ダンジョン探索は楽じゃない!

ナギサ コウガ

黒き疾風 執務室 1



「う~む。これはまずくないか?」


 執務室で書類に囲まれた男性は眉間にしわを寄せながらブツブツ唸っている。

 自身の黒い髪を乱暴にかきながら思案をしているようにも見える。何やら悩んでいるようだ。

 手元に持っている書類を掴んだまま残った手で書類の山を探り何かを探している。探し物がなかなか見つからないようだ。

 執務室にもう一つある机で部下に指示をしていた女性はそれに気づく。指示を受けている女性も気づいたようでお互いに視線を合わせクスリと笑う。

 それをきっかけとして二人の話は区切りがついたようだ。

 

「それじゃ探索指示説明をお願いしますわね。大丈夫、話せば分かってもらえますわ」

「・・・はい。わかりましたアイリスさん。可能な限り説明してみます。どうしてもダメだったら助けてくださいね。きっとですよ」

「もう、大丈夫ですわよ。バーナビー隊のリーダーはきちんと説明すれば納得してもらえますわ。どこかの隊と違いますから」

「そ、そうですね。バーナビーさんは分かっていただける人でしたね。ええ、頑張ってみます」


 指示を受けた女性はフンと気合を込めて書類を受け取る。元気を取り戻したようでそのまま指示された部署へ移動するため退出していく。

 手を振り見送った女性は笑みを納め、唸っている黒髪の男を見つめる。

 確か自分が目を通した書類を確認していたはずである。自身の机から立ち上がり男性の机の元にいき一緒に書類を探そうとする。


「ケイ様。探し物は何でしょうか?先程提出しました報告書の件ですか?関連書類をお探しなのですか?」


 赤茶色のボブカットの毛先を弄りながらケイと呼んだ男に確認をする。ケイは愛称で実際の名前はケイジである。

 彼女はむっちりとした豊満な体をぴったりとした薄い緑色のノースリーブのワンピースで包んでいる。切れ長ではあるが大き目のヘーゼルの瞳は潤んでいる。

 そして書類の山からバインダーにファイリングされた書類を抜き出す。まるでそこにあるのを知っているかのような手つきである。

 

「ああ、その報告書だ。なぁ、アイリス。前回のバーナビー隊とリッキー隊の合同探索は相当利益がでなかったんだな。損失も相当だ。・・・まぁ覚悟していたけどさ。ヤツラの口頭報告では結構利益でたと思っていたんだけどな」


 アイリスと呼んだ女性からバインダーを受け取るケイジ。どうにも想定外に利益が出ていない事に困っているようだ。

 ケイジが唸っていたのは前回探索結果の報告書だ。信頼する秘書であるアイリスの最終確認が完了した報告書である。故に記載内容については何ら疑いを持っていない。

 誤記、漏れ、虚偽等は無いに等しい報告書だ。従って利益が出ていないというのは事実なのだ。それ故その内容に失望しているのであった。

 

「そうですわね。バーナビー隊ですら利益を出すのが難しかったようですわ。反対にリッキー隊は探索させるだけ損益が増えていきますわ。私もういい加減うんざりしてきますの。まずは三ページ目をご覧になって」


 アイリスはケイジの背後にまわり抱きつくような形でケイジの手に自分の手を重ねてバインダー内の資料ページをめくる。

 ケイジは「近すぎる」と言うが、アイリスは構わず体を押しつけてくる。逃げようもないケイジは諦めて後ろから抱きつかれた形でアイリスの報告を聞く。アイツは耳元で囁くように報告書内容を読み上げる。


「バーナビー隊が持ち還った素材は市価で白金貨二十四枚程は見込めますわ。出費は大金貨七枚程。予想より武器の損耗が激しかったようですわ。それでも十分利益はでていますわ。

 リッキー隊は消込たいくらいですわね。持ち帰った素材の価値はせいぜい金貨二枚。出費は白金貨二十枚以上。持ち還った素材の質が粗悪ばかりが原因ですわね。同行したサッパー隊からも抗議がありました。他にも、用意した武器を全部破損されたようですわ。一番酷いのが施設破壊ですわね。

 今回の探索での利益は無しで白金貨二枚の損失ですわ。リッキー隊の探索結果の明細は五ページ目以降から・・」

「・・・もういい。リッキーのヤツはダンジョン探索の目的が分かっていないのか?」

「もう、気づくのが遅いですわ。ケイ様が改善するように指導してくれないから増長したのでしょう。最早やりたい放題ですわ。今回も施設破壊の修繕で私の部下を出張させています。報告書は実行部隊の損益ですので部下達の費用等を加算すると損益はもっとでますわね」

「ふ~。・・・今回の探索は名誉挽回という意味で行かせたんだけど。なんとか上手く素材を持ち還って欲しかったんだ。そのためにサッパー隊はフィリップ隊をつけた。フィリップもいい顔してなかったが強引に頼んだ・・・それでもダメだったか」

「そこまで分かっていて何故リッキー隊を擁護するのです?剣技は優れているかもしれませんがダンジョン探索では最重要技能ではありませんわよ?」

「知っているよ。誰でも初めてはある。経験を積めば変わってくれると思っている。隊のメンバーもアイツの気心しれた者達で編成させているし。今後の事を考えると探索隊はもう一隊は増やしたいんだよ」

「それも聞いてますわ。ですが隊のリーダーに任命する必要は無いですわ。あの隊にはアレよりリーダー向きな者がおりますのはご存じでしょう?」

「ああ。そうだな。知っているよ。ウォーレスだろ?だけどウォーレスはリッキーがリーダーに相応しいと言ってた。他のメンバーもそんな感じだったんだ。それで様子見としたんだよ」

「まぁ、そんな事が。でも、彼らはスラム街の愚連隊気取りなのですわ。お山の大将気分はいい加減改善してもらわないとダメですわ。曲がりなりにも仕事なのですから。ケイ様も強めに諫めてくださいな」


 殆どキスをしそうな程接近して憤るアイリス。リッキー隊の行動は相当目に余ると思っているようで透き通った白い肌が紅潮している。

 このような美女に密着して平静でいられる程ケイジは枯れていない。内心の動揺を抑え距離を取ろうとする。しかし自分は椅子に座って動けない。その背後からしがみつかれているとどうしようもない状態だ。手に持った資料の件も一時忘れてしまったようだ。


「アイリス。お、おちつけ。お前の憤りは良く分かった。お前だけでなく他の面々からもリッキー隊・・リッキーの評価は良くないのを聞いている。今回の探索でその評価を少しでもよくして欲しいんだ」

「お言葉ですがあまり期待されない方が宜しいかと。定例作業に近い今回の探索ではあります。ある程度の繊細さも必要な探索ですわよね?通常であればブラッドフォード隊かバーナビー隊の担当ですわよ」

「仕方ない。二隊とも別探索に取られてしまった。その他の隊では実力が足りない。リッキー隊に任せるしかない。本人も今度こそ期待を裏切らないと言っていたんだ」

「本当に信じでおいでなのです?あれは懲りない方ですわよ。今回の探索でも失敗はする確率は高いと思いますわ。もし失敗したら隊の編成見直しをしてくださいまし」

「あ、ああ。考えておく。それでいい・・かな?」


 アイリスの唇はケイジの頬に殆ど触れている。無下に断れないのがケイジの弱さでもある。これがリッキーのある種の増長を許す切っ掛けになっているのをアイリスは知っている。

 この優しさを好ましく思いながらも場面によっては厳しく出れない所をもどかしく思っている。一歩でも強く出てくれたら・・・自分も、もう少し深い関係になれるのにとアイリスは思う。

 それはリッキーへの指導も一緒なのだが。強く出れないため今回の探索も上手くいかないだろうとアイリスは予測している。

 それを強く要望しようと考えていた所に扉をノックする音がする。予定外の面会があるようだ。

 流石に密着したままでは不味いので素早くアイリスは離れる。その表情はかなり残念な感じだ。ホッとため息をつくケイジ。

 

「お入りください」

 アイリスの応答に扉が開かれる。入ってきたのは資材部門担当の女性だった。書類の束を抱え様子を伺うように入ってきた。その様子を見たアイリスは微笑みながら招き入れる。

 

「いらっしゃい。資材のカミラさんね。打ち合わせは明後日の予定でしたわよね?その様子だと急ぎの用事かしら?」

「あ、はい。その・・資材調達でご相談が・・・。今宜しいでしょうか?」

「少しの時間であれば私達なら構わないわよ。散らかっているけど座って頂戴」


 アイリスは打ち合わせに使うテーブルの上に積まれていた書類の束を整えてスペースを開ける。椅子を引いて座るように勧める。カミラは遠慮がちに座る。

 ある種の予感を持ちながらアイリスは話を切り出す。


「このタイミングで相談に来たと言う事は・・もしかして備品の調達かしら?」

「は、はい!前回の探索で戻ってきた隊の武器や備品の損耗が多くなりました。今回の探索隊も相当備品を補充されたのです。事前に頂いた計画書の想定量を大きく上回っていました。勿論、私の想定外で。在庫の相当数が不足になってしまいました。あちこち相談してなんとか調達はできたのですが・・・」


 カミラはおどおどした様子で話し始めた。ケイジはまだ相談内容が理解出来ていないようだ。カミラの正面に座るが、備品が不足しているとは思っていないようだ。

 ケイジの隣に座ったアイリスは思い当たる事があった。カミラが言いづらいのだろうと思い後を引き取る。


「おそらくリッキー隊の事ですわね?彼らが必要以上に武器や資材を持って行ったのですね。そこについては同行するサッパー隊に任せるように伝えたのですけど。伝わりませんでしたか?」

「説明というか運用ルールとして武器や資材は同行するサッパー隊が運搬する事になっていると伝えました。ですが、稼ぎ頭の自分達が十分な武器が手元に無くて仕事はできない。手元にあるのが大事だと主張され半ば強引に持っていかれて・・・。後から来たフィリップさんにお伝えするのが申し訳なくて・・」


 それを聞いたケイジは頭を抱えて天を仰ぐ。アイリスは座った目になって拳をプルプル震わせている。問題児を通り越したリッキーの行動に対してのそれぞれの心象だ。

 カミラの言う通り武器、防具、ダンジョン内で使う資材、備品については全て同行サッパー隊が運搬する。

 ダンジョン到着と同時に配布する事がこのクランのルールとなっている。これは現地に着くまでに不要な争いを避けるため、探索時にも過剰な武装を避けるための処置である。

 ダンジョンは色々なチームが探索している。構造や施設等の破壊はしてはならないのだ。探索隊は血の気の多い者が多い。それをサッパー隊が制御する面もあるのだ。

 それをリッキーは承知している。否、このクランに所属する時に説明がある項目でもある。にもかかわらず、それを無視した行動をとったというのだ。

 カミラは不正をしない公正な女性だ。気の弱い所があるが正確に装備品等を管理している。だから信頼して任せている。そのカミラが訴えてきているのだから余程の事なのだろうとケイジは理解する。


「リッキーが勝手にか。全く・・勝手し放題だな。カミラには迷惑をかけた。完全に俺の責任だな。余計な心配をかけてすまなかった。これから改善するようにする」

「い、いえ。強く出れなかった私の責任でもあります。ですが、あそこまで暴力的に訴えられると・・・。なんというか・・きちんと管理ができず申し訳ありません」


 リッキーが勝手気ままにやっているのはトップである自分の責任と謝罪するケイジ。表情は深刻で申し訳なく思っているのが表れている。既に何らかの決断をしているようだ。

 尊敬する上司に謝罪させるつもりがなかったカミラは恐縮してしまっている。混乱し意味不明な事を言い始める。

 それを見ていたアイリスはケイジの背中を思い切り叩く。スパーンといい音と共にケイジが跳ね上がる。


「ケイ様!しっかりなさいな!やってしまった事はもどりませんわよ」


 柳眉を顰めケイジを睨む。怒っている訳ではなく窘める表情である。瞬間呆けた表情になったケイジ。アイリスの活に気を取り直す。


「お、おう。ありがとう。そうだな、うん。カミラよく教えてくれた。リッキーが今の探索から戻ってきたらきつく言っておく。不足している装備品等はすぐにリストにして提出してくれ。困ったらアイリスに相談して詰めてくれ」

「あ、ありがとうございます。倉庫は既に空に近いので早急に必要なものをまずはリストにして本日中に提出します」

「そこまで空にされたのです?ケイ様!リストを精査している暇はありませんわ!カミラさん。あなたの裁量で最低限の在庫を補充してください。急ぎ発注をお願いします。発注が終わり次第控えを回して頂戴」

「ええ~?よ、よろしいのですか?」


 クラン運営でのケイジとアイリスの関係をカミラは知っている。一見トップであるケイジの意見を聞かずにアイリスが決定しているように見える。しかし金額面での責任者はアイリスなのだ。これが二人の関係でもある。

 しかし、このクランのトップはケイジだ。ないがしろにするわけにもいかない。カミラは念のため恐る恐るケイジを見る。ケイジもニッコリと頷いている。指示内容が間違っていない事に安堵したカミラは安心した表情で礼を言う。


「あ、ありがとうございます。では急ぎ発注を行います。今日中に全ては無理なので何日かに分けて発注させていただきます」

「ああ、構わない。面倒かけるが頼む。急な探索が入らない限りは十日は探索は無い予定だ。それまでに補充できれば問題ない」

「はい!チーフ、アイリスさんありがとうございます!」


 悩み事が解消したカミラは勢いよく椅子から立ち上がり深々とおじぎをする。すぐに発注すべく退出していく。

 その姿を見送り扉が閉まると同時にケイはテーブルに突っ伏す。


「もうダメだな。・・・今回の探索から戻ったら少なくても隊のリーダーからは降りてもらおう。流石に傍若無人だ。勇気ある戦士だったのに。どこで方向性を間違えてしまったんだ」

「隊から外すのは同意いたしますわ。アレが曲がったのはケイ様だけの責任ではありませんわ。あの者の性格はある意味天性のものですわ。もう変える事は難しいと判断するしかありませんわ」

「・・・うん。もう深く考えるのは止めよう。リッキーが戻ったら話をする。だけどさ・・・今回の探索は無事に終わるよな?」

「鍛冶に使う鉱石の持ち還りという簡単な探索ですから。定められた計画書通りに行動すれば何の問題もありませんわ。同行サッパー隊も熟練のフィリップさんをつけましたわよね?」

「まあな。フィリップならリッキーにも強く出れる。こうなったら問題が起こらないように祈るしかないか」


 アイリスが労わるようにケイジの背中を撫でる。ケイジが顔を上げた時にノックがする。ピクリとするケイジ。軽いため息をつく。今度は何だという表情だ。

 アイリスも同様のようで名残惜しそうに手を離し返事をする。


「どうぞお入りください。どちらに御用ですかしら?」

 アイリスの応答に扉が一定のリズムで開かれる。入ってきたのは中肉中背の男性だった。平服を来ているが腰に護身用の短剣を差している。

 帯刀しているが抜剣するような状況になった事がない穏やかな男である。このクランでは調整役として陰で機能している男である。

 何やら問題が起こりそうな予感がする訪問である。

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