第9話 隣の美女
もうすぐ駅に着くというときに、優斗にそっくりな後ろ姿を見つけた。
隣には綺麗な女の人がいるので、優斗ではないと思いながらも目が離せずにいた。
ふとその男の人が横を見た。その横顔が優斗だった。
さっきまで高揚していた気分は一気沈んでいく。
優斗が女の人と2人で歩いている。
私も颯太先輩と会うこともあるし、ただの知り合いに違いないと思いたかったが、2人の距離が近かったのと、優斗が楽しそうに笑顔だったのが気になる。
そういえば、好きな人がいるって言ってたよな。まさか、その好きな人ってのが、あの女の人?
最近、優斗の仕草や言動に翻弄されて、勘違いモードに入っていた。
冷静に思い返してみると好きな人がいるって言っていたし、お父さんと愛ちゃんを追い払うための偽装だって言って始めたことだ。
お互い彼氏彼女ができたらこの関係は終わりにしようと言っていたし、女じゃないと思われてる私を好きなわけがないと改めて思い知る。
勘違いして告白しようとしていた自分が恥ずかしいし、あんな綺麗な女の人とは比べようもないと悲しくもなる。
そもそも、好きな人とクリスマスイブを過ごさず、私と過ごして良いものか、気を遣われているんじゃないかと、一気に不安になってくる。
さっきまで、クリスマスイブが楽しみだったのに一気に楽しみじゃなくなってきた。
私のせいで、優斗が好きな人とクリスマスイブを過ごせないのかと思うと、申し訳なく思うけど、一緒に過ごしたいという思いも捨てられない。
どうやって帰ったか記憶がないまま、気付いたら家に着いていた。手に持つ優斗へのクリスマスプレゼントの紙袋がやけに重く感じた。
クリスマスイブまでの2日、死ぬほど悩んだ。
勘違いしていたかと思うと、恥ずかしくて舞にも岳にも相談できず、悶々とした2日間を過ごした。
そんな状況が変わることなく、あっという間にクリスマスイブ当日になってしまった。
この2日で随分ネガティブな思考になってしまい、クリスマスイブにこの関係を終わらせようと言われたらどうしようとか、あの綺麗な女の人と現れたらどうしようとか、優斗の恋を邪魔しちゃっているんじゃないかとか、良い思考は全くない。
一応、優斗へのプレゼントを持って家を出ているが、今日はどうしようかと思い悩んでいると、優斗から連絡がくる。
『今日は駅前のツリーの前に待ち合わせで良いか?』
素直に約束を受けて良いのか判断できず、しばらく返信できずにいると、また優斗から連絡がきた。
『どうした?他の場所の方が都合が良い?』会う勇気が持てず、
『ごめん。今日はバイトが急に入っちゃって会えなくなっちゃった。』と気付いたら返信していた。
ドキドキしながら返信を待っていると、『そっか、かなり楽しみにしてたのに残念。』とだけ連絡がきた。
なんと返信したら良いか分からず、返信をしなかった。
元々、バイト先で人手が足りないと店長が嘆いていたので、店長に電話をする。
「お疲れ様です。今日、予定が空いたのでバイト行きます。」
「快、助かるけどいいのか?クリスマスイブだぞ。」
「大丈夫です。ラストまで入れますので。」と言って電話を切った。
優斗と綺麗な女の人が2人で歩いていた姿が忘れられない。
これで良かったんだと自分に言い聞かせて大学に向かう。
「快、おはよう。今日は楽しみだね。頑張ってね。」
と何も知らない舞が話しかけてくる。
空元気を装う元気もなく、「そうだね、頑張るね。」ということが精いっぱいだった。
「なんか元気ない気がするけど大丈夫?」
「昨日バイトの後、遅くまでテレビを見てて寝不足なのかも。今朝も寝坊しちゃってさ。」と胡麻化した。
「夜までには回復しないとね。寝坊しても、この間買ったプレゼントは忘れてないみたいだから安心した。」
と手に持つ紙袋を見ている。
講義も部活も全く身が入らず、一日どのように過ごしたのか、何を話したのか記憶がないままバイトへ向かう。
バイト中も全く身が入らないものの、クリスマスイブってこともあり、店は大忙しだった。カップルでの来店も多く、見るたびに優斗は今頃何をしているのだろうと思った。
この間見た女の人と一緒なのかなとかネガティブなことしか思い浮かばない。
やっとの思いでバイトが終わると、店長からクリスマスイブにバイトに来てくれたお礼ということで、全員にケーキが配られた。
その場で食べる気分にもなれず、そのまま包んで店を出た。
店を出ると見慣れた人が目に入る。
「お疲れ。」
と白い息を出しながら、優斗が笑いかけてくる。
「なんで・・・・」
まさかいるとは思わず、ここ数日のネガティブな思考ばかりしていたせいで、涙が溢れてくる。
「何泣いてんだよ。クリスマスイブにバイトして悲しかったか。」
というと私をそっと抱き寄せてきた。
心臓が破裂するんじゃないかと思うほどに暴れている。
「クリスマスイブにドタキャンするとは、快も大物になったな。一瞬、颯太先輩と会ってるんじゃないかと思ったけど、店から出てきてよかったわ。」
「颯太先輩は何ともないって言ってるじゃん。それに優斗こと、綺麗な女の人はいいの?私なんかとクリスマスイブに会ってて大丈夫なの?」
感情がおかしくなって、自分が制御できず2日前に見た女の人のことを聞いていた。
「綺麗な女の人?なんのことだ?」
抱き締めていた私のことを話して、顔を覗き込んでくる。
「2日前に駅前で2人で歩いているのみた。優斗楽しそうに歩いてた。それに綺麗な人だった。」
それを聞くと優斗は考え込み、何か思いだしたのか、
「あぁ、あの日か。いたなら声掛けてくれればよかったのに。会社の忘年会があって、その帰りに同期と帰りの方向が一緒だっただけだよ。あいつには高校の時から付き合ってるラブラブ彼氏がいるから、俺なんて眼中にないよ。」
優斗の言葉を聞いて、全身の力が抜けるのを感じる。
「そうだったの。てっきり優斗が好きな人いるって言ってたから、その人だとばっかり思ってた。」
「そんな訳ないだろ。俺の好きな人は別の人で、その人に俺の気持ちを伝えようと頑張ってるけど、その気がないみたいで撃沈続きなんだけどな。まさか、このせいで今日ドタキャンしたの?」
「いや、だって・・・。てっきり。」
とそれ以上、何も言えなかった。あの綺麗ない人とはなんともないとは分ったが、好きな人にはアタックしている事実を知って気持ちが落ち込む。
「おい、折角楽しみにしてたのに。っていうか、気になることがあれば俺に聞いて。お前を傷つけるようなことは絶対に言わないから。」
「分かった。これからかは言うようにするね。」
と言ったものの、優斗の口から別れを言われるようなことに繋がることは聞けないと思った。
「これプレゼント。」
とおもむろに優斗が紙袋を手渡してくる。
私も慌てて「私もプレゼント。」と手に持っていた紙袋を渡す。
「ドタキャンしたくせに、プレゼントは持ち歩いてたんだな。」
と嬉しそうに袋の中を見始める。
「俺も名刺入れ買ったんだ。以心伝心だな。」
と嬉しそうに優斗が言う。私も慌てて紙袋の中を見ると、可愛い名刺入れが入っていた。
「ありがとう。今日はごめんね。さっき店長からケーキ貰ったから食べる?」と聞くと
「くそ寒い中、ケーキを食べるのも記憶に残るクリスマスイブでいいな。駅前のツリー見ながら食べるか。」
と言って、今では当たり前になっているが、私の手を握って歩き始める。
この手を放したくないと思いながらも、優斗に好きな人がいる以上、この関係に終わりがあると思うと悲しくもなる。
そんな複雑な気持ちの中、色々すったもんだはあったが最終的には今年のクリスマスイブは一緒に過ごせて幸せだった。
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