第77話

 目の前のローレル様の顔を見る。

 婚約者は探せなかったけれど、友達はできた。

 ぐっと奥歯を噛みしめる。

 エミリーの……エミリオ、いいえ、皇太子殿下の婚約者として相応しいのは私じゃない。

 私が、皇太子殿下と婚約していいはずがない。エミリーの秘密を知っている、ただそれだけの理由で婚約してよいわけがない。

 ましてや、公爵令嬢だという立場を利用して婚約するのも違う。

 王妃になるに相応しい人物が選ばれる。もしくは小さなころに婚約を結び、王妃になるべく教育を受ける。……それは、全ては国のため。

 国が荒れるような、国民が不安になるような、貴族の反発を招くような……人間でいいはずがない。いくら、エミリーが皇太子の座を降りるつもりだと言っても。

 宰相の娘である私なら反対はない、確かに表立って反対の声はないかもしれない。だけど……。

 ローレル様の方がふさわしかったと、影口を叩かれないはずがない。

 エミリーが皇太子の座を降りるときには、ローレル様ならばこんなことにはならなかったと。宰相の娘のせいで皇太子が地位を追われたとか言われるかもしれない。お父様まで、宰相の地位を追われる可能性もある。公爵家をよく思わない人間が色々あることないこと噂して没落してしまうかもしれない。お兄様にも迷惑をかけてしまう。

 ……。ああ、昨日の夜の私は子供だった。ローレル様の言う「成長している」のだとすれば、昨日は子供。今日は少し大人になった。


 馬車に乗って、快適なクッションで昨日と同じように進んでいく。

 馬車の中には、私とローレル様とアンナ様とハンナ様の4人。昨日と同じように色々と話をしながらの旅だ。

 朝、泣いてしまった私を気遣ってか、アンナ様とハンナ様がお菓子の話を色々としてくださっている。

 しっかりしなくちゃ。こんなに素敵な人たちとお友達になれた。成長しているのだと言っていただけた。

 だったら、本当に、成長しなくちゃ。

「ときどき自分でもお菓子を作っているんですが」

 アンナ様が口を開いた。

「え?ご自身で?」

 ビックリして大きな声が出てしまう。

「……あの、貴族令嬢なのに調理場に出入りするなどあまり人に言えるようなことではないのですが……」

 アンナ様がうつむいてしまった。

 ああ、そうか。私が驚いて声を上げたことが、そう受け取られたのか。

「いえ、みっともないとかそう思ったわけではなく、お菓子を作れるということがすごいと思ったのですわ。料理と違いお菓子は料理人でも特別な者……パティシエと呼ばれる限られた者にしか作れないと伺っていますので……。アンナ様すごいです」

 慌てて口を開くと、うつむいたアンナ様が顔を上げてはにかんだ笑みを見せた。

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