第29話
「ああ、なんてかわいいのかしら。ねぇ、リリー、なぜ普通の食事と比べて、こんなにお茶会のセットって可愛いの?」
エミリーが興奮気味に自分が運んできたケーキスタンドを眺めている。
「ああ、そうね。……言われるまで、かわいいなんて思って見たことなかったけれど……」
確かに、かわいい。
「え?こんなにかわいいのに、かわいいって思ったことないの?信じられないわぁ!」
エイミーが悲鳴のような声を上げる。
「だ、だって、おいしそうだなぁって思うと、他の感想が出てこないのよっ」
と、正直に答える。
色とりどりに盛り付けられたケーキも、熟して食べごろとなったつやつやの果物たちも、空腹時に食べやすいように作られたたっぷりの具をはさんだサンドイッチも。
ああ、おいしそう!って、それはもう、毎回……おいしそうだなぁって!毎回といっても、お茶会に招かれることも招くこともないので、家で家族でのお茶会モドキを年に数回行うだけですけど。
「まぁ、リリーったら、くいしんぼうさんね!」
エイミーが笑った。
「でも、よかったわ。リリーのために、用意したのよ。話題のお店のお菓子を特別に取り寄せたの」
エイミーが、一番上の段に乗ったお菓子を一つ手に取った。
ピンクの小さな丸い生地に、たっぷりのクリームが挟まって、苺が飾られている。
「かわいい、ねぇ、エミリー、かわいいわ!」
よく見るケーキやクッキーと全く違う形をしている。表面は飾り気がないのに、ピンクの小さ目の丸い形に、間に挟まれたたくさんの白いクリーム。そしてアクセントに真っ赤に熟した苺。
ピンクと白と赤のバランスがとてもよくてとてもかわいい。
おいしそうより先にかわいいとお菓子を思ったのははじめてだ。
「ふふ、マカロッツォというのよ」
「マカロッツォ?」
初めて聞くお菓子だ。
「アーモンドと卵白で作ったマカロンの生地に、マリトッツォのようにたっぷりのクリームをはさんだおかしなのよ。まだ市販はされていない新作を、特別に作ってもらったのよ」
「そうなのね、素敵。ほんとうにかわいい、食べるのがもったいないわね」
「ふふふ、かわいいだけじゃなくて、おいしいのよ?くいしん坊のリリー、お口を開けてごらんなさい」
言われるままに口を開けると、エミリーが手に持っていたマカロッツォを私の口に運ぶ。
うわぁー、人に食べさせてもらうなんて、もしかしてはしたない?
一瞬恥ずかしくなったけれど、でも、誰も見ていないんだから、平気よね?
と、パクンと口に運ばれたマカロッツォにかぶりつく。
いくら小ぶりだと言っても、一口で食べられる大きさではない。三分の一くらいを食べる。
「んん、おいしいっ!」
外がサクっとしていて、中はしっとり、クリームがとろとろ。
甘いなかに苺の酸味が口の中で混ざり合い、おいしいっ!
「まぁ、本当にくいしん坊さん。そんなに幸せそうな顔で食べるなんて、可愛くて抱きしめたくなっちゃうわっ!」
だ、抱きしめたくなる?!
突然抱きしめられるんじゃないかとちょっと身構える。
いや、別に嫌とかじゃないんだけど、心の準備がね?
やだ、ドキドキしてきちゃった。
「うふっ、リリーをそんなに幸せそうにしたマカロッツォはどんなお味なのかしら?」
エミリーが私がかじったピンクのマカロッツォの残りをパクリと口に入れた。
「!!」
これ、小説で読んだことがありますっ。一つの食べ物を二人で分けて食べるのではなくて……同じ食べ物を二人が食べるのは……。
間接キス……って。
キス……。
咀嚼しているエミリーの口元に思わず視線が吸い寄せられた。
エミリーの唇……柔らかかったなぁ……。気持ちよかった。
って、やだ、やだ、何思い出してるの。気持ちよかったなんて!私ったら!
ダメダメ、エミリーに知られたらおかしな子だと思われちゃうっ。
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