第12話 魔法の言葉

相変わらず優斗から連絡がないスマホの目覚まし時計で目が覚める。


夕方から大くんと飲みに行く予定だ。


優斗から事後報告は止めてくれと言われていたことと、少しでも気にして欲しいこともあり、大くんと飲みに行くことを連絡してみる。


『おはよう。今日、夕方から大くんと飲みに行ってきます。事後報告になるのもよくないと思って、連絡しました。今日も仕事頑張ってね。』


連絡してから、既読がつくか連絡が戻ってきていないかスマホが気になってしょうがない。


一日中スマホを気にしていた、一向に返事が戻ってくる様子がない。


気付いたら、約束の時間が近くなっている。


慌てて準備をして、リビングにいるお母さんに声をかける。


「今日、夜ご飯いらないから。」


「あら、またお洒落して、優斗くんとデート?」


「違うよ。会社の近くの駅前の焼き鳥屋で同期と飲んでくる。遅くなるけど心配しないで。」


と言って家を後にする。


待ち合わせは17時だったけど、少し遅れそうだったので大くんに連絡をする。


その時、優斗からの返信がないか確認するも既読すらついていない。


きっと忙しいんだろうなと思いながら、お店に向かう。


大くんから先にお店に入って待ってるという連絡がきていたので、地下鉄を降りると急いで店に向かう。


「お待たせ。遅れてごめんね。」


「俺もさっき来たところだから。最初は生でいい?」


「そうだね、生からのハイボールかな。」


注文を済ますとすぐに生ビールとお通しが運ばれてくる。


「それではお疲れさま。かんぱーい」


と冷えたグラスを合わせた後、一気に飲む。


急いできたから、喉が渇いていたのが一気に潤う。


「明日から、実家なんだよね。」


「そうだな。一世一代の大勝負をしてこないといけないからな。」


「元カノと会う約束してるの?」


「俺から連絡しても会ってくれないかもしれないから、共通の友人にお願いして会う予定なんだ。」


「そっか。元サヤに収まるように祈ってるから、頑張って。」


「ところで、お前はどうなんだよ。彼氏か彼氏じゃないか分からない奴とどうなんだ。」


と聞かれ、今まで大くんに詳細を説明したことがなかったから、今までのいきさつを説明して、私の気持ちも話した。


「というわけで、1年以上偽りの彼女を演じているわけで。でも私は優斗が好きで、でも振られて音信不通になるのも嫌なのよ。」


「わけわからんことしてるな。振られる前提で話てるけど、告白しないと結果なんて分からないじゃん。ちゃんと気持ちは伝えた方が良いよ。」


「いやいや、一年以上も偽彼女してるのにキスのひとつもしないなんておかしいでしょ。顔がこんなに近くなった時に、少しでも好きな感情があればキスするでしょ。」


と言いながら、水族館で優斗と顔が近くなったぐらいの距離を再現しようと、大くんの顔に自分の顔を近づける。


大くんは私に何の感情もないことを知っているから出来る行動で、ぐっと顔が近くなって、


『ほらね、気が無い女にはキスする気が起きないでしょ』


と言おうと顔を引こうと思った瞬間、頭がぐっと後ろに引っ張られる。


何事かと思って後ろを振り返ると、優斗が立っている。


何故ここに立っているのか理解ができない。


LINEのメッセージに既読すらついていないから、ここで飲んでいることなんて知る由もないはずなのに。


驚いて立ちすくんでいると、大くんが「快、こちらは?」と私に声をかけてくる。


大くんの声で我に返ると、


「幼馴染の優斗。えっ、何で優斗がここにいるの?」


混乱した頭で優斗に問いかける。


「俺も一緒に飲んでいいですか?」


と私の質問には答えず、大くんに問いかける。


「もちろん、快よかったな。」


とニヤニヤしているので、さっきの話を優斗にされては困ると思って、急いでシーっと口の前で人差し指を立てる。


そんな私を見て、優斗が不機嫌そうに


「俺に内緒の話でもあるのか。」と私に向き直る。


「そんなことはないけど。ってか、なんで優斗がここにいるの。ここで飲んでるって言ってないのに。」


「お前、LINE送って電話してるのに、連絡がないからお前の家に言ったら、お母さんが店を教えてくれたんだよ。」


今朝、お母さんにどこで飲むか教えてことが思いだされる。


「だからって、なんで勝手にくるの。大くんだって迷惑でしょ。」


「俺は全然迷惑じゃないよ。むしろこの状況を楽しんでる。」


と大くんは面白そうにしている。


「同期の人もいいって言ってるから。すみません。勝手にきて。」


と言いながら、私の隣に座ってしまった。


それでも納得がいかない私は、


「仕事が忙しいって言ってたのに、何で来たの。ちゃんと事前に連絡してよ。」


「なんだよ、俺が一緒に飲んだらいけない理由でもあるのかよ。」


と語気を荒げて言ってくる。


「まぁまぁ、お二人さん。折角楽しい席なんだから喧嘩しないで。楽しく飲みましょう。」


と大くんが割って入ってくれたので、険悪な雰囲気が少し和らぐ。


「何飲みますか?ってか、自己紹介まだでしたね。快とは同じ会社の同期で掛川大地です。快と幼馴染なら俺ともタメだから、タメ口でいいですよね?」


「もちろん。今日はいきなりすみません。快とは幼馴染で今井優斗と言います。これからよろしく。」


「快にはいつも会社で辛いときに助けてもらってて、こんな美人だし性格も良くてパーフェクトな人ですよね。昔からこんな感じなの?」


大くんがいきなり変なことを言い始めたの、慌てて何を言ってるのかと静止しようと思って大くんを見ると、大くんがウィンクして頷いている。


もう何が何だか分からない状況に頭が痛くなってきた。


「快が美人?性格が良い?掛川さん騙されちゃいけないですよ。こいつの本性を知ったら驚きますよ。」


と聞きたくもない言葉が優斗から放たれる。


「そんな事ないよ。快、会社でめちゃくちゃ人気ありますよ。俺もあわよくば、彼氏になれないかなーなんて思ってますから。」


と元カノに告白しようとしている人がとんでもない言葉を発している。


慌てて、身を乗り出しながら


「大くん、何言ってるの。だって明日、、」


と言いかけた時に、大くんにぐっと手を握られ、反対の手で口を押えられる。


触られたことにも驚きながら、これは何が起きているのだろうと頭が真っ白になる。


「快、ちょっと静かにしてて。さっき俺が話たこととか、明日のことは言わないで。」


とまた、ウインクしながら大くんが面白そうに話している。


「2人、仲いいんすね。」


と不機嫌そうに怒りを含んだような声で優斗が割って入ってくる。


「仲良いと思ってるのは俺だけじゃないか心配してるけど。快俺達仲良し?」


と大くんがニヤニヤしながら聞いてくる。


もう何が何だか分からず、どうすれば良いのかも分からず、半ばヤケクソ気味に、


「仲良しですよ。仲良しすぎで困ってるぐらい。」


と言って、残りのビールを一気に飲み干した。


「そんなに仲良しとは知らなかった。」


と優斗がこちらを睨んでいる。


「そりゃ、同じ会社の唯一の同期だから仲良くもなるでしょ。」


と勝手に来て不機嫌にしている優斗にイライラしながら睨み返す。


「あっ、注文まだだね。今井さんは生でいいですか?快はいつも通りハイボール?」


いつも通りというか、飲んだのは2回目ですけどと心の中で思いながら、


「ハイボールで。今、定員さん呼びますね。」


と言いながら手元のボタンを押して定員さんを呼ぶ。


大くんの追加のハイボールも含めて注文を済ますと、再び会話に戻る。


「今井さんと快はだいぶ昔からの幼馴染なんですよね。」


と大くんが優斗に聞いている。


「そうだな。同じ産院で同じ日に産まれたから、今でずっと一緒ということになるな。快について知らないことはないと思うし、快も俺のこと知り尽くしてるよな。」


と私の方を向きながらしゃべりかけてくる。


こんなこと言われたのは初めてで、何と返していいのか分からずいると、


「でも最近は仕事が忙しいって聞きましたよ。仕事が忙しいと大変ですね。最近は俺と一緒にいる時間の方が長いから、俺の方が良く知ってるんじゃないかな。」


と大くんが私がしゃべる前に話す。


「大くん、どうしたの。何言ってるの?」


と慌てて大くんを静止する。


「快、魔法かけてるから、ちょっと静かにしてて。」


と笑いながら、私の手を握る。


握られた手を優斗が払いのけるように机の下に引っ張る。


その手は机の下で握られたままだ。


「掛川さん、ご存じないかもしれないですが、俺と快は付き合ってるんですよ。」


「そうなんですか。それは驚いた。」


と芝居がかったリアクションをする大くん。


そして続けて、


「付き合ってるような関係だけど、付き合ってないと聞いてますが。だから俺にもチャンスがあるかなと思って。」


大くんの言葉を聞いてか、机の下で握られた手が優斗にさらにぎゅっと握られる。


「そう思ってるのは快だけかもしれないっす。こいつちょっとおかしいんで。とにかく俺と付き合ってるんでちょっかいかけないで下さい。」


と半ばキレながら大くんに話しかけている。


「ちょっと、優斗、失礼だよ。大くん、優斗空腹にビール飲んだから、酔ってるみたい。ごめんね。」


「いやいや、このあと快に告白しようと思ってたけど、彼氏がいるって聞いて諦めるしかないか。快、俺の気持ちは今言った通りだから。」


と相変わらず面白そうな顔をしながら大くんが時計を見る。


「もう21時過ぎか。俺、明日早いから、そろそろお開きにしますか。快、俺からのプレゼントしっかり受け取れよ。」


と最後は意味不明なことを言いながら伝票を掴み席を立つ。


私も机の下で繋がれた手を振りほどき、慌てて席を立つ。


レジの前で大くんが支払いしようとしているので慌てて半分だそうと財布を出すと、優斗が割って入ってきて、


「俺が払います。」


「今井さんは全然飲んでないから、俺が払うよ。」


「いや、私が半分払えばいいから。」


とダチョウ倶楽部のようなやり取りをレジ前でしていると定員さんが困ったような顔をしている。


最終的には大くんと優斗が半分ずつ払ってくれた。


私は2人にお礼を言うと、


「大くん、明日頑張ってね。一日中祈ってるから。」


と笑いかけると、


「ありがとう。この後、上手くいくといいな。また、休み明け会社でな。それでは、今井さん失礼します。」


と言って大くんは家のある方の道を歩いていく。


直ぐjに優斗がぐっと手を掴んできて、


「お前、あいつといつも2人で飲んでるのかよ。」


「あいつって言わないでよ。失礼だよ。いつもじゃないよ、今日2回目だよ。」


「だけどさっき、いつも飲んでるって言ってたぞ。」


「なんでそんなこと言ったか私にも分からないよ。ってか、何で勝手に来るのよ。」


「勝手に来ちゃ駄目だったのかよ。ってか、あいつに付き合ってるって言ってないのかよ。告白されてたら付き合ってたのか。」


と語気を強めてまくしたててくる。


「勝手にくるなんておかしいでしょ。付き合ってないのに、なんで付き合ってるって言わなきゃいけないのよ。」


と私も喧嘩腰に答える。


「お前は俺のことすきじゃないのかよ。」


と直球の質問をしてくる。


ここで好きと言ってしまうのもおかしいような気もするけど、この勢いで好きと言ってしまいたいとも思って、考えているとふわっと抱き寄せられる。


今日は一体何が起こっているのか分からない1日だと思いながらも、心臓は破裂する勢いで暴れている。


慌てて抱き寄せられた体を放そうと押し返すと、さらにぎゅっと抱き締められながら、


「なぁ、もうこの関係やめないか。」


と恐れていた言葉が頭の上から降って来る。


とうとうこの時がきてしまったかと思いながら、


「そうだよね。もう愛ちゃんのこととか落ち着いたもんね。私は用済みだよね。」


目に涙が溢れてきて、最後の方は鼻声になっていた。


きっと顔もひどいことになっているだろうから、顔見られないでよかったと思う。


「いや、そうじゃなくて。」


と優斗も口ごもりながら黙り込んでしまった。


しばらく、抱き締められているも、このままいるのもおかしいと思い、名残り惜しかったが体を引き離そうとするも優斗の力が強くて離れられない。


もごもごと動いていると、再び頭上から、


「そうじゃなくて、本当に付き合わないか。お前が俺のこと男として見てないのは知ってるけど、俺は昔からお前がいない人生は考えられないから、付き合いながら男としてみてもらえないか。」


驚きの言葉が降ってきた。


驚いて、優斗の顔を見上げると、今にも泣きそうな顔をしている。


「えっ、優斗何言ってるの。」


「今返事しないで。っていうか、拒否らないで。騙されたと思って付き合って。」


優斗の顔が歪み、さらに泣きそうな表情になる。


「そうじゃなくて、私が優斗のことを好きだけど、優斗が私を女として見てないんでしょ。いつも不細工だの怪力だの言っているから。」


「そういうつもりで言ってたわけじゃない。傷つけてたならごめん。こんなこと言うの小学生みたいで恥ずかしいんだけど、好きな子をいじめたいというか、構ってほしいという気持ちからというか・・・。」


と最後の方は聞き取れるか分からいくらいの小さい声になっている。


いつも自信満々な俺様な優斗の見たことのない姿に笑いが込み上げる。


「笑うなよ。俺は真剣に言ってるんだけど。」


と少しムッとした表情をしている。


「ごめんごめん。そうじゃなくて、嬉しくて。」


さっきまで自信なさげに俯いていた優斗だが、パッと顔を上げて私を見る。


「ということは本当に付き合ってくれるっていうこと?」


「今さらこんな事言うの恥ずかしいんだけど、私もずっと優斗のことが好きなの。」


私の言葉を聞くなり、優斗が柔らかく微笑むとぎゅっと私を抱きしめる。


抱き締めながら、


「本当はずっとこうして抱き締めたかったし、こうしたかった。」と言って優斗の顔が近づく。


私もゆっくり目を閉じる。

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