第30話
赤くなりそうなのを必死に抑え、心を悟られないように早口にならないように、気持ちを抑えて。
「サンドイッチも食べてもいい?お腹がすいちゃったわ」
ケーキスタンドの一番下に置いてあるサンドイッチを手に取り食べる。
落ち着かないと。うん、落ち着こう。
落ち着こうと思っているのに、どうやら、裏腹に全然落ち着けなかったようで。いつもよりも早くサンドイッチを食べすすめてしまい……。
「ごっほ、げほっ」
むせた。
いやー、恥ずかしいっ!
慌てて食べ過ぎて、むせるとか!
貴族にあるまじき、いや、貴族じゃなくても年頃の女としてどうなの!
ゴホゴホとむせ、背中を折り曲げてせき込む。
エミリーに呆れられるよねぇ。
「大丈夫?リリー」
優しく背中を撫でるエミリーの手。心配そうな声にほっとする。
「うん、げほげほ、もう、大丈夫……その、みっともない姿を見せちゃって……」
「くすくす、もうリリーったら、本当にくいしん坊さんなのねぇ。慌てなくてもサンドイッチは逃げてかないわよ?ううん、違うわね。そんなにお腹が空くまで何も持ってきてあげなくてごめんなさい。今度は初めから何かお茶と焼き菓子でも用意しましょうか」
エミリーがニコニコと笑っている。
よかった。呆れられてない。
それどころか、今度だって。次の話をしてくれる。よかった。
ほっとして胸をなでおろす。
……って、本当に、些細なことでも嫌われたらどうしようってすごく不安になっちゃう。
エミリーに嫌われたくない。
「ああ、でも、馬鹿な子ほど可愛いなんて言葉、理解できなかったけれど……慌てて食べてむせちゃうなんて、馬鹿なことなのに、逆にとっても可愛いんだもの。ビックリしちゃったわ」
「ええええ、エミリー変よ。むせてる姿なんてその、可愛くないよ……?」
「そんなことないわよ~。すました顔でお上品にお食べあそばすよりも、パクパクとおいしそうに食べて、慌てすぎてむせちゃうほうが、何百倍もかわいいっ!」
そう、なのかな?
「それとも……」
エミリーがふと言葉を止めて私の顔を見た。
「リリーだから、何でも可愛く見えるのかしら?」
エミリーの言葉にすぐに言い返す。
「違うわよ、きっとエミリーだからよ。エミリーは可愛いを見つける天才だから、他の人が見ると可愛いと思うよりおいしそうと思うものも可愛く見えちゃうんだもの。何でもきっと、可愛いって思えるエミリーだからよ。きっと、他のご令嬢にはみっともないって思われるわ」
ふぅっと小さくため息を漏らす。
「だから、私がむせたことは内緒よ?」
「ふふ、また、私たちの秘密が増えるのね。もちろんだまっていてあげるわ。くすくす」
エミリーがティーポットからお茶をカップに注いだ。その仕草は優雅な女性そのものだ。
きっと、普段はお茶を自分で注ぐこともないはずだし、もしそういう場面があっても、エミリオとしてふるまっているはず。
エミリーとしてお茶を注ぐことなんてないはずなのに、どうしてそんなに自然に美しい所作ができるのだろう。
エミリーは本当に女性として完璧なんじゃない?うらやましいくらいだわ。
「ほら、見て、リリー」
言われるままにカップの中をのぞくと、カップの中に花が咲いていた。
「花茶だ……」
1回だけ見たことがある。お湯をそそぐと、花が開いていく特別なお茶。
「そうよ。かわいいでしょ……。んふっ、ああ、可愛くて可愛くて、この場所は可愛いものだけが存在していて、本当に好き……」
エミリーがカップを持ち上げて、お茶の中で花開く可憐な花を見つめている。
「このお茶も、カップも、ケーキも、あづまやの白い柱も、丸い屋根も……今は薔薇が咲いていないけれどきっと薔薇が咲いたら夢のような世界ね。……なにより……」
エミリーの目が、私のドレスの足元から徐々に視線を上げてゆっくりと見ている。
「なにより、かわいいリリーがいる。ああ、可愛いものに囲まれて、私、今……本当に幸せよ……」
「私も、幸せ」
幸福感で胸がポカポカしてる。
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