第36話
いや、ドレスの模様に、ぬいぐるみのような刺繍を施すというのは?おかしいだろうか?例えば……。
「メイ、ちょっと仕立屋を呼んでもらえる?」
2日後には仕立屋が来た。
「リリーシャンヌ様、遅くなり申し訳ありません」
2日後なので、遅いということもないんだけれど。
「いいえ、急に呼び立ててごめんなさい。王妃様から頼まれた仕事もあって忙しいと聞いたわ」
いつも私の服のデザインをしてくれる男爵令嬢のデザイナーがにこやかに笑った。
「ええ、おかげさまで。リリーシャンヌ様考案のブーケ・ド・コサージュに王妃様も興味を持ってくださり、早速いくつか注文を頂いたのです」
私が考案したというより、私がぼろりと漏らした言葉を元になってるだけだよね?
「で、今回はどのようなご用件でしょう」
「ああ、そうなの。実はね、ドレスに動物の模様を入れられないかと思って」
「え?」
デザイナーの口があんぐりと開かれた。
「ほら、紋章など鎧やタペストリーや馬の装飾など、男性は動物を用いたデザインを身に着けることもあるでしょう?」
「ええ、確かに」
「だから、女性の衣装にも動物をあしらってもいいのではないかと思って」
デザイナーが目を見開き、そして饒舌に語り出した。
「まぁ、それは斬新で、素敵なアイデアですわ!そうですわね!例えば王家の紋章を王妃様のドレスに刺繍を施して、陛下と並ぶ姿。素敵でしょうね。陛下のご武運を祈る王妃様。勝利の女神のようで」
え?
武運を祈る?そっち?
王室の紋章って、ドラゴンじゃないの。うちはグリフォンで、ロイホール公爵家が獅子と鷲。全然可愛くない。
「まさに、ファッションリーダーとなるべくして生まれてきたリリーシャンヌ様。明日もまた王妃様と打ち合わせがありますので、早速提案してみましょう。もちろん、リリーシャンヌ様が発案者だということはしっかりお伝えいたします」
って、違う、違う。
私が思っていたのは、うさぎとか猫とかかわいい動物……。
ドレスの裾に追いかけっこをする猫の刺繍とかをぐるりと配置するとか。くるくる回ると猫がくるくる回っているようなの、かわいいと思いません?
あとうさぎがピョンピョン跳ねている様子とか……。
「スカートに大きく紋章に使われている動物をデザインするのも素敵ですね」
デザイナーが紙にサラサラとデザインを描きつけていく。
「胸に、家紋そのものを刺繍するのも引き締まっていいかもしれません」
「あら、これは……素敵ですわね」
デザインが素敵、じゃなくて、顔も名前も知らなくても、家紋を見ればどこの家の者か分かって便利かも。私のようにあまり社交場に出ない人間にとってはありがたい。流行するといいのに……。
「そうですわね。早速おつくり致しましょう」
え?
「あ、いえ、結構よ。その……王妃様に提案なさるのでしょう?王妃様がこれはちょっとねとおっしゃったものを身に着けるわけにはいきませんもの」
ほほほと、適当に言い訳をする。私はむしろ身元が分かるようなものを身に着けるわけにはいかない。
「確かに……それでは、本日はアイデアをご提案いただくために声をかけてくださったのですか?」
本当はかわいい動物が刺繍されたドレスを注文するつもりだったのだけれど、ちょっとその流れではなさそう。王妃様が絡んでくるとなると、ヘタなことはしない方がいいだろう。
「実は、こういったものがが作れないかと……。コサージュでも安全なピンを開発してくださったでしょう?ですから、作れないかしら?」
考えに考えたものを、下手くそながら絵にしたものをデザイナーに見せる。
「これは?」
絵だけでは当然なにか分からないので、身振り手振りも合わせて説明する。
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