黒き疾風 クランホーム 秘密部屋にて


 黒き疾風のクランホームの屋敷は広い。

 クランのメンバーが寝泊りする部屋や各部門の作業部屋、会議などの部屋、装備品、素材等の部屋がある。

 中には幹部クラス専用の区画もあり資格が無い者は入る事すらできない。同様に各部で厳重に管理している部屋も容易に入れない。

 その他の用途の部屋等含めても相当な数の部屋がある。

 それでも屋敷内の全ての部屋は使われていないのが実情だ。

 セキュリティの意味も含めて屋敷内の見取り図は無い。全てを知っているメンバーは非常に少ない。

 殆どのメンバーが知らない秘密の部屋が地下にある。その部屋に通じる階段をケイジがゆっくりと降りている。

 部屋に入る扉に躊躇いがちに触れる。迷った末に扉を開ける。


 部屋の中は広くない。小さな机と二つの椅子。小さな棚とミニキッチンのような物が設置されている。

 ミニキッチンは軽食や飲み物を飲む用途で使われいるようだ。

 小さいコンロの魔道具が設置され小さめのケトルがかけられている。ケトルからは湯気が漏れお湯が沸いている事を示していた。

 ケイジはそれをちらりと見てから椅子に座っている人物に視線を移す。

 その女性はシルクのナイトガウンを羽織っている。本を片手に紅茶を飲んでいるようだ。

 長い金髪を後ろで無造作に束ねてている。

 ケイジが入ってきた事に気づいているようだが意図的に無視しているようだ。

 これは何かに怒っているパターンだとケイジは思う。恐る恐る声を掛ける。


「何が原因で拗ねているのか分かりませんが、機嫌を直してくださいませんか?」


 声を掛けられた女性は無視を継続。意味も無くページをめくているようだ。

 未だに不機嫌の模様。いくつか不機嫌の理由は思い当たるケイジではある。その選択を間違えると益々不機嫌になってしまう。

 どれが間違いが無い選択なのか分からない。内心の焦りを表に出さないように注意しながら言葉を選ぶ。


「あの・・アイリスがくっついてくるのはいつもの事ですよ。不快でしたら今後は距離を取るように注意します。ですが一定以上は近寄らせていませんから安心してください。ましてや寝物語など決して」


 女性はピクリと反応をする。珍しくきつい目でケイジを睨みつける。いつもは丸みを帯びた青い目は責めているようだ。

 どうやら選択を間違えたかもしれないとケイジは思う。珍しく焦っているようだ。

 

「あ、いや。違いますか。では、治療所の件であれば・・」

「違うわよ!そっちじゃないわ!」


 途端に大きな声て否定をする。顔はやや紅潮し目は増々鋭くなる。焦るケイジ。


「ええ?それじゃ他に何かありましたか・・・」

「それを私に聞くの?」


 女性はもうケイジを見ていない。再び本に目を戻す。

 ケイジは困った表情になる。選択を失敗してしまったようだ。不機嫌が増加しているようだ。


「もしかして・・・引き抜きの事ですか?」

「え?何それ?どういう事!」


 本を乱暴にたたみ再びケイジを睨む。

 これも間違った選択だったようだ。この件については本人は全く認識が無い様だ。心の中でノエルの情報について解釈を間違えた事を察したケイジ。

 失敗どころではない。これは謝るしかない。


「姫、私にはもう分からないです。何をそんなに不機嫌になっているのです?理由を伺っても宜しいでしょうか?」

「・・・・」


 引き抜きと言われた事についての怒りはすぐに消え女性は困ったように椅子に座る。そのまま俯いて無言になってしまった。

 気まずい空気が流れる。



「申し訳ありません。お怒りの原因を教えてください。明日より改善するよう致しますので。何卒」

 跪き謝罪をするケイジ。最早何をいっても逆効果になると判断したようだ。


 それでも反応は戻ってこない。

 

「お教え頂けませんか?ではこれ以上の弁明は致しません。事務的な報告だけさせて頂いた後に失礼致します」


 ケイジは部屋の扉の前まで後ずさり再度跪く。報告を開始しようとしたときに遮られる。


「分かったわよ。怒っていません。いつも通りで良いから椅子に座って話を続けて頂戴」


 女性は顔を真っ赤にしたまま話すとカップを両手で抱えて紅茶を飲む。表情を隠すような仕草だ。

 ケイジは様子を伺う。機嫌が悪いのは継続しているが話をする気にはなってくれたようだと判断する。

 たちあがり慎重に椅子に座る。

 やおら女性は立ち上がりコンロからケトルを持つ。机に置いてある別のティーポットにお湯を注ぎ暫し蒸らす。その後お湯を注ぎなおしてもう一つのカップに注ぐ。

 注いだカップをケイジの前に差し出す。

「頂きます」

 ケイジは慎重に受け取りアツアツのグリーンティーを啜る。女性がケイジのために準備して待っていてくれていたのだ。

 機嫌とは裏腹に準備をしてくれている事に感激を隠せない。即、感謝を述べ香りを愉しむ。

 その後ゆっくりと味を愉しむ。その後に話しを切り出す。


「姫、明日より閣下の元に報告に行って参ります。今回も定例報告と直近の依頼探索の成果と素材の説明です。当日中に終わりますので終わり次第戻って参ります。あちらからは事前に連絡事項は無いようです」


「・・・そう。公爵様は情報をお持ちでない可能性が高いわね」

「ダメ元であたってますので仕方ありません。そもそも閣下の欲する物と我らが欲するモノは違います。こればかりは簡単には行かないかと」

「焦らず慎重にだね。でもね、ケイ。私思うの。別に探索しなくてもいいと思うんだ。今の生活は全く悪くないし。何より・・・安全だしね」


 いつもの表情に戻った女性ははにかむように気を遣わないで良いと伝える。ケイジは暫し女性を見つめ口を開く。


「姫はそれで良いかもしれません。しかし残された家臣や民は姫が戻られるのを待っておられます。何卒心強く思われますよう」

「でもね、言うほど簡単な事ではないと思うわ。探しているモノはあくまでも噂レベルでしょ。それにどこに持ち去られたか分かっていないじゃない?この国の貴族や他の探索者にも所在を確認しているでしょ?手がかりすらないわよね?」

「はい。そもそも核となる情報が全くありません。加えて私も姫も当事者ではありません。どこかのダンジョンにあるのは確実な筈。ですが、今の所信憑性の薄い情報しかありません。だからといって諦める訳にはいきません」

「それはそうなのだけど。ソレが無くても私の身分を証明する事はできないのかな?」

「家臣達や民は信じております。ですがあの者達が納得する筈もありません。極端な話ですが姫の替え玉を仕立て上げる事はできるのです。姫の血が正当であるためにはソレが必要なのです」

「私についてきてくれる家臣や民達だけではだめなの?」

「前にも申し上げましたが、それには他国の後ろ盾が必要となります。可能であれば他国の王か王子と婚姻し後ろ盾になって頂く事になります。ですが、それは・・」

「嫌よ!全く分からない相手と婚姻するなんて。私には好きな人が居るんだもの!」

「何度もお聞きしますがその方は王族や高位の貴族ではないのですよね?」

「分からないわよ。もしかしたらそうかもしれないし、違うかもしれないし。私には教えてくれないのよ」

「・・・そろそろ、そのお方の名をお聞きしでも宜しいですか?その方の伝手で他国の王家と繋ぎが取れる可能性はあります」

「し、しつこいわね!その件については拒否します。もしかしたらそうかもしれないけど。その目的で頼りたくないの!」


 再度真っ赤になる女性。何やら言えない事情があるようだ。これはいつも通りの反応だ。この件については難度聞いても答えてくれないのだ。

 ケイジの知る限り目の前の女性の交流範囲は限られている。それを踏まえると少なくても高位の貴族以上である事は確実だ。市井の民である筈が無いのだ。

 可能な範囲で相手を思い浮かべているが既に亡くなっている方ばかりだ。全く分からない。


「気の長い話になりますが今のクランで活動を続ければ相応の財産は蓄積できてます。その方と婚姻されてご子息を儲けられれば他国の王子、王女と婚姻という戦略もありです。ですから是非にでもその方をご紹介頂きたく。お願いします」


 いつもなら引き下がるケイジではあるが今回は引き下がるつもりはないようだ。なおも想い人を打ち明けるよう食い下がってくる。


「で、ですから。無理なの。多分・・・いえ、きっとその方は私の想いに気づいていないわ。その方の名を告げても迷惑になるだけよ」

「左様ですか。ですが想いは伝えられてないのですよね?その方も姫を想っていないとは限らないですよね?」

「・・・どうかな。その方は近くに女性を側に置いているわ。その方と親しくしているようですし。それに寝所を共にしているのよ。きっと」

「なんですと?その方は近くにいるのですね?どこにいるのです?女性が近くにいるとは恋人乃至夫婦という事ですね?夫婦であれば不味いか。いや、恋人でも不味いか。姫それは真ですか?」

「不味いわよ!その方は意中の女性がいるのよ。私がどれだけ思っても無理なのよ!」

「しかし、このクラン関係で近くに女性を側に置いているとなると・・・。一体・・。いずれにしてもクランの者ならば他国の王家との伝手は限りなく薄いですね。私が出自はほぼ確認しております故。成程。その方向は諦めた方が良いですね」


 今回新たに知った事実にケイジは提示した方法が難しいと判断する。やはり当初目的のモノを見つけるのが堅実な方法だと考えているようだ。


「そ、そういう事なの。だから諦めて。それと今日の話はもう終わり?だったら少し一人になりたいから外して貰える?」


 女性は本を開きなおしページをめくり始める。

 他にも話をしたい事があったケイジ。だが最初から不機嫌だった、且つ、想い人の話で拒否されてしまった。

 これ以上話をする事は困難と判断したようだ。


「承知しました。では失礼します」


 ケイジは立ち上がり一礼をした後に部屋から出ていく。

 十分に時間がたってから女性は本を閉じる。そしてぼそりと呟く。


「・・・どうせ私のような小娘は眼中にないんでしょ。アイリスとイチャイチャしていればいいんだわ」


 女性の青い瞳は悲しみに揺れていた。



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