罰 《fault》

「だからほんとに、うれしいの。あなたに逢えて」

 

 それは恋人に語りかけるような甘い囁き。


「けっこう、大変だったんだからね。マッチングアプリでそれっぽいのに片っ端からアポとって、これが同級生みんなの言ってた『推しが出るまでリセマラする虚無感』ってやつか、とか思いつつ……」


 しかし対するクルセイダーは、フェイスペイントの上からもわかる必死の形相で、壁を背にブルーシートの端をごそごそとまさぐっていた。

 少女ペケ子が無言で見守る中、ようやく目当てのものを見つけた彼は安堵の表情を浮かべる。


「……ああ、俺も嬉しいよ。こいつを、使う機会ができて」


 そして壁に手を突きながらゆっくり立ち上がった彼の、もう一方の手に握られていたのは。


「さすがに無抵抗な女に使うのは気が引けたが、お前ならちょうどいい」


 刃渡り1メートル近いだろう、ほぼ日本刀のような超大型サバイバルナイフであった。


悪魔バケモノめ。このクルセイダーが、聖剣で引導を渡してやる!」


 真新しい銀の刃の切っ先を少女ペケ子に突きつけて、彼が言い放った次の瞬間。まだ数歩ぶんは離れていたはずの彼女の白い顔が、その刃先に今にも触れそうな位置まで接近していた。


「なん……」


 驚きつつも大型ナイフを振りかぶり、彼女の頭部を容赦なく両断する。そして飛び散る血と脳漿を浴びながら狂おしく笑う。彼はそんな自分イメージを思い描いていたのかも知れない。


「ぎゃうあっ!?」


 しかし現実の彼は、獣めいた叫びをあげながら顔面を押さえうずくまっていた。

 その大きさに見合った重量のナイフは思うよに振り上げられず、もたつく彼に抱き着くように懐に入り込んだ少女ペケ子の右手で、カッターナイフが斜めに斬り上げ一閃したのだった。


 右頬から鼻梁の半ばを通って左目まで、斜めに深々と切り裂かれた傷口からは血が溢れ、顎を伝ってぼたぼたと、ブルーシートに紫の紋様を描いている。


「さっき言ったよね。好きこそものの、上手なれ」


 再び間合いを離していた彼女は、先刻の彼がそうしたように、血糊の付いたカッターナイフの切っ先を真っ直ぐ獲物に向けた。


「私ね、人殺しがめっちゃ得意なの」


 聞こえたその荒唐無稽な言葉を、身をもって理解するしかない状況にある彼は、顔の傷の痛みに耐えながら立ち上がる。今度こそ、両手でしっかり大型ナイフを構え。


 しかし、残された右目が映し出す部屋のどこにも彼女の姿はない。


「はい、バッテン」


 声は耳元。そして視界の端を白いなにかが横切るのを認識した瞬間、左の頬から斜めに顔面を走り抜ける激痛が右目の光まで奪い、彼を絶望の闇の底に叩き落とした。


 ──左側の死角から後方に回り込んでいた少女ペケ子は、つま先立ちで男の背中を抱きしめるようにするりと手を回し、握ったカッターで顔面にバツ印のもう一画を刻んだのである。


 そこに人間失格の烙印を、完成させたのだ。

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