてあり、振ると中に顆粒の存在を感じられる。

ソファに横たわってTVを見る母のもとに袋を持っていってみたが「何それ、お父さんじゃない?」とのことで、ならばと部屋でギターをかき鳴らす父のもとに持っていってみると「知らんなぁ」とのこと。

もしかして弊社の試作品か何かを貰ったまま忘れてるかしら。そう思い弊社の御曹司である雪夜に電話をかけてみると「粉スープは作ってないハズ」と否定しつつ「面白そうだから」と我が家まで来ると言い出した。

奴は断る間もなく電話を切り、それから20分程して大吟醸の五合瓶を持って我が家に現れた。隣には後輩の篠田君の姿。篠田君はいつも物静かで陰気っぽいが、実は雪夜とは飲み歩きをする程には仲が良いのだ。今日も雪夜の家で宅飲みをしていたらしい。


「謎スープの前に、飲むやろ?」


雪夜が酒瓶を持ち上げて訊いてくる。

まあ飲みますけどと酒瓶を受け取って家に上げると、母が心底嬉しそうに卓へと案内し「これも食べて」とおせちを出した。一気に箸を伸ばす野郎共。


「生江ちゃん、素敵なメンズがいるじゃない〜」


出た、親世代特有の『子供が異性の知り合いと絡んでいるのを見たらテンション爆上げする奴』だ。親世代の習慣で2番目に嫌いなものを見せられた私は「男なら何だって良いわけじゃないんだよ」と諭しつつ3人分のお猪口に大吟醸を注いだ。


「生江さん家のおせちは酒飲みの為のおせちだなぁ」


大吟醸を飲みながら篠田君が言う。

確かに我が家のおせちは残り物が出ないようにという本来のオカズを伊達巻、蒲鉾、お煮しめ、栗きんとんに留めあとは唐揚げやスーパーで冬時期に売られるテリーヌを入れており、全体的におつまみっぽい仕様になっている。


「例の粉かけたらもっとおつまみになるかな」


雪夜の発言に私はアッと思い出し、ラーメン収納庫から例の粉を取ってきた。雪夜と篠田君は粉のパッケージをシゲシゲと眺め「メーカー名書いてないね」「成分表も無いす」「でもパウチの仕方は業者だな」と粉の分析を始めた。


「試しにお湯で溶いてみるか」


雪夜がパッケージを開き中を覗き込んだ。そして「またこういうのか」と眉をひそめた。


「生江氏こういうの引き寄せるな〜駄菓子屋でもこんなん買ってたじゃん」


「今度は何よ」


「今日は見せてあげよう」


言いながら雪夜がパッケージの中身を皿に出した。粉塵を舞い上がらせながら皿に山と盛られる白い粉。その所々から傷んだ黒髪の束が見え隠れしている。

さらに雪夜がパッケージに手を突っ込み、3枚の紙を取り出した。見ると『100』と書かれた中国の紙幣が2枚と写真が1枚。写真には旗袍を着た女性らしき人物が写っており、顔の部分が加工でもしたかのように渦を巻いている。これはもしや、


「なんだ紅包かぁー」


私の頭に浮かんだものを篠田君が何食わぬ顔で口に出した。そんなリアクションで済まされるものではなかろうに。

粉は何かわからないが、髪の毛と写真、現金が入った真っ赤な袋とくれば台湾の『冥婚』以外に考えられるものは無い。未婚のまま亡くなった女性の遺族が紅包と呼ばれる真っ赤な封筒に現金、故人の遺髪、生前の写真等を入れ道端に落とす風習。拾った人は遺族に捕まり、占いの末に故人の結婚相手にされてしまう。

本物の紅包ではなかったとはいえ、何故我が家にこんなものがあるのか。写真のうずまきガールと結婚させられるのは手に取った私なのか、中身を見た雪夜なのか。

正月早々とんでもないことになったぞ。頭を抱える私の横で、雪夜が唐突に篠田君に「200元って何円?」と訊いた。


「3631円ですね」


「4000円入れとくか。この人が素敵な人に出会えますように」


事も無げな様子で中身をパッケージに戻し、千円札4枚を加える雪夜。そんなんで大丈夫なのかと私は目を疑ったが、篠田君いわくこれが冥婚の対処法らしい。

雪夜は折り畳んだパッケージを洗濯バサミで留めるとラーメン収納庫に戻してしまった。そんな所に戻されると今後私が怖くてラーメンを取れなくなると抗議したが「道端やゴミ箱に捨てるわけにもいかないし」と言われた。それはそうか。


「明日開けてまだあったら連絡してくれて良いから。その筋の人に処分してもらお」


どの筋の人なんだよ。

とにかく今日は収納庫を開けないようにしようと決めて、父と母を交えて大吟醸で乾杯し直した。

そうして我々若者がへべれけになったところで、幼馴染の純喜がクライナーとかいう小瓶のパリピ酒を持って我が家へやってきた。


「いきなりだけどラーメン食べたいんだよな。珍しいの持ってんだろ?」


人ん家へ上がり込んで台所を漁ろうとはなかなか図々しい奴だ。普段ならそれだけ言ってあとは好きにさせるところだが、今回はそういうわけにいかない。まだ紅包があるかもしれないので私は純喜を引き留めようとした。すると雪夜から「もう無くなってるかもしんないから見てもらおう」と言われた。他人だと思ってコイツ。


「純喜、洗濯バサミつけた赤い袋あったら触るなよ」


「ん?うぃ」


一応注意を促しつつ純喜を見守る。純喜はラーメン収納庫を開けると、表情1つ変えずにチーズラーメンを取り出した。


「何も無かった?」


「言ってたような物は無かった」


私は収納庫に飛びつき中を確かめた。紅包はどこにも無く、私はウオオオオオと歓喜の雄叫びを上げて味噌ラーメンを取り出した。背後では雪夜と篠田君が控えており「解決したから見返り」と手を伸ばしてきた。泣く泣く味噌ラーメンを3人分作った。

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