第4話 シリンジキャップ占い

土曜日の夕方、酒のツマミを買いに家を出ると思わぬ人物に声をかけられた。光沢のある白いジャージをまとい、左手首に20万はしそうな銀色の時計を巻いた大男。テツヤという小学校からの先輩だ。


「生江じゃん、どこ行くの」


私の肩をガッシリと掴むテツヤ先輩。この時、私は貴重な土曜日が潰れることを予感した。恐らくこの後テツヤ先輩は私に「遊びに行こう」と持ちかけ車の運転をさせることだろう。


「ていうか生江、暇なら遊ぼうよ」


そら来た。この街のカースト最上位に位置するテツヤ先輩の誘いを私が断れるハズも無く、かといって素敵な王子様系男子が助けに来てくれるわけでもなく(この街にそんな奴はいない)、私はテツヤ先輩に付き従って近所に停めてあるという彼の車へと向かった。

ステッカーがわちゃわちゃと貼られた白いバンに近づくと、運転席には既に後輩の隼人が座らされていた。車の運転をする必要は無くなったが、だからといってテツヤ先輩から逃れられるわけではないので私は先輩に促されるまま3列シートの2列目に乗り込んだ。座席の隙間にはうっすらと白い粉が溜まっており、何かは明確にわからないが絶対に触れないでおこうと決めた。






後輩の下手な運転に身体を揺さぶられること30分、私は街で唯一の歓楽街に降ろされた。そして歓楽街で1番安い居酒屋に連れ込まれてふんわり鏡月のアセロラ味をご馳走(イッキ必須)になっていた時、突如テツヤ先輩がポケットから大粒の砂金を取り出した。よく見ればそれは砂金でなく、液体入りの注射器を保護する為のシリンジキャップを金色にしたものだ。既存製品に金色のシリンジキャップは存在しないので、恐らくテツヤ先輩が金色の塗装でもしたのだろう。そう思っていたらテツヤ先輩から「俺は塗ってない」と言われた。思ったことが顔に出ていたか。


「世の中には不思議なことがあってよ、このフタもそうだ。毎週金曜の夜、金崎の港に現れる赤いキャップの売人からアイスを買うと特殊なフタのついた注射器をつけられる。そのフタの色は、買う人間の未来を表しているらしい」


先輩の言う『アイス』とは普通の人が思うアイスでないことを補足しておく。


「俺も昨日、金崎まで行ってソイツを見つけ出した。驚いたよ、なんせその辺で漁船操ってそうな爺さんだったからな。で、その爺さんから買い取ったアイスについてたフタがこの金色の奴だ。金ってことは、きっと金がたんまり入ってくるんだ」


だから今夜はいくらでも奢ってやる。そう言って貯め込んでいたであろう10万円の札を出してきたテツヤ先輩の言葉に甘えて(というか甘えないと逆にキレられる)私と隼人はしこたま酒と食い物を胃にブチ込んだ。

その後、酔いが回ってしまった私と隼人はテツヤ先輩を自宅に送り届けた後で吐いてしまった。






後日、テツヤ先輩の乗っていた車が街路樹に衝突した。運転していた先輩の舎弟いわく街路樹の金木犀がポッキリと折れてボンネットにもたれかかり、フロントガラスいっぱいにオレンジの花が広がったのが綺麗だったそうだ。

テツヤ先輩は打撲や骨折で入院中とのことで、友人を何人か連れて見舞いに行くと先輩は「金木犀の"金"だなんて誰が思う」と憤慨していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る