不都合の裏側へ
モリハウス
不都合の裏側へ
忌々しくそして大きくそびえ立つ街灯が、僕の全身を白く照らしている。12月初旬の寒さをどこか受け入れきれずに、両手の指を冷やし、アイスコーヒーを飲みながらタクミの到着を待っている。
彼がこの高円寺の街にやってくるのはいつぶりだろうか…。
「誰か待っているの…?」
12月だというのに、肩まで素肌を出した見知らぬ女が声をかけてきた。
顔は端正な顔立ちで、眉毛が太く、髪は長い。
自分の好みな顔であった。
この街には同じ様な人間しかいないんだ。クリスマスを控えた寒空の下、僕はどこか諦めを感じていた。名前も知らないその女は自分のことを「タクミ」と名乗った。
そう、僕はタクミを待っていた。けれども、この街に現れたタクミは僕の知らない、そして僕が誰よりも知っているタクミだった。
「タクミ…、本当にタクミか?驚いたな。」
夜が2人を包み込む。
タクミは小学校からの旧友であった。
幼い頃は男勝りで誰よりもスポーツが出来た”彼”は、髪を伸ばし、魅力的な女性になっていた。
擦れた価値観をいつしか共有していた2人は、思い出話や、それぞれの過ごしてきた日々を四文屋で語り合ったのだ。
シェアハウスをしようなんて彼が言い出したのいつ頃だっただろうか。そんな話をしたとき、一瞬タクミの顔が曇った。何かまずいことを言ってしまったかと僕はラムネサワーに手を伸ばした。しばらくするとタクミも僕と同じラムネサワーを頼んでいた。
気まずさを含んだ空気感に耐えきれず僕はタバコに火をつけた。重たい煙が汚い天井を包み込むんだ時。タクミはその目を赤らめて静かに涙を流していた。僕にはその涙の意味が分からなかった。
僕が「好きだったよ」と告げようとした時、「まだそのタバコ吸ってたの、ラキスト、ラッキーストライク」タクミの濡れた唇から放たれた言葉が二人をあの頃に戻す。
「私は汚れちゃったの。私はもう、あなたとは会うべきじゃなかったかもしれない」
タクミの大きな目から大粒の涙がこぼれ始めた。
「もう、ここを出よう。」
僕たちは四文屋にとって小さな血栓のようになって、まわりのたくさんの会話を邪魔していた。
会計を済ませて、再び寒い夜に放り出された僕は、嫌な興奮に襲われていた。
「行きたいところがあるんだ。」
強引にタクミの手を引き、ラブホテル・アミへ連れ込んだ。
ここはタクミと僕がアルバイトをしていたホテル。
たどり着くとそこにはもう別の建物が建っていた。
「あ、なくなってる」タクミは悲しそうな顔をしながらその場から動かなかった。
僕は何か伝えたくて
「僕達の思い出の場所だったね」
とタクミに伝えた。
街は移り変わっていく。
そう、彼らの関係性のように。
二人はもうあの頃に戻れないことを感じていた。それでもまだ、つながろうとしていた。タクミが歩き出した。朝の方角に向かって。僕はそれを追わなかった。ただ夜の中で立ち尽くしていた。
不都合の裏側へ モリハウス @anmonioni
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