第35話
「表情が豊かになったわね。新しいことに気が付かせてくれて、こんなに楽しそうに話をしてくれる。いいお友達ができてよかったわね」
メイの言葉に、大きく頷く。
うん。いい友達ができたの。
本当は、もっともっとエミリーのことを聞いてほしい。
だけれど……秘密があるから。私たちの関係は秘密だから……。
自由に会うこともできない。
悲しくなって、涙がこぼれそうになる。
だめ。メイに心配をかけてしまう。どうしたのと尋ねられたって、教えられないんだから、心配させるわけにはいかない。
「かわいいのも確かだけれど、やっぱりおいしそうだって思うのも本当よ!じゃぁ、早速いただくわね!」
務めて明るい声を出し、お菓子を口に運ぶ。メイは、ちょうど飲み頃になったお茶をティーカップに注いでくれた。
「そういえば、花茶をご馳走になったのよ」
何をしていても思い出すのはエミリーのことばかりだ。
「へぇ、そうなんですね。今度用意いたしましょうか?」
注がれたばかりの紅茶の表面が揺れているのを見る。
ゆらゆらと、私の顔が映っている。
私、一人の顔が映っている。
「……いいえ……必要ないわ……メイがいつも美味しく入れてくれるお茶で満足してるの」
顔をあげ、メイにお礼を言う。
「いつも、ありがとう」
「どういたしまして」
一人で飲んでもきっと幸せな気持ちにはならない。
花茶の開いていく花びらを一緒に見る人がいなければ。
エイミーと一緒でなければ。
「そういえば……」
お菓子もすっかり食べ終わり、2杯目のお茶を飲んでいる時には心も落ち着いていた。
そして、数日すっかりエイミーとの思い出に浸って何も手につかなかったけれど。
特別に用意してくれたというお菓子に、花茶。
ハンカチのお礼だと言っていたけれど……。お礼のお礼はおかしいかな?
お菓子のお礼がしたい。
また、何かエミリーにプレゼントしたい。ブーケ・ド・コサージュの別のものにしようかしら?
でも、まだきっとあまり広まってないのに、いくつもすでに男性用のコサージュを持っていても不審がられちゃうかな?
今度は違うものにしよう。
何がいいかな。
「リリーシャンヌお嬢様、この後は何をなさいます?」
「んー、そうね……」
考え事をしたい。エミリーにプレゼントするものを考えたいの。
「じゃぁ、刺繍でもしようかしら?」
メイに答えると、すぐに刺繍をするための裁縫道具が用意された。
先月から刺し始め、途中になっている刺繍だ。
針を取り、布に突き立て針の先を出して抜き出す。時折針に糸をくるりと巻いて抜き出し、模様を作っていく。
すでに図案は書き写してあるし、ひたすら布地を埋めて行く単純作業だ。
こういう単純作業は、考え事をしているときにはちょうどいい。
■
……刺繍を施したハンカチ……は、だめね。すでにレースのついたハンカチをあげてるもの。あんまりかわいい女もののハンカチばかり持っていたら言い訳できなくなるわよね。
何がいいのかしら。
エミリーが普段欲しくても手に入れられないもの。
ぬいぐるみは呪われそうとか言っていたけれど、かわいいよね。でも女性が浮気防止にという案は却下されちゃったけれど、何らか男性が持っていても不思議ではない理由がないうちは、エミリーにプレゼントするわけにはいかない。取り上げられてしまうだろうし、女性っぽさを否定する両親を警戒させてしまうかもしれない。きっとエミリーがずっとエミリオでいようとしているのも、親にこれ以上心配をかけたくないからというのもあるのだろう。
うーん。クッション……とかどうかな?かわいい物……は、ぬいぐるみと一緒で取り上げられちゃうか。
あ、ぬいぐるみを、かわいくない男らしいデザインのクッションの中に入れてプレゼントするというのはどうだろう?ぬいぐるみを取り出してかわいがることができるように。
って、ダメだわ。舞踏会の会場にクッションを抱えて現れる令嬢なんて、またまた悪目立ちしてしまう。
むしろ、カバーを外してぬいぐるみを抱えて歩く方がマシだろう。って、また子供っぽいと悪目立ちしてしまうわ。あのピンクのドレスを着ていた子だと、今度はぬいぐるみを抱っこしてるぞと、笑われることは間違いない。……もし、公爵令嬢だとバレた後、ぬいぐるみを抱えていたという話が残るとまずいよね。もう、服にぬいぐるみを縫い付けたファッションでも流行ればいいのに。流行らないかな。
……と、想像してみるけれど、流石になさそうだ。小さなぬいぐるみならどうだろう。
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