黒き疾風 成果報告1
「それでは参りましょうか」
「報告書はアイリスが全て持っているんだよね?他には、収集した素材は既に送っているという事で問題ない?」
「はい、報告書はこちらに。叔父への口頭報告もいつも通り私が行います。ケイ様はどっしりと構えておられれば問題ないですわ。送った素材も受領書を貰っていますので、こちらも問題ありませんわ」
馬車の中でケイジとアイリスが話をしている。向かっている先は黒き疾風のパトロンであるエングルフィールド公爵の屋敷だ。
侯爵の屋敷はクランホームと同じフォーレンザグにある。フォーレンザグの中心地にある一等地だ。王城への通り道であるフォーレンザグ中心地は各地の貴族が邸宅を構えている大層豪華な通りでもある。
フォーレンザグから西方向に領地を持つ公爵ではあるが運営は管理人に任せ自身はフォーレンザグに居している。
今回の訪問は定例報告だ。他には追加指示された素材についての説明が主な目的である。
クランホームから公爵の屋敷までは馬車で二時間程度の距離にある。二人は馬車の中でも活発に意見交換をする。
「他にはアッシュベリーの星の件か・・・。状況はノエルに調べてもらっているから直に何かわかるだろう。結局パトロン同士で何かあったのかが分かればいいんだけど。素直に話すかだな」
「ずばり聞けばいいだけですわ。私が言えば大抵お話頂けますわよ。迷惑をしていると言えばいいだけです。なんでしたら叔母様に聞いてみますわよ」
「相変わらず強気だな。親類といっても相手は公爵だよ。本当にアイリスの実家は大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫なのです。叔父は私の父が譲ったから今の地位があるのですよ。私だけでなく父にも強気に出れないのですわ。家格は全く関係ないのです。ですから問題無しですわ」
「相変わらずこの国の貴族の関係は分からないな。話題の辺境伯もアイリスの親類なんだろ?板挟みにならないの?」
「全く問題ありませんわ。確かに辺境伯も叔父にあたります。あちらは母と年の離れた兄ですから、あまり交流はないですわ。母の弟の叔父は仕事でも交流が多いですわね」
「ああ、前職というか兼務しているというか。あっちの仕事ね」
「はい。ですがあちらは職位だけですので。今はこちらが本職ですわよ」
「あっちの商会のほうが利益が出ているじゃないか。なんでこっちの貧乏クランに来るのかな?よく考えたらアイリスも相当変わっているよな」
「あら、そんな事ありませんわよ。これから右肩上がりに急成長するクランだとご存じないのです?今後人が増えていけば商会の利益になりますし。良い事ばかりですわよ」
「ああ、はい。努力します。今は損益が増えすぎてピンチだよな。アレについては今回の配置変更でいい方向に向けばいいのだけど」
「その件でひとつ質問があるのです。宜しいですか?」
リッキーの件での処置に思う所があったようでアイリスは二人きりのこの場で確認したい事がありそうだ。ケイジがどうぞと促すと自分の考えを述べて来た。
「リッキーさんは除隊させるつもりはなかったのですか?禍を招くばかりで利益にならないと思いますわ。自分勝手で他人の意見に耳を貸さない。異動の話も激高するだけでしたわ。危うい存在だと思うのです」
どうやらアイリスはリッキーを危険人物と判断したようである。損害ばかり出すのだから当然だ。関係したメンバーを苛立たせる。
ダンジョン探索停止という実害もある。探索停止についてはクランの看板に傷をつける行為だったのだ。
降格だけの処分ではぬるいと考えているようである。
おそらく相当数のクランメンバーもアイリスと同様の印象を持っているとケイジは推測している。現状のままだと確かに厳罰は避けられない。
「現状のままだとみんなそう思うのかもな。リッキーは俺がスカウトした。だけどそれが処罰を固辞する理由じゃない。リッキーに似てるヤツがいてね。今回の異動を切っ掛けとして欲しいんだ。そしてリッキーにとっても最後のチャンスとなるかな」
「え?どなたと似ているのですか?」
「・・・ブラッドフォードだ。これは俺とアイリスの中で秘匿するよ。あれは昔はリッキーどころじゃない乱暴者だった。羅刹という通り名を知っているかい?」
「はい。確か四年位前でしょうか?ダンジョン管理者に逆らいダンジョン施設を全て潰したとか、ダンジョンから魔物を出して近隣に被害を出したとか悪い噂が絶えない人物でしたわね。え?それがブラッドフォード隊長なのです?」
「そうなんだ。その頃に俺はブラッドフォードに会った。気に入らない奴は見境なく喧嘩をするような野犬だったな。俺も何度も狙われたんだよ。命のやり取りまで発展した時もあったな」
「ええ?・・今も二人は衝突する事はありますけど上手くやられているではありませんか?何故一緒に行動するようになりましたの?」
「なんでだろ?色々あったからね。ブラッドフォードは何かの切っ掛けがあって考え方を変えたんじゃないかな。それで現在に至っていると思う。表面上は見せていないけどリッキーを見て昔の自分を思い出したと思うんだ。上手く指導してくれるのを狙っているんだ」
「は~、そうなんですのね。あのブラッドフォード隊長が羅刹だったとは知りませんでしたわ。よくそんな方が更生されましたわね。とっても驚きですわ」
心底呆れた表情をするアイリス。ブラッドフォードが悪名高い羅刹だとは全く思っていなかったのだ。
呆れはしたものの内面は冷静だ。そのような過去を背負うブラッドフォードの下で問題を起こさず探索を継続できればと考えたようだ。
現場では冷静に行動できるブラッドフォードは昔からそうだったとアイリスは勝手に考えていた。ケイジと一緒に行動していればそうなるだろうと。
経験を積めば変わる可能性があるとケイジが判断したと考えたのだ。
ケイジは悪戯を仕掛けた子供のようにニヤリとする。
「ブラッドフォードの過去については本当に内緒だよ。知っているのは俺を含めて三人だけだ。ちなみに過去の悪行は綺麗に清算している。ブラッドフォードは罪人ではないから。ま、結構大変だったけどね」
「勿論秘密は守りますわよ。やっと合点がいきましたわ。それでブラッドフォード隊長にリッキーさんを預けたのですね?」
「ブラッドフォード本人には特に伝えていないけどね。本人がリッキーを見て何か感じて欲しいと思っている。さすがにそのまま言ってしまうと過去がばれてしまうからね」
アイリスはケイジがそこまで思考していた事を初めて知った。
リッキーに対して表面上見せる態度は概ね自分達と同じ反応だったからだ。何故そのような処罰で済ませたのかやっと分かったのだ。
この人を選んで良かったとアイリスは喜ぶ。リッキーについては現在最低な評価しか与えられていない。それだけで判断しないで最後ともいえるチャンスを与えたのだ。
ケイジはリッキーに対してなんの助言もしていない。叱責するだけの冷たい処分しかしていない。事実そうされても仕方ない事をリッキーはしたのだ。メンバーの不満を抑えるためにも必要な処分でもある。
しかし内心は違うと初めて理解できたのだ。ブラッドフォードに預けて暫く様子を見るようだ。
アイリスにはこの二人がどう変わっていくかは分からない。上手くいかなくてもケイジが助けに入ると推測したようである。
簡単には切り捨てない。アイリスがクランに加入する時に聞いた言葉だ。
それを今実践している。感激で胸が熱くなってしまったようだ。アイリスは頬が染まり目が潤んでいる。その表情でケイジをずっと見つめている。気づいたケイジは怪訝な表情をする。
「何?どうしたの?俺何か変だった?」
「・・・いいえ。ケイ様は本当に素晴らしい方です。私このクランに来て一緒に仕事ができる事を誇りに思いますわ。そしてあなたを好きになって良かったと思いますの」
好意を寄せる言葉を伝える。アイリスは日常的にケイジに好意の言葉を発している。ケイジは困ったように躱しているのだが・・・今は逃げる場所が無い。
体を寄せてくるアイリスから逃れられないケイジだった。
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