婚約破棄されたので国を滅ぼします

雪井しい

第1話婚約破棄



「エスメラルダ・ログネンコ。お前との婚約を破棄させてもらう」


 その言葉に会場中がざわめいた。

 ここはマレーネフ魔法学園の卒業パーティーの場。

 誰もが卒業生の新たなる門出を祝い、和気あいあいと会話を楽しんでいた。


 わたくし、エスメラルダ・ログネンコはスッと目を細め、目の前の金髪の偉丈夫の姿を見据える。


 彼はわたくしの婚約者であり、このマレーネフ王国の王太子アルノー・ベンノ・マローネフだ。

 いや、もうすぐに元婚約者となるだろうが。


 ログネンコ公爵家の令嬢であるわたくしは幼い頃、この王太子殿下と婚約を結んだ。

 親同士が結んだ婚約だった。


 わたくしはログネンコの血縁の証でもある銀の髪を耳にかけた。

 そして表情を変えることなくアルノー王太子殿下にたずねる。


「いきなりこのような場で何を言い出すのでしょう」


「お前は公爵家令嬢でありながらも数多の男たちと逢瀬を重ねている! この俺がいながらも」


「はあ」


 逢瀬を重ねた記憶などない。

 たしかに学園で恋文を貰うことはあったが直接受け取らず、常に侍従を介していた。

 それほどまでに異性関係については気を付けてきた。

 なにしろわたくしは王太子の婚約者だったのだから。


 アルノーは続ける。


「さらに、このリサ・フィンクに数々の嫌がらせをしている。リサがその事実を俺に教えてくれた」


 そう言いながらアルノーは隣にいた小動物のような少女の肩を抱いた。


 あの少女は元平民でありながらも特待生としてこのマレーネフ魔法学園に入学した期待の光属性の持ち。

 光属性持ちの魔法使いはとにかく希少で、貴族の中にはもちろん、平民の中で見ることなどほぼない。


 その希少性を見込まれてリサという少女はフィンク伯爵家の養子となったと以前噂になっていた。


 リサは小動物のようなふわふわした雰囲気と、亜麻色の髪を持つ美少女だ。

 貴族の令嬢ばかりの魔法学園の中では異端の存在で、その誰にでも公平で接しやすい存在から一目置かれ始めていた。


 その1番の理由としては、ここ最近王太子アルノーと仲良さげにしているのを学園の生徒たちに目撃されていたからだ。


 アルノーとリサはどうやら恋人同士らしい。

 そんな噂は学園の生徒にとってはすでに公然の事実となっていた。


 入学当時はさまざまな嫌がらせもあったというリサは、今では学園の人気者なのだった。


 わたくしはどうやらそのリサに嫌がらせをしていたらしい。

 そんな記憶、全くなかったというのに。


「リサ、そうだろう?」


「は、はい……アルノー様、間違いございません」


 リサはそう呟くと目を潤ませ、王太子の腕をぎゅっと掴み、背に隠れた。

 アルノー王太子は眉を釣り上げ、嫌悪感を露わにわたくしを見つめてきた。


「お前がそんな女だなんて思わなかった。せっかく俺が大事にしてやろうと思っていたのに」


 そう言いながらも言葉には全く気持ちがこもってないように感じられる。

 むしろわたくしと婚約破棄する理由ができてせいせいするという気持ちさえ感じた。


 まあたしかにアルノーとは幼い頃から全く反りが合わなかった。

 いつかこの国を引っ張っていく身でありながらも王太子教育をサボりまくっている姿を見て呆れてばかりいた。


 なるべく態度には出さないように気をつけてはいたが、そんな気持ちがアルノーには伝わっていたのかもしれない。


「婚約破棄の件、承知いたしましたわ。でも、本当によろしいのですね?」


 これはわたくしに残った最後の良心からの問いかけだった。

 本当ならばこのような問いかけは必要ないのかもしれない。


「男に二言はない。それに俺にはもうリサをこれからも守るという使命がある」


「それはリサ・フィンクと婚約するということでいらっしゃいますか?」


 わたくしは熱の籠った視線をリサにぶつけるアルノーを見つめながら尋ねた。


「勿論だ。お前との婚約破棄をして、俺はリサと婚約をする!」


「分かりましたわ」


 そう言ってわたくしは近くに控えていた侍従を呼び、もともと用意していた書類とペンを受け取る。


「こちらは婚約破棄の書面でございます。僭越ながら、こちらにサインをお願いしてもよろしいでしょうか?」


「書類だと? こんなものいつ用意したんだ」


「勿論、わたくしと殿下が婚約したその日でございます。陛下とわたくしの父が作った書類でございます」


 アルノーはふんと鼻を鳴らし、その書類を受け取る。

 そして簡潔に書かれた婚約破棄に対する文章を読み、さらりとサインをした。


 この書面にはただ『マローネフ王太子アルノー・ベンノ・マローネフとログネンコ公爵家令嬢エスメラルダ・ログネンコの婚約破棄に同意する」とだけ書かれているものだった。


 わたくしは書面を受け取り、アルノーのサインをこの目に写した瞬間、口角を上げた。

 

 ──これはこのマレーネフ王国が間違いなく滅ぶということを決定付けた瞬間なのだ。


 ようやく。


 込み上げてきたものを吐き出すようにわたくしは──。





「……ふっ……あははっ、あはっ、あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」





 わたくしは喜びで今まで生きてきてからの18年間で初めてお腹の底から声を上げて笑った。


 その狂人のようなわらい声と共にわたくしの全てが解放される!



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