第81話
ローレル様の領地へ移動するのに一週間ほど。
始めは、領地を案内してもらったり色々と出かけて過ごした。1週間もたつと、特にすることもなくなり、二人で屋敷の中でゆっくり過ごすことが多くなった。
お茶を飲みながら、レースを編んで、おしゃべりをする。
レースを編む手に視線を落とすと、エミリーのことが思い浮かんだ。
エミリーもレースを編んでみたいのかな。
だけれど、エミリーの手は沢山の豆ができて潰れて固くなった剣を握り続けてきた手だった。
その手で、レースを編むところを見たい。剣を握らなくてもいいように、早く戦争が終わって帰ってきて。
今、私がローレル様としているように、のんびりおしゃべりしながらレースを編みましょう。
あ、でものんびりはしばらく無理かしらね?エイミーだったら、めちゃくちゃ必死に一目一目編みそうだもの。
初心者の時は私もそうだった。一目編むのにも手がつりそうになった。糸を引く力加減もよくわからなくて。
たぶん、エミリーも始めのうちは会話をしながら編む余裕なんてないわよね。
「あーん、どうして糸が上手く引っかからないの、リリーは魔法を使っているんじゃないの?そんなスピードで編めるはずないわ!」とかいうかも。私も初めのうちはお母様の手は魔法を使っていると思ったもの。
と、想像するとふっと笑いがこぼれる。
「あら?楽しそうね。どうしたの?」
ローレル様が思わず声を出して笑ってしまった私に首を傾げた。
「いえ、あの」
エミリーのことを考えて笑っていたというわけにもいかない。なんせエミリーって誰?と尋ねられて「皇太子」って答えることもできないのだ。
きっと、私と仲がいい友達だと思えば、ローレル様は私も仲良くしたいわと思うだろう。
いくら、そのうち、シェミリオール皇太子殿下とローレル様が仲睦まじくなるとしても……。
エミリーのことは話せない。
「レース編みを習った頃は、糸を引っ張り過ぎたり、目の数を間違えたりして、平らに編むこともできなかったなぁと思い出して」
「あら、リリー様も?私もぐにゃぐにゃになってしまいましたわ。ぐるんと反り返ったり、グルグルと回ったり」
「そうなんです、そうなんです!」
編み始めはとても気を付けて糸の引っ張り具合も目の気を付けるんだけど、調子に乗ってくるとすぐに間違えてしまううえに、今編んでるそこしか見えてないから、編み進めて初めて平になっていないことに気が付いて、随分ほどいて編みなおす羽目になる。
手元で編みあがっていくレースに視線を落とす。
「あれ?……?」
「リリー様どうかしました?」
レース針を、今編んでいた糸から引き抜き、別の糸で新しく編み始める。
糸の引っ張り加減や、網目の数を調整することで、柔らかなカーブを描いたドロップ型の親指サイズのものが編みあがる。
ローレル様に編みあがった小さなものを見せながら、興奮気味に言葉を発する。
「ローレル様、これ、よく見れば花びらみたいだと思いませんか?これをいくつか組み合わせると、レースの花が出来上がると思うんです」
通常、レースは平らに編む。花も、網目で模様として表現することはあるけれど、編んだレースを用いて花を作るようなことはない。
「花、ですか?」
「ええ、ブーケ・ド・コサージュ、布で花を立体的に作っているでしょう?レース編みでも作れないかしら?」
「まぁ!リリー様、素敵!そうですわね!レース編みのお花、ちょっと試してみましょう!」
それからは二人で毎日毎日レースを編み続け、花の形にならないかと研究を重ねた。
「リリー様、ちょっとかわいそうですが薔薇の花びらをちぎって真似して編んでみましょう!」
「そうですわね!他の花もかわいそうですけれど……それが成功への近道のような気がしますっ」
本物の薔薇と全く同じにしようとすると、厚みの問題で不可能だ。それらしく見えつつ寄り華やかに見えるレース編みの花。
逆に本物の花にはない色の糸を使うこともできる。ドレスを作る時には基本的には同じ布を使うことが一体感があると思っていたけれど。
「まぁ、素敵、なんて素敵なの!」
レースで立体的な花が編める。大きなものをドレスに付けるよりも、小花をスカートに散らして縫い付けたりするとかわいい。
侍女たちもアイデアを出して色々としてくれた。
全く同じデザインの物を、女性は髪に飾り、男性は胸ポケットに刺す。……。ブーケ・ド・コサージュを好きな人に贈るというのであれば、そういう形が学生や庶民でも普段から実行しやすいのではないか。
ああ、これが広がれば……。
「お嬢様、敵軍が撤退したため、我が軍は帰還の準備に入ったと連絡があったそうです」
侍女の一人が報告に現れた。
「本当?」
思わず立ち上がると、スカートの上に載せていたレース糸がコロンと床に落ちて転がる。
「まぁ、良かったわ!戦争は終わったのね!」
国境まで兵たちは10日ほどかけて進むそうだから、あと10日……いいえ、もうすでに連絡を出してから出発したならば、一週間ほどで王都に戻ってくるだろうか。
「急ではありますが、祝勝会が開かれるだろうから王都へ向かうよう準備をしてくださいと辺境伯様からの伝言です」
ローレル様が立ち上がった。
「そうね!祝勝会はあるわよね。我が国の国土への被害はほとんどないんですもの。あっという間に終わったから人的被害も大したことなかったってことですわよね?ああ、詳細はここにいては分からないですわね。リリー様、王都へ戻る準備をいたしましょう」
心臓がバクバクと波打つ。
戦争が終わった。
エミリーが帰ってくる。
ああ、そうだ。祝勝会で渡す手紙を書かなければ。婚約の話はなかったことに。別の方法で会えるように考えたと。
公爵家と王家であれば交流があっても不自然はないだろうし、父に協力を頼むとか、何かできるんじゃないかと。
手紙の内容を考えないとと思いながらも、心が浮きたって、考えがまとまらない。
エミリーに会える。
あの笑顔をまた見ることができる。
「まぁ、リリーったらくいしん坊さんね」
と、幸せそうに微笑んでくれる。
ただもう、想像しただけで胸がいっぱい。早く、会いたい。会いたいよ、エミリー。
違う、違う、戦争から戻ってくるんだもん。無事でよかったとか、勝利おめでとうございますとか、なんか言わないといけない……。
ああいいわ。それは祝勝会で言えば。
二人で会った時は……もう、きっと私。ただただ嬉しくて、会えたことが嬉しすぎて、走り寄って抱き着いちゃうと思う。
はしたなくたって構わないわ。
でも、きっと抑えられない。エミリーの姿を見たら、抱き着かずにはいられないと思うの!
きっと、エミリーは私を広い胸で受け止め、しっかり抱きしめてくれるわ。
「心配させちゃったわね」
っていうかしら。
ううん、「私もリリーに会いたかったわ」って。耳元でささやいてくれる。
それからきっと、エミリーはいつものようにお菓子をつまみながら色々と話をしてくれるのだろう。
「もう、聞いてよリリー。男ばっかりの軍隊ってどれだけ臭いか想像できる?」
とか、色々愚痴を聞かせてくれるのだろうか。どんな話でもいい。エミリーの声が聞ける。エミリーの次々と変わる表情を見ていたい。
そうだわ。ローレル様と開発したレースの花をプレゼントしよう。
色々な種類の花が編めるようになった。編み図もプレゼントしようか。いや、編み図は見つかるとだめか。
どんどん想像が膨らみ、ローレル様と王都へ向かう馬車の中では気もそぞろ。常にフワフワした感じだった。
そんな私の様子を見てローレル様がいう。
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