第5話 骨つき肉
小さい頃、歓楽街の中にある小さな惣菜屋でお兄ちゃんから唐揚げを買ってもらったことがある。新聞紙のカスが衣に紛れ込んだ唐揚げはやけに骨が多かったけど、醤油とニンニクが効いていて本当に美味しかった。
先日、夜9時まで残業をした後にふと例の唐揚げが食べたくなったので街へと出た。あの惣菜屋は現在も夕方4時から早朝5時まで元気に営業しており、新聞紙のカスが紛れ込んだ唐揚げも健在である。
惣菜屋の前まで辿り着くと、唐突に背後から肩を叩かれた。振り返るとお兄ちゃん─隣組で1番仲の良かった賢佑が実妹の美佳とお揃いのジャージを着て佇んでいた。
「ねーねも唐揚げ?」
ピンクのメッシュが入ったツインテールを揺らして美佳が訊いてくる。とても可愛らしい振る舞いのこの子だが、部屋に行くと高確率で鏡○の空き瓶が放置されている。
「そうだよ、無性に食べたくなって」
「わかるぅ、ウチらもぉ。ここの唐揚げが1番おいしぃ」
ねー、と女2人声を合わせると、賢佑が「2人とも声が酒焼けしてるなぁ」と笑った。賢佑もたいがいである。
「そういえばここの唐揚げの都市伝説、話したことあったっけ」
こんな場末の惣菜屋に都市伝説があるというのか。いや場末だからこそあるのかと思い直しながら私が「初耳。ネズミの肉とかそんな?」と訊くと賢佑が「ピシャリ」と返してきたので面白くないなと思った。
「その辺にいるじゃん、ヌートリア。アレ使ってるって噂あるの」
「往年の都市伝説より面白くねえなぁ。お兄ちゃんもっとこう、人肉使ってるとかいう話無いの?」
「にーにの話はいつだって面白くないよ」
美佳にツッコまれた私は「それもそうか」と返した。賢佑が「面白くないことは無い」と口を尖らせる。
「人肉こそ面白くないわ。いやとにかく俺ね、噂の真相知りたいから1回忍び込んだの。そんで並んでる生肉見てビックリしちゃった。緑色なんだもん」
忍び込んで見つかったらどうしていたのか。そんな疑問は胸に仕舞っておくことにして、緑色の肉について言及することにした。
「皮剥いでないカエルじゃないの」
「カエルっぽい緑じゃない」
「らしいよ。ウチもカビだろって言ったんだけどそんなモコモコもしてないんだって」
まあカビじゃないんならこの際何でも良いか。そう言って話を締めつつ賢佑を見ると、いつの間にか手に緑色の妙な物体を持っていた。それは生肉のようにブヨブヨしてツヤを放っているが、色が蛍光ペンのような緑色をしている。何なら微妙に蠢いている。
「お兄ちゃん、それ何」
「忍び込んだ時に1個持って帰ったんだよ。な?何かわかんないでしょ?」
美佳がキモォッと叫んで私の背後に回る。
「お兄ちゃん、私達の知ってる唐揚げは骨も多いんだ。それを見てご覧。骨があるように見えるか?」
「押してみたら結構骨がゴリゴリしてるよ」
「キンモッ!」
私は思わず賢佑の手から肉をはたき落としてしまった。肉は地面に落ちるとひとりでに動き出し、瞬く間に近くの排水溝へと落ち込んでいった。賢佑が「おにくーっ!」と叫んで排水溝へ駆け寄る。ちょうど近くを通りかかっていたサラリーマンが怪訝そうに賢佑を見ながら通り過ぎていくのを横目に、私と美佳は惣菜屋へ入り唐揚げを買った。唐揚げは相変わらず骨が多かったが美味かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます