第3話 拒絶
「広いベッドなんだから……両端に分かれて寝ればいいでしょ?」
「い、いいのか?」
「そんな冷たい床であなたを寝させて風邪でも引かせたら、あなたの取り巻きが大騒ぎするわ」
憎まれ口を叩きながら、クッションや枕をベッドの中央に並べて仕切りを作ると、サラサは壁側に身体を横たえレイに背中を向けた。
彼の視線を感じるが、しばらくすると、
「……悪いな」
ためらいがちな礼とともに、ベッドが沈んだ。ちらっと振り返ると、レイもサラサと同じように背中合わせになるように横になっている。
寝よう、と言ったが、やはり後ろに異性がいると思うと気持ちが昂って眠気がこない。それは、相手も同じだった。
「あのさ……何か、悪かったな。俺の親父のせいでこんなことに……」
自慢話をしてきたレイと同一人物とは思えない程、弱々しい声。
きっと彼も、サラサと突然夫婦にされたことを、戸惑っているのだろう。不安な気持ちが、彼を弱気にさせているのだと結論付けると、自分は強くあろうとわざと声色を明るくする。
「それはあなたも一緒でしょ? うちの商会、経営難でお金が欲しかったの。だからと言って、マーガレットお婆様の遺産欲しさに、こんな馬鹿げた遺言に従うなんて……」
「うちも同じさ。色々あって。まとまった金が欲しかったんだとよ」
「ふーん、そうなの。少し前まで、自分のところの商会では、貴族や王家と繋がりがあるって自慢してたのはどこの誰?」
「べ、別に嘘じゃない! つい先日は、隣国との取引も決まったんだぞ?」
「ふふっ、ほんと?」
「疑うのかよっ!」
もちろん疑ってなどいない。
だが、いつもサラサをからかってくるレイが、子どものように噛みついてくる姿が面白かった。それに久しぶりに彼と交わした会話が、何故か楽しかった。
小さく肩を震わせる彼女に、気持ちを落ち着けたレイが不思議そうに首を傾げる。
「……お前、いつもと違うな。学園だったら、ほとんど反論してこないだろ? ふーん、とか、ああそう、とかしか言ってくれないのに」
「当たり前でしょ? お父様から、あなたと話すなって言われてたし。それにあなたと話していると、取り巻きの女の子たちに、どんな目に遭わされるか……人気者は辛いわね?」
最後の言葉は、嫌味だ。
レイと従兄だ、というだけで、サラサは彼に好意を寄せる女たちから嫌がらせを受けることがあった。呼び出され、関係を問い詰められたこともある。
だから極力、彼との接触は控えていたのだ。
レイから返って来たのは、驚きだった。彼の言葉が、真剣なものへと変わる。サラサが嫌がらせを受けていたことは、知らなかったようだ。
「ま、待てよ……お前、俺のせいで何かされていたのか?」
「別にあなたが気にすることじゃないわ。みんな小さなことだったし」
「小さなことって……やっぱり何かされてたんだな⁉ 何を――」
「もういいから!」
サラサの声色の強さに、レイが息を飲んだ。ショックを受けているようだが、気づかないふりをして言葉を続ける。
「私たちは……いがみ合っていた関係でしょ? 別にいいじゃない。私に何があろうと、あなたには関係ないわ」
「わ、悪かった……そう……だよな。だってお前には……テネシーという恋人がいるもんな。俺が謝りたかったのは……お前に恋人がいるのに、俺と夫婦にされてしまったことだ」
テネシーという名に、サラサの身体が強張った。
心臓が跳ね上がり、呼吸が苦しくなる。
手の先から血の気がなくなり、全身が冷たくなっていく。
呼吸が荒くなり、いつの間にか肩で息をしていた。額から変な汗が流れ落ちる。
サラサの異変に気づいたレイが、近づいて来た。
手を伸ばし細い肩に触れた瞬間、彼女の身体が大きく跳ね上がった。ひぃっと甲高い悲鳴が洩れる。
「ど、どうした? 顔が真っ青だぞ? あ、いや、どうしたじゃないよな? お前の気持ちを思えば、もっともな反応だ」
振り向くと、こちらを心配そうに見下ろしているレイがいた。自信で満ちている表情は暗く、眉の間に深い皺が寄っている。
レイが終始暗かったのは、恋人がいる彼女と自分が夫婦になるはめになった罪悪感から来るものだった。
見当違いだと、サラサは大きく首を横に振る。
「違うわ。テネシーは……私の恋人じゃない」
「え? で、でもこの間告白されてただろ?」
「ええ、そうね。でも……断ったの」
動悸が酷い。口の中もカラカラだ。
先日サラサは、学園一のモテ男と言われるテネシー・クライアンに公衆の面前で告白された。
あの場にはレイもおり、テネシーの背後から彼女を見つめていたが、すぐさまサラサから視線を外すと、どこかに行ってしまった記憶がある。
テネシーへの返答は待って貰った。
彼のことを全く知らなかったし、何故かこの場で答えるのを躊躇したからだ。
しかし数日後、サラサはテネシーと彼の取り巻きの女生徒たちとの会話を盗み聞きしてしまう。
「テネシーが私に告白したのは、罰ゲームだったんですって。だから断ったの。あ、もちろん、罰ゲームの件は伏せておいたんだけど、地味な私が断ったことが、彼のプライドを傷つけたみたい。だから向こうから、罰ゲームだって言って来たわ。まあ当たり前よね? こんな地味でつまらない女、誰も好き好んで告白しようなんて思わないでしょ?」
一瞬でも、本気で返事を考えたことを思い出し、自虐的に笑った。笑いながら、膝を抱えて丸くなる。
その時、
「お前は、地味でつまらねえ女じゃねぇよっ‼」
怒りに満ちた叫び声が、部屋に響き渡った。
何故彼が怒るのかが分からず、サラサは首を傾げて尋ねる。
「敵である私に同情してるの?」
「同情じゃねぇ。テネシーに滅茶苦茶怒りを感じてるだけだ! あの野郎……」
「でも、あなたもその一端を担っているのよ?」
「ど、どういうことだ⁉」
怒りから一転、激しい動揺が声色から伝わってくる。
本当は、言うべきではないと分かっている。しかし、伝えずにはいられなかった。
「その罰ゲームを提案したのが、あなたのことを好きな取り巻きの一人だから。あなたがいつも私に絡んでいるから、鬱陶しかったんですって」
「……そんな、俺の……せい? お前を傷つけた元凶は……俺……だったのか?」
「だからもう、私とは関わらないで。私は……卒業までの残り少ない学園生活を、静かに過ごしたいの」
「わる……かった」
「いいえ……私もごめんなさい。あなたが悪いわけじゃないのに……」
サラサは微笑むと、レイに背を向けた。
胸が苦しかった。だけど、
(ここまで言えば……レイだってもう私に近づかない。私だって――)
彼が傍に来ると、心が乱れた。
話しかけられると、動悸が止まらなかった。
大好きな静けさが破られた苛立ちと一緒に、何故かそれを楽しむ矛盾した気持ちを持つ自分が大嫌いだった。
幼いころからの父の呪縛が、サラサの心を縛り付ける。
”レイは、ライトブル商会の……いや、お前の敵だ! もう二度と、あいつと仲良くするな‼”
怒り狂う父親の表情と、満面の笑みで手を振ってくれた幼いレイから向けられた憎しみが思い出され、鳩尾辺りがキュッと締めつけられる。
自分がレイに抱く想いは、悪いものなのだと言い聞かせる。
その時、温かさが背中を包み込んだ。敷き詰めた枕の一部が跳ね除けられ、レイの身体の一部がサラサのスペースに侵入している。
「本当に悪かった……本当に……だけど、さらにお前に迷惑を掛けようとしている俺を許してくれ」
細い肩に回された太い腕に、力がこもる。
サラサの背中に彼の胸板が密着し、熱いほどの体温を伝えてくる。
レイの言葉が彼女の耳の奥を震わせた。
「お前が好きだ、サラサ」
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