第66話

 お父様が言っていたではないか。

 皇太子の出陣を陛下が許すほど、こちらには余裕があると。

 一戦を交えることもなく、兵力の差に驚いて敵は逃げ帰るだろうと……。

 何とか、気持ちを落ち着けようとゆっくり息を吐きだそす。

「ああ、ほら、あちらのも!もしかしたらこれを機に、思いを寄せている人に告白した人たちも結構いたのかもしれませんね」

 ローレル様の言葉にハッとする。

 目をしっかり見開いて、窓の外を見れば騎乗の兵たちの何人かの胸元に、青い制服の上では目立つ色を見つけることができた。

 黄色、ピンク、赤、グリーン……。

「素敵ね……。男性が花の飾りを身に着けるなんて女のようだなんて、きっと誰も言わないわよね」

 ローレル様の言葉に、複雑な気持ちになった。

 エミリーも、かわいい物を持っていても取り上げられないようにと考えたものが、こうして実際に広まっているのはよかった。

 でも、広まったきっかけが戦争だったなんて、恋人同士の美談に語られても……。

 いやだ。どうか、すぐに、犠牲者もなく戦争が終わってほしい。

「勇敢な兵たちが、こうして胸に花を飾って出陣しているんですものね……。男が花の飾りなんて、みっともないなんて誰も言わないわ……。ふ、ふふふ……」

 唐突にローレル様が笑い出した。

「ふふふふ、あはははは」

「どうなさったんですか?」

「ああ、ごめんなさい。なんだか、とてもおかしくて。兵士が花など軟弱だと、私も思っていたなぁって。それが今はロマンチックだと思っているんだから……。固定概念というか……常識というか、そんなもの一瞬でひっくり返ることがあるんだなと……」

 ローレル様がぴたりと笑うのをとめると私の目を見た。

「リリー様、私、実は人には隠しているコンプレックスがあるんです」

「え?」

 人に隠している?

 ローレル様のような方にも?

 自信があって、堂々としていて、強くて凛々しい素敵な女性なのに?

「実はこれなんです」

 ローレル様が、ドレスの裾を少し持ち上げて、靴を私に見せてくれた。

「あ……かかとが……」

 ローレル様がはいていたのは、貴族の女性がはくようなかかとのある靴ではなく、子供や庶民がはくようなかかとの無いペタンな靴だった。

「私ね、背が高いの。それがコンプレックスで。かかとのある靴が怖くて履けないのよ。ふふ、背が高いと可愛げがないっ、女じゃないみたいだと、そういう固定概念に私自身が縛られてるの」

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