第2話 魔族の姫との出会い
「うん! おしっこしても大丈夫そうですね!」
一人の魔族の少女がいた。
少女は魔族の姫である。
ふわふわとした長い髪は白銀に染まり、その頭部からは二本の角。
気品の感じる、肩を出した白い薄着の服と短いヒラヒラのスカート。
少女はスカートをたくし上げ、脇の紐を解いて純白の下着をずり降ろして、辺りをキョロキョロ見渡しながら、花摘みをしていた。
「ん~。最近、私に対する護衛やらがつきっきりで、落ち着いておトイレもできないのですから。……でも、すぐに戻らないと怒られますし……」
そこは、深く生い茂った大森林。
周囲に村や街があるわけではない環境。
現在その地に、魔王軍の軍勢がキャンプを張って避難民を誘導していた。
それは、人類の天敵として現れたキカイたちの襲撃によって土地を追われた者たち。
その誘導の軍に帯同した、魔族の姫である『クローナ』は仲間たちの目を盗んで単独行動していた。
別に職場放棄をしているわけではない。が、四六時中周囲に誰か傍に居る身分で、昼間だけでなく食事も寝るときも天幕の外には常に厳重な護衛。それは立場上仕方なかったとしても窮屈で参ってしまうことがある。
そのため、ほんの少しだけ一人になりたかったのである。
幸い、魔力による感知で味方の位置も、周囲に危険が無いことも承知していること、また彼女自身も魔王の娘という優れた血統ゆえに常人を遥かに超えた力を持っているが故の自信もあったからこそであった。
「ん……ん~♪」
だから、「こういうこと」ぐらいはせめて周囲に人もいない中で落ち着いてしたいというで、抜け出したのだが……
『クローナァ~……』
「ひゃっ!?」
中腰になって気を抜いたクローナに念話で女の声が飛んできた。
驚いて思わず腰を抜かしてしまった。
『クローナよ……おぬしはどこにおるかーーー!!』
「ふぁ、あ、あはは、お姉様……」
『笑い事ではない……おぬしがいないことに気づいた『オルガス将軍』が半泣きしておる……非情な黒翼族の女将軍と呼ばれたあの将軍がだ……』
「んもう、オルガスは非情ではなく優しい方です……でも、心配させてしまいましたか……う~ん、ちょっとおしっこしたかっただけなのですが……」
『……ほほう、小便か……って、厠であれば、キャンプに専用のがあるであろうが!』
「んもう、それこそお姉様はデリカシーがありません! あのおトイレも周囲に護衛がいますので、みんな……その、チョロチョロの音が聞かれたりとか……」
『……戦場で何を甘ったれたことを言っておるか! 堂々とジョボジョボせんかァ! ったく……とにかくすぐに戻るのだ』
「うう、分かりました。すぐ戻ります~」
起こり気味の姉からの念話に苦笑しながら溜息を吐くクローナ。やはり怒られてしまった。仲間に心配をかけてしまった。
とはいえ自分も……
「む~……少しも自由になれない……それは仕方ないのかもしれません……立場? それとも……キカイの所為?」
本来、避難民の誘導のためだけに王族が二人も必要ない。
本当は軍の将も兼ね備えている姉だけでよかった。しかし、クローナは自らも帯同したいと志願した。
王や軍幹部も最初は渋ったが、国民からの人気も高いクローナが帯同することで、避難民たちをスムーズに誘導したり、時には「癒し」にもなるだろうと判断して帯同を許した。
しかし、クローナ自身の本音は……
「避難特区『エデン』の外で少しぐらいゆっくりできないかと思いましたが……全然でした……」
ただ単純に少し外の世界で羽を伸ばしたかっただけであった。
キカイたちに追われた人類はキカイたちの手が届かぬ島に特区を設けて魔王軍の王都を移した。
しかし、その限られた土地の中、常に周囲の目がある中、姫という立場で堅苦しく振舞わなければならない日々から少しだけ抜け出したく、クローナは今回の任務に志願していた。
とはいえ、
「……いけません……私のわがままです……つらく、窮屈なのは皆も同じですのに……私は自分のことばかり……」
自分勝手でワガママな考えと行動だというのはクローナ自身も実感し、その度に自己嫌悪する。
「早く帰りましょう……皆の所へ……」
その度に我に返り、「つらいのは皆も同じ」と自分に言い聞かせて立ち上がるのだった。
だが、その時だった。
森の中を少しだけ強い風が
「あら?」
そのとき、クローナはあることに気づいた。
それは用を足すために脱いだ紐の下着が風に攫われてしまったのである。
「あ~、風さん、待ってください! わ、私の下着……流石にそれが無いと帰れませ~ん!」
慌てて下着を追いかけるクローナ。だが、生い茂った森や坂道を下ったりと、少してこずってしまう。
「う~、エッチな風さんに負けません! とうっ! ふふん、どんなもんだいです!」
それでも持ち前の身体能力で森を駆け抜けて高いジャンプでパシッと下着を掴み取るクローナ。
掴み取った下着を掲げて、クローナは二コリとドヤ顔で微笑んでだ。
だが、無我夢中で走ったために辿り着いてしまった場所で、クローナはあることに気づいた。
「あら? 洞窟?」
巨大な木々の下に埋もれて気づきにくい場所に、洞窟があった。
奥がどこまで続いているか分からない、薄暗い世界。
「……う~ん……特に人の気配もありませんけど……何かあるのでしょうか?」
突如目の前に現れた洞窟。
ちょっとした興味本位で感知の魔力で中を調査。
魔力を周囲に飛ばし、洞窟の形状や奥行き、中に「何か」ないかと探査。
そしてそこに「動いている人」の気配はなかった。
しかし……
「……あら? そんなに奥深くまでありませんね……でも……」
でも、何かがある。
動いていない。
しかし、岩とかそういう類のものではない何かをクローナは感じ取った。
「……ん……すぐそこのようですし……」
それは、単純な好奇心だった。
先ほどまで「すぐに帰らなければ」と思っていたが、一応危険はなさそうで、しかもその「何か」までそれほど距離もない。
このまま何か分からぬまま悶々とするより、確認だけしてすぐに帰ろう……クローナがそう思ったとき……
「あら? これは……箱? 棺? なんでしょう?」
そこには大きな箱があった。
木製でも鉄製でもない、「何か分からないもの」で出来ている箱。
触れればひんやりと冷たく、丁度「人一人が横たわって入れるぐらい」の大きさである。
「これは一体……」
何かは分からないが、これは普通のものではないとクローナは直感で理解した。
不思議な箱。
たとえば、ダンジョンなどで遭遇して見つける宝箱のようなものではなく、まったく未知のもの。
それは、まるでキカイのように……
「ふむ、ふむ、何か押せますね、ふむふむ」
――スリープモード、解除シマス
「ひゃっ!? しゃ、しゃべっ……」
調べる意味で箱をペタペタと色々と触ったそのとき、目の前の箱から突如声がした。人の声とは思えない声。
思わずクローナは身構える。
すると……
『jfo3w;egj@3q@pgj:3q4pa::f23f:salvn2[4b0jo3:;\alk:mq3f4o]
「え? え……え? な、なにを言っているのです?」
箱が突如、クローナに理解できない言語で話し始めた。
言葉の意味は理解できない。しかし、箱が突如点滅した光を放ったり、勢いよく冷たい冷気を噴射したりと、異変が止まらない。
そして、やがてその箱は……
――解凍完了シマシタ
「……っ……」
「え!?」
箱が開く。そして同時にまた別の声が中から聞こえてきた。
つい先ほどまで箱の中に「生きている人」は誰も居ないはずだった。
しかし、クローナは突如箱の中から「人」を感知、そしてその存在を目の当たりにした。
「……外……」
「ッ!?」
箱の中から一人の男が起き上がった。
「あ、あなたは……」
「…………」
そこに居たのは男。
年齢は若く見える。ひょっとしたら自分と年齢が近いかもしれない。
背も大きすぎるわけでも小さすぎるわけでもない。
赤みのある少し長い髪。
目覚めた直後だというのに、右目の眼光は鋭く、一方で左目の周りは義眼なのか瞳と左目の周囲の皮膚が鉄のようなもので覆われ、半袖のシャツから見える左腕全体が義手のように人工物でできているように見えた。
そして、もっとも特徴的なのはクローナと同じように「亜人種」、「魔人種」の類と思われる男だが、耳の形は丸く、そして種族特有の角などが無いのである。
そして男はクローナをジッと見つめ……
「インプリンティング完了」
「へ?」
男はただ一言抑揚のない声でそう呟き、そして突如クローナの前で跪いた。
「初メマシテ。アナタガ…………ん?」
「えっ、えっと……」
「……あ、えっと、初め……まして……あんたが、俺のマス―――」
「はい?」
「マス? マス……俺の……あんた……ん?」
男は何かを言いかけた。
家族以外で目を合わせてジッと見つめられたことも、「あんた」などと言われたことも人生で初めてのクローナはドキッとした。
男は何を言うのか?
ドキドキしながらその続きを待ったクローナ。
だが、最初の一言二言を抑揚のない無機質な言葉を発したかと思えば、急に男はハッとしたように突如口ごもって首を傾げ……
「……えっと……あれ? そもそも……俺は誰なんだ? つか、俺、何でここに……ってか、あんた誰?」
「……えっと……」
それはこっちのセリフだと言う言葉すら出てこないほど、まるで状況が理解できないクローナ。
呆然と、その手に握っていたものをパサりと地面に落としてしまう。
「あ、何か落ちた……これはハンカチ……いや……え?」
「……ふぁ!? あ、ま、待って下さ――――」
「ッッ!?」
クローナが落としたものを拾おうと屈んだ男はその手に握ったもの。それは白い紐下着。
そして、同時に洞窟内に風が流れ……
「あ……」
「あうっ!?」
捲れた物の奥に見えるものに……
「ほ、ほがあああああああああああああああ!?」
「きゃ、いや、私ったらすっかり穿くのを忘れ……ちょ、おちついてくださ~~~い! わたし、ぜんぜんえっちではありませ~ん! いつもはちゃんと穿いているんです!」
「ななな、なんで、はいてな……え、え、えっちなマスターだ!? あれ? マスターってなんで? いや、でもおおお!」
そして、二人は出会った。
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