第17話 宴

 その日の宴は歓喜に酔いしれていた。

 ただの食事、ただ酒を飲んだり気分転換をするのとは違う。

 戦に勝ち、喜びを分かち合って騒ぐ。

 そこに、兵士も、民という境も、ましてや身分の壁も無かった。

 誰もが夢にまで見て待ち望んだ、キカイとの戦いで初めて勝利した喜びを、皆が味わっていた。


「やれやれ、皆そろって品がない……って、そこの三等兵、服を脱ぐなあ! 小生はまだしも、姫様や幼い子供たちもいるのだぞ!」

「うふふふ、まあ、よいではありませんか、オルガス」

「姫様……しかし……」

「今日ばかりは、ぶれーこー……というものです♪ それに、オルガスだって常に裸みたいな格好ではないですか? みんな目のやり場に困ってますよ?」

「い、いや、しかしこの方が動きやすくて……」


 肩に痛々しい包帯が巻かれながらも、笑顔を見せて皆の宴会を、少し輪から離れた隅から眺めるクローナ。

 この日を待ち望んでいたのはクローナも同じ。

 気を抜いたら簡単に涙が出そうなほど、色々な感情が彼女にも溢れていた。

 そして……

 

「ま~、あれだ! とにかく……姫様もぉ、大将軍も流石! だがよぉ……一番は何といっても……あんたのおかげだぜ、救世主殿!」

「え、あ、わ」


 宴会の中央で多くの男たちに囲まれ、肩を組まれ、頭をくしゃくしゃに撫でられたりと、もみくちゃにされているのは、アークスだった。

 そう、皆が知っていた。


「ああ、あんちゃんがいなけりゃどーなってたことか!」

「新たに世界に誕生した、俺たちの救世主に乾杯だぁぁ!」

「救世主殿に万歳だぁ!」

「おおおおおおお!」


 トワイライトやオルガスがキカイを倒せるようになったこと。

 その武器を授けたのは誰か?

 そして、自身もまた三十人のキカイを葬った。

 どうやったか? 一体どうしてそんな力が?

 今はそんなものは彼らにとってはどうでもよかった。


「ったく、どいつもこいつも大はしゃぎじゃの~……」

「あら、お姉様はもうよろしいのです?」

「ふふ、今日は儂よりも、今まで諦めずについてきてくれたこやつらが楽しんでくれたらよい」


 宴会の中心からコッソリと抜け出して、隅でまったりとしていたクローナとオルガスの所にトワイライトが入った。

 そしてクローナの隣にドカッと座り、二人並んで中心に居るアークスを見つめる。

 


「のうクローナ……実際のところ……救世主殿を……あの小僧をどう思う?」


「…………」


「あやつが希望なのは間違いない。ただ……結局何も知らぬまま、あやつの謎を無視したまま、これからもあやつを担ぎ上げていいのかという心配もある……まぁ、それでもあやつを手放すことは出来ぬがな」



 その問いを受けて、今一度クローナはアークスを見つめる。

 自分が信じて抱いた希望に狂いはなかったと改めて実感させられた。それは、クローナにとっても同じだった。

 だが、一方で少しだけ気がかりなこともあった。


「……あ……あの子たち……」

「ん?」


 クローナはアークスから視線を移し、宴会から遠く離れたところでポツンと座っている、マセナをはじめとする子供たちを見た。

 本来、こういった宴となれば子供たちも負けずに大はしゃぎするものだ。

 しかし、どこか静かな雰囲気で、宴の御馳走にもあまり手を出していない。


「童どもがどうした?」

「……はい……あの子たち……見てしまったようで……」

 

 子供たちに元気がない理由。それはキカイたちに襲われてショックを受けているからではない。

 子供たちはあの戦いの最中、クローナと同じように一番傍で、ある光景を見てしまったのだ。


――……オイシイ


 キカイの体に噛み付き、噛み千切り、そしてその部位を食べるアークスの姿を。

 死んだキカイの死骸を漁るようにムシャムシャと食べていく光景を。


「ああ……アレか……確かに最初は驚いたのう……なんという顎だだとな」

「ええ。でも……」

「たしかに、童には刺激が強すぎる光景じゃ。それに、冷静に考えれば……キカイを食う……そして、それを力として取り込んだり、キカイを倒せる武器を作ったり……得体のしれない救世主殿であることには変わらぬ……」


 そう、あの光景を見て何を思うかは人それぞれである。

 子供たちがアークスに恐怖を抱くのも無理はないのかもしれない。

 しかし、それは納得しながらも、クローナは自分の想いを再度見つめなおしたうえで、トワイライトに答える。



「私は……アークスが誰であれ、もっと知りたい……彼をもっと見ていたい……そう思います」


「そうか……」



 その想いに間違いはないと、クローナは断言して、トワイライトも納得したように頷いた。


「小生も同じです。救世主様のこと……おそらく、今後も見るものによって……さらには上層部もどう判断をされるかは分かりませぬが、これだけは言えます。我々は救世主様を決して手放してはならぬと」


 それはオルガスも同じ気持ちであり、たとえ何者であろうとアークスを手放すことはできないと断言した。


「うむ。とりあえず、今日はうかれるだけうかれさせて……あやつのことは考えねばな。親父殿や獣王殿にもどう報告するか……これで変な誤解を生んで、あやつを魔族と獣人で奪い合いとかそういうことにならぬようにせねばならんな」

「そうですね。それに、救世主様の意志もあるでしょうし……小生ら自身も救世主様に見限られぬよう、できる限り尽くさねばなりませぬ」


 そう、これまでキカイという脅威に対抗するため、これまで争っていた魔族と獣人が手を組んで今の連合軍が誕生した。

 しかし、今回のことで魔族の姫と将軍である自分たちは、キカイに対抗できる希望を手にしてしまった。

 しかしこれは「魔族が手にした」ということではなく「連合軍、そして人類が手にした」という解釈にしなければならない。

 これでアークスの存在を使ってせっかく手を組んだ魔族と獣人の対等な同盟関係にいらない問題を起こしてはならない。

 そのため、アークスの扱いや、その報告をどうするか、トワイライトたちは真剣に考えなければならなかった。


「アークス……」


 そして、クローナはもう一度アークスを見つめ、宴会の中心で皆からもみくちゃにされて苦笑しながらも、どこか元気がない様子で、更に料理にも一切手を出していないアークスに気付いた。

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