第8話 偽装関係のスタート
待ちに待っていた月曜日がやってきた。
月曜日は一番講義が多く入っている日だ。
舞と岳と一緒に受けている選択講義から始まる。
席に座って待っていると、舞と岳がやってくる。
「快、先輩のバイトごめんね。急用ができちゃって。」
と開口一番、舞が謝ってきた。
「ごめんな、ところで優斗とはどうだった?」
「ちょっと、岳。。」
やっぱり舞と岳が仕組んだことだったのか。
「舞ちゃん、あれだけ岳には言わないでって言ったでしょ。」
「ごめんね。だけど、快と優斗には元に戻ってほしくてさ。」
「快、俺は昔から優斗と付き合えば良いと思っていたから、俺は全面的に協力したまでだ。」
と自慢気な岳。
これで上手くいかず、関係が余計拗れていたらぶちのめそうと思っていたが、結果オーライだったので二人を攻めることはしなかった。
優斗の提案については夢か真か分からいので、この場では言うのは止めようと思い代わりに
「それより、金曜日はごめんね。すっかり酔っぱらっちゃったみたいで、家まで送ってくれてありがとう。」と御礼を言った。
「快があんなに酔っぱらうなんてびっくりしたよ。話を戻すけど、優斗とは仲直りできた?」
「仲直りというか普通に話すことはできたよ。そういう点では二人にお礼を言わないと。」
「仲直りした以上の関係になったことは言わないのか。」
と頭上から声がする。
驚いて顔を上げると優斗が立っている。
岳も舞も驚いているのか口をあんぐりと開けている。
「俺と快は付き合ってるんだ。何で岳と太田に言わないんだよ。」
と講義を受けるはずない優斗が私の横に座りながら話ている。
「えっ、いつからそんなことになったんだ。」
と驚きながら岳が優斗に問いかける。
土曜日の提案が冗談じゃなくて本気だったんだと、私も驚いて優斗を見る。
「いつの間にって、土曜日だよ。岳に嵌められたおかげで、そうなった。御礼を言わないといけないな。」
「そんな急展開あるのかよ。俺は嬉しいけど。快も恥ずかしがらず言えよな。」
と言ったところで教授が教室に入ってきてしまったので、それ以上会話をすることが出来なかった。
驚きを隠せず、隣の席に座る優斗を見るとパチッとウインクして笑っている。
からかわれているのかもしれないと思い、講義が終わったらどういうつもりか聞いてみないと思ってたが、講義が始まって直ぐに優斗は教室から出て行ってしまった。
慌ててLINEで『どこ行くの?』と打ってみると、直ぐ返事がきて『会社』とだけ短く返事がきた。
今まで既読スルーだったので、短くても返事がきたことが嬉しかった。
会社ということは忙しいだろうから、野暮なことを聞くのは止めて今度会った時直接聞こうと思いスマホを机の上に置いた。
講義が終わると予想していた通り、舞と岳からの質問攻めに合う。
「快、どういうことだ。岳と付き合ってるのか?」
「付き合っているというか、何というか。」
「快、どういうこと?」と舞も聞いてくる。
「岳と舞には本当のこと言うけど、他の人には絶対に言わないでね。」
と土曜日あった出来事を二人に話した。
「優斗どういうつもりなんだ。相変わらず訳の分からない男だな。」
と混乱した様子の岳。
「きっと優斗くんには何か考えがあるんだよ。だけど、快。辛くなったら、我慢せずに言ってね。」
と舞が心配そうにしている。
「この3年間辛い思いをしたから、ちょっとぐらいのことなら大丈夫。本当にダメそうになったら二人に言うね。」
心配そうに見つめる2人にそう言った。
やっぱり優斗は忙しいようで、大学で顔を合わせることは少なかったが、暇を見つけては大学には寄ってくれていた。
付き合っていることにしている私達なので、当然外でデートするということは無く、大学で会って少し話すくらいだ。
3年間、無視され続けていたので少しでもしゃべることができて嬉しい。
舞と岳は相変わらず心配そうにしているが。
今朝、優斗からLINEがきた。
『快、今日はお昼一緒に食べようか、時間ある?』
『舞と岳は部活終わった後講義ないみたいだから、私だけになっちゃうけどいい?』
舞と岳も含めた3人で食べるという意味だったかもしれないと思い確認する。
『俺は快がいればいい。部活終わったら第一食堂来て。待ってるわ。』
快がいればいい、という言葉と待ってる、という言葉にきゅんとくる。
一緒にご飯を食べるのは、病院バイトの時以来。
今日は講義がないから、部活の時間に間に合うようにゆっくりと大学に向かう。
いつも通り部活を終えて、舞と岳と別れた後、約束している第一食堂に向かう。
食堂について見渡すも、まだ優斗は来ていないようだ。
とりあえず空いている席に座って携帯をいじりながら優斗を待つ。
しばらくすると、人の気配がして顔をあげると優斗が味噌煮込みうどんを2つ持って立っている。
「お前、これ好きだよな。勝手に決めちゃったけど良かったか?」
3年前の出来事を覚えてくれていると思うと嬉しかった。
「えっ、ごめん。ありがとう。ここの味噌煮込み美味しいよね。お金渡すからちょっと待ってて。」
「いいよ、これぐらい。」「
だけど、前も払ってもらってるし、今回は払うよ。」
とごそごそ財布を探していると、
「ほんとにいいから。早く食べようぜ。」
と財布を探している手を掴み、探す手を止められた。
手を掴まれただけなのに、ドキドキする。
「ありがとう。お言葉に甘えて。でも、次からは味分で払うから、気を遣わなくていいからね。」
「はいはい。」と適当な返事をした後、
「俺、腹減って死にそうなんだわ。早く食べようぜ。」
と優斗は言って味噌煮込みうどんに手を付ける。
しばらくの間、2人とも無言ではふはふ食べていると、愛ちゃんがこちらに向かって歩いてくるのが目に入る。
近付いてくるなり愛ちゃんが優斗に話しかける。
「優斗、今日バイトだよね?バイトの後、時間ある?」
「バイトだけど、その後時間はない。お前、今日バイトないだろ。店に来るなよ。」
不機嫌そうな声で優斗が愛ちゃんに答えている。
「なんでそんな冷たいこと言うのよ。それじゃぁ、今週の土曜日買い物に付き合ってよ。」
「あのな、前にも言ったけど、俺に構うなよ。暇じゃないんだから、あっちに行けよ。」
二人の会話を聞いていてよいものか、盗み聞きしてるみたいで気まずいなと思いながら、顔をあげず黙々と味噌煮込みうどんを食べることに徹することにした。
「そんなに冷たくされると悲しくなる。私、優斗のこと好きって言ったよね。彼女がいないなら、付き合ってよ。」
とまさかの公開告白。
これは聞いて良かったことなのかと思いながらも、聞いてませんを貫くために、黙々と食べることに徹する。
あと少しでなくなりそうになっているから、早く会話を終わらせてくれと心の中で思いながら。
「お前、ほんとにしつこい。俺、前から好きな奴がいるって言っただろ。」
「好きな人がいても付き合ってないなら、その人と付き合うことになるまで私と付き合ってよ。私と付き合ったら、絶対私のこと好きになるから。」
凄い自信だなと感心していると、とうとう食べるものが器から無くなってしまった。
これは汁を飲んで時間稼ぎをするしかないとレンゲと取ろうと顔を上げると、優斗と目が合う。
「彼女がいないなんて一言も言ってないだろ。俺、こいつと付き合ってるから、これ以上付き纏うのやめてくれる。」
と言いながら、私の手をぎゅっと握ってくる。
驚きのあまり優斗の顔を見ると、何も言うなという顔をしているので、この気まずい空間に黙って座っているしかなかった。
「そんな見え透いた嘘言わないでよ。幼馴染でしょ。しかも、ずっと距離を置いてた人となんで急に付き合うことになるのよ。」
私も気になっていたことをズバリ聞いている。
「ずっと好きだった奴をようやく手に入れたんだよ。久々の貴重な二人時間を邪魔しないでくれるかな。」
あまりに愛ちゃんの声が大きいから、周りの人が何事だと興味深々にこちらを見ている。
その視線に気付いたのか
「何よ、そんな嘘信じないから。」
と言って愛ちゃんは怒って行ってしまった。
「ごめんな。騒々しかったな。特に気にしなくていいから。」
と優斗は掴んでいた手をパッと放す。
一気に温かかった手がヒヤッとして、寂しさがこみ上げてくる。
「いやいや、そもそも偽装で付き合おうということになったのは、愛ちゃんから逃げるためでもあったよね。お役に立てて光栄です。」
とおどけて言うと、何故か優斗が悲しそうな顔をしながら、
「そうだな、偽装で付き合ってるんだよな。」
とポツリと呟くと、器に残っている味噌煮込みうどんを食べ始めた。
優斗が偽装で付き合おうと言い始めたのに、何を今さら確認するんだろうと不思議に思いながら、うどんを食べている優斗をぼーっと見る。
食べ終えた優斗が、
「この後時間ある?俺少し時間あるから、近くにオープンしたジェラート屋行ってみないか?」
初めての外でのデートのお誘いに心が躍り
「バイトまで時間あるから行こう。」
と言って二人でジェラート屋に向かう。
ジェラート屋では私がお金を払うと言っているのに、優斗が払うと言ってひと悶着あったけど、最終的には今までのお礼ということで私が支払って、今は美味しくジェラートを食べている。
「今週の土曜日空いてるか?」
「夕方からバイトがあるぐらいかな。」
「それじゃぁ、バイトまでの時間、映画見に行こうぜ。見たいやつがあるから付き合って欲しいんだよね。」
「いいけど、さっき愛ちゃんに土曜日は忙しいって言ってなかった?大丈夫なの?」
「そんなの追い払うために適当に言っただけだよ。11時に迎えに行くから、昼食って映画見て、バイトの時間までに間に合うようにするから、それでいいか?」「もちろん。楽しみにしてるね。」
と土曜日の約束をして、見る映画の話で盛り上がっていると、優斗が時計を見て
「もう時間だわ。じゃぁ、土曜日な。今週は俺、大学に行く予定ないから。風邪ひかないように気を付けろよ。」
と言って、頭をぽんぽんしてから、慌てて店を出て行く。
3年前に頭ぽんぽんするのは効果的だと優斗に言ったことが思いだされる。
深い意味の無い頭ぽんぽんとは分かっているが、期待してしまう自分もいる。
何だか、本当に付き合っているかと錯覚してしまう。
優斗が好きな分、もし優斗が好きな人と付き合うことになってこの関係が終わってしまうと思うと辛い。
あんまり、この偽装恋愛にのめりこみ過ぎて後から辛い思いをすることになるのは嫌だと思い、勘違いしないように、今一度自分自身にこれは偽装恋愛だと言い聞かせた。
待ちに待った土曜日がやってきた。
休みの日はいつもぐーたらするのに、今日はやけに早く目が覚めた。
リビングに行くとお母さんが、
「休みなのに早起きなんて珍しいね。何かあるの?」
「言ってなかったっけ?出かけて、そのままバイト行くから今日は夜ご飯いらない。」
何故か優斗と出かけるということが気恥ずかしくて、お母さんには優斗と出かけるとは言わなかった。
約束の時間にはまだ余裕があったけど、ソワソワしてしまい準備をする。
入念に顔をマッサージして、丁寧に化粧をする。
全身鏡の前でコーディネートの確認をして、くるっと一回りする。
これじゃぁ、まるで本当のデートに行く人みたいなことしているなと自分に呆れていると、LINEが入る。
優斗からだ。
『少し早いけど、迎えに行っていいか?』
ちょうど準備も終わったので『いいよ。ちょうど準備が終わったところ』と連絡する。
お母さんと鉢合わせると気まずいと思い、優斗が来る前に外に出て待っていようと、鞄に荷物を入れてコートを着て部屋を出ようと思った時、玄関のチャイムが鳴る音が聞こえる。
お母さんが先に出たらまずいと思って急いで、部屋を出ようとしたが、ハンカチを入れ忘れたことに気付く。
急いでクローゼットからハンカチを引っ張り出して、ダッシュで階段を下りる。
既に優斗とお母さんが話している。
優斗が余計なことを言っていないか心配だったが、この心配事はお母さんが発する言葉で現実となる。
「快、優斗くんと付き合ってるなら教えてくれれば良いのに。今日も出かける相手を言わないから、あえて聞かなかったのに。お母さんは優斗くんと付き合ってくれて嬉しいわ。ベビールームで並んでいた頃がついこの間に感じるのに、時の流れは早いわね。」
「お母さん、ベビールームにいたのがついこの間なわけないでしょ。それじゃぁ、行ってくるね。優斗行くよ。」
まさか優斗が付き合っていると言うとは思っていなかったのと、なんだか気恥ずかしくて冗談でごまかした。
家を出て優斗に詰めるように
「なんでお母さんに付き合ってるって言ったの?」
「いや、だって付き合ってるから本当のこと言っただけだろ。」
「偽装で付き合ってるのに、分かれた後気まずくなるじゃない。」
「俺達別れるのか?」
「いや、だって優斗が本物の彼氏彼女が出来たら別れるって言ったんじゃん。」
「そうは言ったけど、お前彼氏作るのか?」
最早、何が言いたいのかさっぱり分からない。
「いい人がいればね。」
と適当に答えると、優斗が一気に不機嫌になる。
ムッとした表情のまま、一人でずんずん歩いて行ってしまう。
また3年前の音信不通期間のことが頭をよぎる。
折角楽しみにしてたのに、このままじゃダメだと思い、優斗に駆け寄り腕を掴む。
「ねぇ、何で不機嫌なの。私なんかいけないこと言った?折角、今日楽しみにして早起きしたのに。服だってこの日の為に買ったんだよ。」
としゃべりながら、何だか自分が惨めに思えてきて、目に涙が溢れてくるのを感じる。
優斗はびっくりした表情で口に手をあてているが、
「ごめん。俺が悪かった。俺も楽しみにしてた。まずは昼飯に行くか。」
と言って、私の手を握って歩き始めた。
手を握られて一気に心拍数が上がる。
この1~2分で私の感情と心臓はジェットコースターのように乱高下している。
「お昼何か食べたいものある?」
「そうだな、がっつり食べたい気分かな。」
「あのな、デートなんだからもっと可愛らしいリクエストしろよな。まぁ、快らしくていいけど。」
と屈託のない笑顔でこちらを見る。
「お好み焼きなんてどうだ?」
「お好み焼きいいね。優斗美味しいお店知ってるの?」
「美味しい店知ってる。映画館にも近いし、そこにするか。」
初デートにお好み焼きってのも私達らしくていいかなって思った。
案の定、デートには不向きなお店でわいわいがやがや、煙と匂いは凄かったが、味は絶品だった。
「優斗、凄い良いお店知ってるね。めちゃくちゃ美味しかったから、また来よっと。」
「旨いだろ。俺も初めて食べた時感動したもん。また来ような。」
また、という言葉に嬉しくなる。
何度また、という言葉を飲み込んできたか。
今はまた、という言葉が言えて嬉しい。
映画館に着くと、優斗が事前にチケットを買ってくれていた。
こういうところ、彼女扱いされているようで嬉しい。
御礼にポップコートとジュースを買って、映画館に入る。
隣に座って、ポップコーンを食べながら映画を見る。
ポップコーンを取る手が時々触れて、その度どきどきする。
映画館の暗闇の中、時々優斗が顔を寄せて話しかけてくる。
その顔の距離の近さにまた、どきどきする。
そんなこんなで、映画どころではなかった。
「面白かったな。続きがあるみたいだから、次も見こような。」
優斗は満足そうな顔をしているが、私は映画どころではなかったので、続きを見る前に今回の映画をDVDでおさらいしないといけないなと思った。
「バイトまで時間あるよな。折角だしブラブラするか。」
ショッピングモールに入っている映画館に行っていたので、2人でウインドウショッピングを楽しんだ。
2人で並んでふざけ合いながら歩くのは、めちゃくちゃ楽しくて幸せだった。
時折、この時間がずっと続けば良いのにと思うが、終わりのある恋愛だと思うと、胸が痛くなる。
「これ、快に似合いそうだな。」
と言って星のついたネックレスを首にあててくる。
「そんな可愛らしいの似合わないよ。」
「そうか、こういうの似合うけどな。」
「似合わないって。彼女ができたらプレゼントしてあげて。」
というと優斗の顔が歪み、悲しそうな表情になる。
「そうだな。こっちの方がニア合うか。」
と一瞬で元の表情に戻り、隣にあったゴリラの被り物を被せられた。
「ちょっとふざけないでよ。」
といつも通りの優斗に戻って安心したが、一瞬の悲しそうな表情が頭から離れない。
一通り見終わって、バイトの時間が近くなってきたので、コーヒーを買って休憩することにした。
椅子に座って待っていると、優斗がコーヒーを2つ持ってくる姿が見える。ありがとうと言って受けとる。
それと同時に首元にひやっとした感触を感じる。
驚いて首元をみると、さっき優斗が似合うと言っていた星のネックレスだった。
「どうしたの、これ?」
「やっぱりお前に似合うと思って諦めきれなかった。プレゼント。」
「そんな悪いよ。」
「3年間、誕生日プレゼントあげられてなかったから、3年分の誕生日プレゼントだと思って受け取って。」
まさかの言葉に嬉しくなる。3年間距離があったことを優斗も認識していて、その間を埋めるかのような言葉と感じ、目が潤んでくるのを感じた。
慌ててコーヒーを飲んで
「あっつ。一気に飲みすぎちゃった。」
と言ってごまかしながら、目を擦る。
そんな私の頭をゆっくり撫でながら
「ネックレスよく似合ってる。俺と会うときつけてきて。」
破裂するんではないかと思う勢いで私の心臓が動いている。
こんな腰砕けそうになる台詞と仕草をよくも簡単にやってのけるなと感心する。
「あ、ありがとう。」
幼馴染の優斗だったはずが、完全に男性だと認識する。
バイトへ行く途中もしっかりと繋がれた手に心臓が煩い。
バイト先の居酒屋が見えてきたとき、
「舞さん、おつかれっす。今日は遅番っすか?」
と同僚が声をかけてきた。
思わず繋いでいた手を振り払ってしまう。
「おつかれ。私今日は遅番だよ。予約いっぱい入ってたから頑張ろうね。またあとで。」
と言う返事をきくなり、同僚は先にお店に入っていく。
「今日はありがとう。とっても楽しかった。あと、ネックレスもありがとう。大事にするね。」
「おぉ、今日は楽しかったな。バイト終わったら、連絡してくれな。それじゃぁ、頑張ってな。」
お店の前で優斗と別れた。
手を振りほどいてしまって優斗は何とも思わなかった心配だった。
着替えを済ませてホールに出るとさっき入り口であった同僚が話しかけてくる。
「舞さんの彼氏、めちゃくちゃイケメンっすね。美男美女カップルで感じでしたよ。」
外から見れば、私達は普通のカップルに見えるのに、実際はそうじゃないんだよなと思うと無償に虚しさが込み上げてくる。
なんでこんなややこしいことをしてしまったのかと、今さら後悔している。
さっさと告白すれば良かったとも思うが、振られたときのダメージを考えると、一歩踏み出す勇気が出ない。
相変わらずの忙しさで、バイト中は優斗のことを考える暇もなかった。
バイトが終わって優斗に終わったと連絡を入れるとお疲れとだけ連絡が戻ってくる。
連絡が戻ってくることだけでも幸せを感じる。
うだうだ思い悩んでもしょうがない。
いつか終わりがくるとしても、今この時間を楽しもうと心に決めた。
定期的に優斗とは大学で会ったり、外でデートしたりして楽しんでいる。
あっという間に時間は経ち、夏休みを迎えようとしている。
私も無事就職先が決まり、卒業後の進路の心配はなくなったので思いっきり今年の夏は楽しめそうだ。
そんな矢先、颯太先輩から連絡がきた。
『久しぶり、元気にしてるか。初任給で奢ると言っておきながら、忙しくて連絡できずごめん。今度の週末ご飯でもどう?」
とお誘いがきた。
優斗に報告してから行った方が良いのか、本当の彼女じゃないからわざわざ連絡するのもおかしいか。
結局、優斗には報告せずに颯太先輩に会うことにした。
優斗に報告せずに会うことについて、気が引けていたが、優斗に報告して、何でそんなこと報告するの?みたいな態度を取られる方が怖かった。
颯太先輩との約束の日、当日になった。
『快、今日の約束覚えてるか?たらふく食わせてやるから、腹ペコで来いな。』
と颯太先輩から連絡がくる。
『めちゃくちゃ楽しみにしてたので、腹ペコで行きます。』と連絡を返す。
ここのところ優斗は忙しいのか、大学ではもちろん会わず、一緒に出掛けることもしていない。
毎日、おやすみとおはようの連絡はとっているが、生存確認のための連絡のようなものだ。
先輩と会うのは告白を断った以来だ。
私も部活とバイトのみの生活で、久々のお出かけにわくわくしている。
久々にスカートでも履こうかと、クローゼットを物色する。
優斗と出かけるときはスカートを履かないようにしている。
あれだけ女じゃないと言われているから、スカートなんて履いて行った日にはなんて言われるか分かったもんじゃない。
実際に似合わないとか言われたら立ち直れなさそうなので、いつもパンツスタイルで、どちらかというとボーイッシュな恰好をしている。
その点先輩は何を着ていても褒めてくれるので、スカートを履いても貶されることはない。
気分転換にスカートを履いていくことにした。
待ち合わせ場所に行くと、既に先輩が待っている。
「先輩、すみません。お待たせしました。」
「快、久しぶり。俺も今来たところだから。そのスカート可愛いね。」
早速、先輩が褒めてくれる。
「先輩、今日は腹ペコ怪獣なので、たんまり食べますよ。覚悟して下さいね。」
「おぉ、怖い。そんなことだろうと思って、財布はパンパンにしてきた。」
とふざけながらお店に向かう。
お店に着くと適当に料理をオーダーして先輩と話をする。
「先輩、仕事どうですか?」
「まだ入社したてのペーペーだから、覚えることが多くて毎日大変だよ。快は就職先決まった?」
仕事の話から就職先の事、部活の事をしゃべっているうちに、会話は恋バナになってきた。
「快は俺をふった後、誰かと付き合ってるのか?俺、振られてかなり傷心したんだぞ。」
とおどけて先輩が聞いてくる。
「付き合ってるというか、なんというかの感じなんですよね。先輩は良い人いますか?」
「俺は、快以上の人を見つけられないと言いたいところだけど、同期に良い奴がいてさ。今は、辛い時だからお互い慰め合いながらやってきてるんだけど、最近気になるんだよな。付き合うことになったら報告するな。ところで、付き合ってような微妙な関係ってどういう関係?」
「先輩だから話しますが、ここだけの秘密にしといてくださいね。」
と言って、優斗との複雑な事情を説明する。先輩は黙って聞いてくれており、一通りしゃべり終わると
「優斗って、お前の幼馴染の奴だよな?なんでそんなもどかしいことしてんの?」
「私もよく分からないんですが、告白して振られるよりかは、一緒にいられるんでまぁいいかなと思ってですね。」
「なんで振られる前提なんだよ。もしかしたら、優斗くんもお前のこと好きかもしれないじゃん。」
「それは200%ないです。昔から、女じゃないとか、お前と付き合う男なんていないって言われてますから。」
「そうなのか。その気がない奴にこんなめんどくさい事お願いしないと思うけどな。」
「そんなことないですよ。優斗の私への言動から昔っから女の子扱いじゃなかったですから。」
期待を持たせるようなことを先輩は言ってくれたが、気遣ってくれての言動なことは重々分かっていた。
その後は先輩の気になる同期について根ほり葉ほり聞いた。
「先輩、上手くいくといいですね。先輩は優しいし、恰好良いですから自信を持って。」
「俺を振った快に言われても説得力ないけどな。ちょっとお手洗い。」
先輩は笑いながら席を立った。
手持無沙汰だったので、スマホを確認するとちょうど優斗から連絡がきていた。
『明日部活だよな。』
『そうだよ、何かあった?』と返すとすぐ返信がくる。
『久々に一緒に飯食おう。今何やってる?』と聞かれて嘘をつくのも変だと思い、
『颯太先輩に奢ってもらってる。』と返信するとまた、直ぐ返信がくる。
『二人で?岳と太田は?どこで?何時まで?』と質問だらけだ。
『二人でだよ。深い意味はない。駅前の焼き肉屋だよ。22時解散予定。』
と返すと、ちょうど先輩が戻って来る姿が見える。
優斗からの返信が気にはなったが、スマホを鞄にしまった。
「ごめんごめん。ところで、部活は最近どうだ?来年新入生獲得できそうか?」
と今度は部活の近況についてしゃべり始める。
あっという間に時間は過ぎ閉店の22時近くなる。
「ラストオーダーのお時間ですが、追加のご注文はありますか。」
「特にないです。」と先輩が定員さんに返答した後、
「すっかり長居しちゃったな。さて出るか。」と言って席を立つ。
お会計は既に済ませてくれていたようで、そのまま外へ出る。
「今日は楽しかった。次はボーナス出たら、奢ってやる。その時までに彼女作るから、一緒にご飯食おうな。」
と先輩が弾けんばかりの笑顔でこちらを見ている。
「今日はありがとうございました。御馳走様です。久々に楽しかったです。同期ゲットできるように頑張って下さいね。」
と冗談交じりで先輩の肩を叩く。
「生意気な奴だな」と言いながら頭をわしゃわしゃされる。
その時、ぐっと腕を引っ張られる。
驚いて後ろを振り返ると、優斗が立っている。
「お久しぶりです、先輩。今日は俺の彼女がお世話になったようで、ありがとうございました。」
「優斗くんか。今日は快を借りて悪かったね。それじゃぁ、快またね。またボーナス出たら連絡するね。」
優斗の突然の登場に動揺しながらも、
「お気を付けて。また連絡しますね。」と先輩を見送る。
先輩の姿が見えなくなると優斗の方を振り返り、
「どうしてここにいるの?びっくりするじゃん。」
「お前こそ、何で先輩とご飯に行くこと言わないの?やましいことでもあるの?付き合うことにしたの?俺とはもう終わりか?」
と珍しく不安気な顔をしながら、まくしたててくる。
何故そんな不安気な顔をしているのか気になりつつも、
「いや、わざわざ優斗に言っても鬱陶しいかなと思って言わなかった。先輩とはなんでもないし、先輩には好きな人がいるから、そんな関係になることはないよ。」
「だったら、何でそんな恰好してるんだよ。」
案の定、スカートのことを言ってきたと思いながらも、
「似合わないよね。たまには履きたい気分の時もあるのよ。優斗の前では履かないから安心して。」
「いや、そうじゃなくて、何で俺の前では履かないのに、他の男の前ではおしゃれするんだよ。」
とさっきまで不安気な顔をしていたのに、段々怒り顔に変わってきている。
「いや、だって優斗いつも私のこと女じゃないとか不細工だの言ってくるから、スカートなんて履いていった日には何を言われるか分からないから、履かなかっただけだよ。」
優斗は私の話を聞くなり、おでこに手をあてて、うなだれる。
「そういうつもりで言ったわけじゃないし、本心じゃない。俺がいけないんだな。お前、可愛いよ。だから、他の男と会うときにスカート履かないで欲しい。しかも、そんな丈の短いスカートなんて。俺と会う時だけにして。」
と想定外の答えが返ってくる。心臓がバクバクしてくる。
そんなこと言われると勘違いしそうになる。
「分かった。」というのが精いっぱいだった。
「しかも頭も簡単に触らせるな。先輩と会うときはヘルメットかぶれ。」
と笑いながら言うと、私の手を掴んで歩き始める。
「優斗、手が冷たい。」
「22時に終わるって言ってたけど、現行犯で捕まえないといけないから少し前から店の前にいた。」
「寒くなってきてるんだから、風邪引いたら大変じゃん。」
「先輩にはちゃんとクギをさしておかないといけないと思ってな。ところで、明日、第一食堂で待ち合わせでいい?」
と話が逸らされたが、先輩にクギを刺すって言ってたよね。
今日はいつもの優斗じゃない気がして、勘違いしそうになる。
心臓もバクバクしている。
このまま、本当の彼女にしてくれないかと言ってしまいたかったが、私の勘違いでこの関係が終わってしまうのも嫌だったので、喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。
そんな曖昧な関係を続けながら、時間はどんどん過ぎていく。
優斗への想いは募る一方だった。もうすぐクリスマスという時期になってきた。
「優斗、クリスマスプレゼント何が欲しい?」
バイト終わりに、久しぶりに優斗のバイト先で待ち合わせをしてコーヒーを飲んでいる。
「俺は特にないかな。あえて言うなら、就職して毎日持ち歩けるものがいいかな。毎日快を感じられるからな。」
最近は時々、こんな甘い台詞も言ってくる。
私も優斗への想いが募っているので、益々勘違いしそうになる。
「毎日使えるものね。考えとく。」
「快は欲しいものある?」
「私も特にないから、会社で使えるものがいいかな。」
「了解。女の趣味は分からないから困るな。クリスマスイブは空けておけよ。」
とさらっとクリスマスイブの約束を言ってくる。
「楽しみにしてるね。」と言いながら緩む頬。
クリスマスイブに一緒に過ごせることに喜びを隠せない。
その日から、クリスマスプレゼントを何にしようか頭を悩ます日々が続いた。
もうクリスマスイブ目前となってきたので、プレゼントを買わなきゃいけないと思い、舞を誘って買い物へ出かける約束をとりつけていた。
「快、お待たせ。何を買うか決めた?」
「それが悩み中。舞は岳に何を買うの?」
「うちらは当日一緒に買い物に行って、お揃いのアクセサリーでも買おうかって言ってるんだよね。」
「えっ、ごめん。今日は何も買わないの?先に言ってくれれば良いのに。付き合ってもらっても大丈夫?」
まさかの回答に舞に申し訳なくなってくる。
「最近忙しくて、一緒に出掛けてなかったから楽しみにしてたの。」
「ありがとう。お揃いのアクセサリーってことは、いよいよペアリング買うのかな。」
と舞とクリスマスプレゼントの話で盛り上がりながら、お店へ向かう。
「手帳か名刺入れかネクタイかなって思うんだけどどうかな?」
「そうだな、ネクタイは毎日同じものを付けるわけじゃないし、手帳は来年になったら違うものになるから、優斗くんの希望とする毎日持ち歩けるものじゃないね。名刺入れがいいんじゃない?」
「私もそれが一番いいかなと思ってたんだよね。後押しサンキュー」
と言って、優斗が好きなブランドのお店で名刺入れを選んで購入した。
「舞、ありがとう。無事完了したよ。夜ご飯食べに行こうか。」
「そうだね。良い買い物ができたようで良かったよ。」
2人で適当なお店を選んで中に入る。
オーダーを済ますと舞が
「それにしても、あんた達、本当に付き合ってないの?カップルそのもののな気がするんだけど。」
「付き合ってないよ。偽装のまま、私の想いがどんどん募ってきてしんどくなってきたよ。」
「優斗くんも快のことすきなんじゃないの?毎日持ち歩くものが欲しいとか相当だと思うけど。」
「そうであって欲しいけど、現実はそう甘くないのよ。優斗から好きとか付き合おうと言われるわけでもなく。私からは振られてこの関係が終わるのが怖くて告白なんてできないし。」
「案外、優斗くんも快のこと好きかもよ。思い切って告白してみれば?クリスマスイブが良いチャンスだよ。」
「そうかな。確かに、最近甘い言動も多いし、私の勘違いかもしれないけどうまくいくかもしれないとも思ってるんだよね。」
「それなら、クリスマスイブに告白しちゃいなよ。外から見てても二人は両想いだと思うよ。」
「そうだよね。このままの関係をいつまで続けるんだよって話だよね。クリスマスイブに頑張るわ。」
舞の言葉に勇気づけられて、クリスマスイブに告白しようと決めた。
クリスマスイブは2日後だ。
2日後に本物の彼女になれているかもしれないと思うと心が躍る。
舞と別れるまで、終始気持ちが躍っていた。
「舞、今日はありがとう。楽しかった。」
「こちらこそありがとう。クリスマスイブ、頑張ってね。また報告まってるね。」
「良い報告ができるように頑張るね。それじゃぁ、気を付けて帰ってね。」
と舞と別れて、駅へ向かって歩いて行く。
まだ付き合ったわけでもなくて、告白すると決めただけなのに、気持ちは既に付き合うことになったかのように高揚している。
この気分が数分後に壊れることも知らずに、この時は上機嫌で家に向かっていた。
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