籠の小鳥は羽を摘む。
クサバノカゲ
監禁《confine》
──何もない部屋の真ん中に、少女がひとり座っている。
四畳半ほどの狭い空間だ。床には青いビニールシートを敷きつめ、壁は窓ひとつないコンクリの打ちっぱなしで、少女の正面側の壁にだけ耐火仕様の白い鉄扉が見えた。
彼女はその中央で、頭上にぶらさがる裸電球のぎらつく明かりに照らされ、アンティークな木製の椅子に拘束されている。長い黒髪と白い肌の対比が目を奪う、華奢で儚げな少女だ。
身にまとう純白のブラウスとスミレ色のプリーツスカートは、近隣でも有名なお嬢様校の制服である。うなだれて顔はよく見えないが、さぞ育ちの良い美少女なのだろう。
「……うぅ……ん……」
今、ちょうど眠りから目覚めたように彼女はゆっくり顔を上げた。はじめは怪訝そうに、それから混乱を顕わに周囲を見回す。
背もたれの後ろにまわされた細腕の先は、結束バンドで両の親指をひとまとめに固定されていた。
このやり方は手首の拘束より強固で、かつ下手に外そうと動かせば肉に食い込み激痛が襲う。つまり、それだけ手慣れた人間の仕業だと考えることができる。
細い足首も同様に結束バンドでひとまとめに拘束されていて、足掻いたところで椅子ごと倒れこむぐらいしかできまい。
ほどなく彼女はそれら自身の置かれた境遇──拉致監禁されたらしいという事実を理解し、そのまま呆然と数分間が経過した。
「あの……誰か、いませんか?」
意を決してか、それとも停滞する時間の重みに耐えられなくなったのか。彼女は、弱々しくも愛らしい声で問いかける。ほとんど間を置かずに、正面の鉄扉が軋む音と共にゆっくり開いた。
「やあ、ようやくお目覚めか。クスリが効きすぎて、このまま永遠に起きないのかと心配したよ」
扉の向こうの闇から響くやわらかな口調、しかし抑揚の浅い、感情の希薄な声。
「それにしても、きみのような子がパパ活なんかしたらだめじゃないか。だからこんなふうに、怖い目に遭うことになる」
扉を後ろ手に締めながら入ってきたのは、黒いレインコートを着てフードを目深にかぶった長身の男だった。その手には、大振りのカッターナイフが握られている。
──今年に入ってから、近隣では連続猟奇殺人事件が発生していた。凶器は、鋭利な刃物だと報じられている。
被害者は女子高生から四十代の会社員まで老若男女にわたり、半年間で実に七人。しかし、警察の捜査は一向に進展を見せていない。
正式に公表されたわけではないのだが、週刊誌記事やネットの目撃証言によれば、一連の被害者の死体には共通点があるとされていた。それは顔面いっぱい大きく深く刻まれた、十字の傷。
『迷える魂に死という救済を施す
十字傷の話に尾びれ背びれが生えた結果だろう。ネットを中心にそんな都市伝説めいた与太話が広まり、いつの間にか定着していた。
「あなたが、クルセイダー?」
少女は目の前の男に、おずおずと問いかける。
フードの下からのぞく素顔、その中心には黒い十字架がペイントされている。両目の位置に横線、額から鼻筋を通って顎まで抜ける縦線。幅3センチほどのそれによって、人相も判別しづらくなっていた。
「きみたちが勝手に呼んでいるだけだが」
きち、きち、きち、きち。カッターの刃をゆっくり押し出しながら、男は彼女の前に歩み寄る。
その顔を見上げた少女は、助けてくれと懇願するでもなく、ひとつの事実を彼に告げるのだった。
「──半年前、いちばん最初に殺されたのは私の姉です」
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