第7話 病院の絵

もし地元の医療機関でオススメを聞かれたら、私は言葉に詰まるだろう。

まず地元で1番大きくて最新機器なんかも続々導入している某病院は『最後の景色』と呼ばれており、そこに入院すると助かる命も助からないという噂がある。現に職場のお局は某病院に救急搬送された息子が手術中に亡くなったらしい。死因についてはいまだ知らされていないとか。

2番目か3番目に大きい県立の所も似たようなものだ。私の同僚はメニエール病に近い症状でここに搬送されたが、医師から下された診断は突発性難聴で「もう二度と聴力は戻りませんがとりあえず薬は出しときます」と効きもしない薬を延々と出されたそうだ。その後、同僚はいくら何でもおかしいと県外の病院に駆け込み、新たに『外リンパ瘻』という診断を下された。2週間以内に手術をすれば治るものだそうだが、判明した時には既に発症から1ヶ月が経過し彼女は片耳の聴力を永遠に失った。

他にも薬剤師を雇う金を惜しみ事務員に薬を処方させている内科はゴロゴロとあるし、何でも蓄膿に結びつける耳鼻科やリハビリで金を取り続ける整形外科も存在する。あと親の趣味の関係で観に行かされたマラソン大会でどこぞの病院の療法士チームの隣に座ったが、他人の荷物は蹴るわ睨んでくるわでめちゃくちゃ態度が悪かったし、事務員の面接に訪れた病院では待合室を通りかかった院長に挨拶したら鼻で笑われた(この病院はもう潰れた)。

他にも様々なことが積み重なり、私の中でオススメの医療機関は存在しないことになっている。






そんな医療機関の中の1つ、最初に述べた『最後の景色』に知り合いが搬送された。中学2年の頃に同じクラスだった彼─椎名は校内の不良グループの一員だったが誰にでも優しかったのでかなり好かれていた。そんな彼は昨日の夜、仲間内で行った飲み会の最中に泥酔しそのまま救急搬送されたらしい。

私としては椎名に対しあまり思い入れは無いが、私の知人である冬馬は椎名と仲が良かったらしく「お見舞いに行こう」と誘ってきたので同行することにした。

初めて訪れた『最後の景色』は、パッと見は普通の病院だった。淡々とした受付の人達と、赤紫のナースウェアに身を包み忙しなく動き回る看護師達と白衣姿の医師達。この人達は純粋に自分の業務をこなしており、その表情は真剣たるところだ。

そういえばここの院長と副院長は、ある日入院患者達のことを『作品』と呼んだらしい。病院の悪評を作っているのはトップたる人々なのだろう。

心がモヤモヤするのを感じながら冬馬と病院内を歩いていると、ふと壁にかかった1枚の絵が目に入った。夕暮れの土手に佇む人物を描いた大きな絵画。市内の高校生が描いた作品だそうで、作者の在籍校名と名前を書いた紙が横に貼られている。

私はこの絵に違和感を覚えた。土手の中心、こちらに向けて手でも振っているかのように描かれている人物の服装がどう見ても入院着なのだ。入院中に外出許可を得たとしても服は着替えるだろう。

私は自分の見間違いであることを信じて絵を凝視したが、人物が着ている服はやはり入院着以外の何にも見えなかった。

よくこんな絵を飾ろうと思ったな、患者への嫌がらせか?そんなことを思いながら絵を見つめていると、冬馬から「はよ来んかい」と声をかけられた。


「おーわかってる」


冬馬に向けて適当に返事を返してから再び絵に目を向ける。そして私は固まった。振るように上げていたハズの人物の手が、胸の前に組まれているのだ。

私は悲鳴を上げそうなのを堪えて冬馬のもとへ駆け寄った。冬馬が「絵に気ィ取られるなんてらしくないやん」と言うので私は冬馬のふくらはぎに蹴りを入れておいた。

それからしばらく廊下を歩いたのち、私達は椎名のいる病室へと辿り着いた。泥酔が軽めだったのか椎名はピンピンとしており、私と冬馬は「いくら『最後の景色』でもこれなら死なんやろ」と安心した。

長らく会っていなかった椎名は自分の近況を嬉々として話し始めた。その中で椎名が「首藤がジュンの付き人やってる」と言い出した時は心の底から笑ってしまった。

首藤というのは椎名が加わっていた不良グループのリーダーで、顔に大きな痣があるのが特徴的な男だった。首藤はこの痣をコンプレックスに感じていたらしく、容姿の恵まれた人間に対しよく攻撃的な態度をとっていたのをよく覚えている。

対してジュンといえば類稀なる美貌で人気を博している男性タレントで、首藤にとっては敵にあたる存在だ。そんな人の付き人を首藤が務めているなど私は信じられなかった。しかし、すぐさま椎名から見せられた画像─ジュンのファンによりSNSに上げられた盗撮写真には、公園のベンチにジュンと2人腰掛けて、コンビニ袋を広げて中身をジュンに取らせる首藤の姿が写っていた。マスクで顔の半分を覆っていたが、鋭い目と右目頭から鼻筋に広がった赤痣は首藤のそれだった。

人間どこでどうなるかわからないものだ。写真を見ながらしみじみしたところで、私はふと廊下に飾ってあった絵の存在を思い出し「アレ不気味じゃない?」と訊いてみた。


「土手に病院着の人間描いてるやつ。あんなん飾る辺りマジで院長性格悪いな」


「土手?あ、じゃあ今日誰か死ぬな」


何食わぬ顔で椎名が放った言葉に私は眉をひそめた。どういうことなのか。


「あの絵ホントは土手しか描かれてないんだけど、なんか患者が死ぬ時はその人数分だけ人が出てくるって噂があるんだわ。見たってことはマジの話だったんだ」


ちなみに誰が死ぬのかはわからない、と付け加えて椎名は笑う。

それじゃあこの後誰かが死ぬことは確実なんじゃないか。病院の評判を鑑みれば椎名が死ぬことだって十分にあり得るわけだ。私と冬馬は椎名に「生きて帰ってこい」とニンニク味のポテトチップスを渡して帰った。






それから私は毎日欠かさず新聞の訃報欄をチェックした。幸いにも椎名の名前が挙がらないまま日々は過ぎ、数日後に冬馬から「椎名の快気祝い」と居酒屋で酒を飲む椎名の写真を送ってきたので、私は胸を撫で下ろしつつ「病院にトンボ返りじゃん」と返しておいた。

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