看破《detect》

「──半年前、いちばん最初に殺されたのは私の姉です」


 ほんの数秒だけ、沈黙が落ちる。


「……へえ、そうなんだ。話がずいぶん早すぎるとは感じてたよ。どんだけ金に困ってるのかと思いきや、なるほどそういうことか」


 しかし意外な告白にも動揺を見せることはなく、殺人鬼はゆっくり屈んで少女の顔をまじまじと覗き込んだ。

 

「言われてみれば、すこし似ているね。……ああ、そんな怖い顔をしないでおくれよ、せっかくの綺麗な顔が台無しだ」


 そして彼女の白い頬を、カッターの刃でひたひたと叩く。


「で、まさかだけど、お姉ちゃんの復讐でもしようというの? この状況で?」


 それはもっともな問いだった。彼女が身を囮にして犯人を突き止めたところで、被害者がひとり増えるだけ。警察がそのような危険行為を許すはずはなく、連携しているという線もないだろう。


「まあ、安心していいよ。きみの顔にもお姉ちゃんと同じ、贖罪と救済の十字架を美しく刻んであげる。そしたらきっと、天国でまた会えるから」


 自己陶酔の漂う言葉を並べ立てながら男──クルセイダーはその手の刃がぎりぎり触れないよう少女の顔の中心線をなぞり、左右の眼球の前を横切らせる。

 そこに十字を、描いてみせる。


「どうしたの、黙って? もう言いたいことはない?」


 彼女はその間もずっと無言だった。クルセイダーは口元を笑みに歪めながら、カッターナイフを左手に持ち替え、右手で少女の制服の胸を鷲掴みにする。

 そこで、とうとう堪えきれなくなったように彼女は、口を開いた。


「──けっこう、お喋りなんだね」


 わずかな怯えも怒りもにじまない、落ち着き払った声で。


「え……」

「ね、いいこと教えてあげる」


 予想外の反応に戸惑いを隠せないクルセイダーに向かって、同級生に耳寄りゴシップを話すテンションで彼女は語りはじめた。


「被害者の顔の傷ね。たしかに十字なのだけど、まっすぐな十字架なんかじゃないの」


 そこで言葉を区切ると、声のトーンを落とし囁くように続ける。他の誰が聞いているわけでもないのに。


「斜めと斜めに切り裂いた、醜いバツ印だよ」


 そうして、うふふと笑う。


「つまり、あなたは噂を模倣したニセモノでしかないっ……んッ……」


 そこで言葉が途切れたのは、クルセイダーが彼女の胸を掴んだ右手に力を込めたから。青い果実を、育ち切らないまま握りつぶさんばかりに。


「ああ、そういうこと……被害者の遺族だから知り得る情報ってわけだ」


 彼はあいかわらず柔らかに、淡々と話す。しかしそれが動揺を悟らせないための「演出」だろうことは、言葉の端々の震えを聞くまでもなく透けはじめていた。


「ならこっちもいいことを教えてあげるよ。実はね、クルセイダーの設定を最初に考えてネットに広めたのはこの俺なんだ」


 心の底から誇らしげに言い放った彼にとって、それは劣勢を覆す渾身の一手だったのかも知れない。


「そして六人目と七人目をやったのも俺! そうだ! あれから鳴りを潜めた真犯人ホンモノなんかより、俺こそクルセイダーを名乗る資格がある!」


 言い終えるころには、すっかり感情が剥き出しになっていた。きっとこれが演出抜きの、クルセイダーを名乗る男の素顔なのだろう。


「残念だったな、お姉ちゃんの仇じゃなくて。でも気に病むことはない、このクルセイダーが、復讐に捉われたお前の魂を救済してやる!」


 高らかに宣言し、男は少女の顔を睨みつけた。今度こそ、そこに浮かんでいるのは恐怖か、憎悪か、あるいは絶望の三択であるはずだ。

 だから少女の口から漏れるのは、哀願か、暴言か、あるいは嗚咽であるはずだ。


 前の二人と、同じように。


「──ふふっ、うれしいな」 


 しかし期待は儚くも裏切られ、それが彼女の答えだった。

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