第39話
「リリーシャンヌお嬢様、これは魔除けの何かですか?」
メイが私が道具に書いた絵を見て尋ねてきた。
……そうね。確かにそう見えないこともない何かが描かれている。
……刺繍の図案は上手に描けるから、私、絵心があると勘違いしていたわ……。
ちょっと怖い何かが書きあがっている。カッコいいを目指したはずなのに……。何これ。
「そ、そう。魔除けのお守り?の、ような?」
もういいや。このまま、魔除けの紋様も裏に書き込んでおこう。お守りなら持っていても逆に不審がられないはず。
うん、ナイスアイデア。身から出たサビ……じゃなない、万事塞翁が馬?
とにかく、エミリーに災いから守られますように。と、今度は本当に魔除けになればと願いを込めて紋様を書き込んでいく。
これなら刺繍の図案として何度も描いたから失敗するようなことはない。
「あら、立派な魔除けのお守りが出来上がりましたね。領地に赴くロバート様にお渡しするのですか?」
メイに違うと答える。
「あら?ではお父様にお渡しするのですか?女性が持つにはデザイン的にちょっとあれですよね?」
メイの指摘に、曖昧に笑って答える。
「いや、あの、試作ね、試作、ほら、今度仕立屋が来た時に、男性向けにこういうお守りっぽいデザインはどうかと……。これならば女性が男性にプレゼントもしやすいだろうし?」
言い訳として苦しいだろうかと思いつつ適当なことを口にする。
「なるほど、流石ですわね。お嬢様は舞踏会へ行くようになってから、みるみる流行の最先端をいくアイデアを生み出し続けていらっしゃいます。これもきっと流行ること間違いないです!」
メイが嬉しそうにするものだから、一応、そういうことにして……今度仕立屋が来たらお守り案だけは伝えて見よう……。
それから数日は、刺繍をして過ごした。
「ねぇ、メイ、私が一番初めにお母様に教えてもらったのって、どんな刺繍だったのかしら?」
会話をしたり考え事をしながらでも、手は正確に針を刺していく。
「そうですねぇ……まずは、針を印の位置にさして、印の位置に出す練習からじゃないでしょうか」
ああ、そう言われれば、いろいろなステッチを覚える前にそういう基礎練習があったような気がする。
基本のステッチといえば、クロスステッチ、ブランケットステッチ、サテンステッチ……ああそう、その前にランニングステッチがあったわね。あまり使わないから忘れていたけれど、一番簡単かしら?
そうして過ごすうちに、あっという間に舞踏会の日がやって来た。
今日も前回と同じオレンジ色のドレス。違うのは、コサージュの種類だ。
胸元には、大きな薔薇の花のコサージュを左肩に近い位置に付けている。花からは少し色味が違うオレンジのオーガンジー生地で作ったリボンがふわりと降りている。リボンを使っているにも関わらず、薔薇の花が主役となっているため、少しも子供っぽさを感じさせない。
スカートの切り返しの部分にも、同じオーガンジー生地で作ったリボンを飾っている。
同じドレスだけれど、印象は全く違うはずだ。
お兄様は今日もエカテリーゼ様をエスコートするために一足先に出ている。
会場に入る。本当はすぐにでも庭に出てあづまやに向かいたいことろだったけれど、婚約者探しをまるっきり放棄するつもりはない。
お父様の気持ちに答えられるように……できれば5人はアレルギーチェックしたいところ。
どなたに近づいてみようかと、入口から奥へと足を進めていると、男性が1人近づいてきた。
「お名前をうかがっても?」
ニコリとほほ笑む男性。
くしゃみは出ない。息も苦しくない。
「リリーですわ」
「リリー嬢、少しお話させていただいても?」
男性が差し出した手に、手を重ねる。
痒くならない。すこし鼻がムズムズっとしているけれど、それだけだ。
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