被害者はどっちですか

「ご主人様、大丈夫でしたか……?」


 部屋を出るとラビが心配そうな顔をして待っていた。


「おおきな声をお出しになられていましたが」

「大丈夫です。もうすっきりしました。あぁでもシマエナガさんには大声のことは言わないでください。動揺するといけないので」

「かしこまりました。では、要領よく対応させていただきます」


 ラビは有能だ。たぶん彼女は経験値がなんなのか、俺とシマエナガさんがたまにベッドルームにこもってなにしているのか察しているし、俺がシマエナガさんをいつも騙して経験値横領していることも気づいてる。でも俺の味方だ。


 悪いなシマエナガさん、経験値には妥協できないんだ。


「お父さん」


 レヴィが階段下で手を伸ばしている。

 俺はそっと「内緒にするんだよ」と言って注射器を2本渡しておく。

 レヴィは嬉しそうにスキップして去っていった。

 彼女は経験値にガメつくないが、ちゃんと要求はしてくる子だ。


「ところでイグニスどうなりました。さっき教育がなんとかって」

「よくぞお聞きになられました。こちらへ来てください、ご主人様」


 ラビとともに奥の広間にいく。

 そこにはメイド服を着たイグニスが半眼で棒立ちしていた。

 

「なにしてるんですか」

「イグニス、ご主人様に失礼でしょう。ゴロンしますか?」

「くっ……お、おかえりなさいませ、ご、ご主人様」

「そんな恐い顔で言われても……」


 口角と目元がピクピク震えているし。

 

「楽にしていいですよ。ラビさん、あんまり無理はさせないで」

「それはいけません、ご主人様。上下関係は大事です。イグニス・ファトゥスはご主人様のお世話という誇り高い使命をもつこのラビを害そうとしてきました。彼女は二度とこの屋敷から出ることのできない身ですが、だからこそ私の眷属として正しい振る舞いをしていただかないといけません。ほら、イグニス、ゴロン」

「ふにゃ、そ、それだけは……! うへえ」


 イグニスは床に寝転ぶと、服をまくっておへそを天にさらけだす。

 

 たしかに敵対者には容赦しないほうがいいのはわかる。

 俺だってかつて京都で剣牢会とぶつかった時や、ジョン・ドウが厄災島に攻め込んできた時は、苛烈な応酬を行ったものだ。いや、あの時のは俺というかぎぃさんが、というべきだろうが。


 イグニスはラビを喰らおうとし、喰らわれた。

 殺していいのは、殺される覚悟のあるやつだけだ。

 この結末には誰も擁護のしようがない。


「でも、必要に以上に辱める必要もないでしょう。結果的には俺たちはなんも被害も被っていないのですから」

「壁に傷がつきました」

「ラビットマジックあるじゃないですか」

「むう。ご主人様はやけにこのメスに寛容なのですね」


 メスて。


「もっと厳しく接してください」


 言われてもなぁ。

 家帰った時、ラビが血まみれとかだったら、俺も怒りに震えたかもしれない。


 けど、現実はそうじゃない。

 すでにパクッとされてたし、ただお腹から出てきただけだ。

 嫌悪感や怒りみたいなものをイグニスにはさして感じてないんだ。


 とはいえ、特別に優しくしてるつもりもない。

 ノーマルだ。完全なニュートラル。しいていうなら顔が可愛くて、胸が大きい分、ちょっとプラスかもしれない。ちょっとじゃないかも。


「ご主人様、見過ぎです!」

「見てないですよ、なにも」

「絶対に胸見てました。ラビの目をごまかすことはできません」

「お父さん、見てた」


 いつのまにかレヴィまで隣にいた。お池に遊びにいったんじゃなかったのか。

 なんだよ、みんなして。ちょっとくらい別にいいだろ。厳しいなぁこの家。


「くっ、フィンガーマン、火教に仕える私を犯そうというですか……っ。聖なる火で浄化された乙女の体をもてあそぼうなど、邪悪極まる行為です……!」

「盛大な誤解を招いてます。ほら、いつまでそんな恥ずかしい格好してるんですか、イグニスさん、はやくおへそしまってくださいよ」


 おへそを天に晒しながら送られてくる抗議の赤い眼差しに、俺はいたたまれなくなり、その手を引いて立たせてあげた。

 どうやら自力ではラビの命令に逆らえないらしく、小声で「助かりました……」とお礼を言われた。


「あーえっと、なんかもう屋敷から出られないみたいですし、この屋敷でもラビの支配下にいるみたいで、いろいろお気の毒……って言葉じゃ済まない感じですけど、まあ、なんだろう、暴れたりしなけば俺は普通に生活してもらって構いません」

「毎晩、あなたに性的な奉仕をすれば、ですか?」

「あれですね、イグニスさんのなかの俺、だいぶ邪悪ですね」

「当然でしょう、私は……美しいですから」


 イグニスは華奢な身を抱いて、儚げにつぶやいた。

 

「情けない、精霊喰らいを自称しておいて、精霊にぱくっといかれるなんて……ぅぅ、こんな姿、もうだれにも見せられない」


 おおきなウサ耳を両手で押さえ、イグニスは泣きながらしゃがみこむ。


 うーん、やっぱり、怒りより、可哀想が勝つな。

 前科もちなので容赦しちゃだめなんだけどさ。


 俺はニュートラルに、毅然とした態度で彼女に接することにした。

 

「こほん。過ぎたことは仕方ないですよ。いつだって明日を見て生きないと。ある意味では俺もイグニスさんと同じ立場ですから」

「同じ立場、ですか」


 イグニスが屋敷という空間に囚われているのと同じように、俺もまた異世界という牢獄に閉じ込められている。南極の亀裂が破壊された以上、異世界側に取り残された残留者たちの帰還のめどはたっていないのが現状だ。

 

「過去を振りかえっても仕方ない。ということで、未来の安全保障の話をしたいです」

「安全保障とは」

「いやなに、こう見えて俺は組織の長でしてね。守らなくてはいけない者を抱えてる。責任とか、リスクとか、そういう話です。イグニスさんは火教の代行者なのでしょう」

「……ノウから聞いたのですか」

「はい、プロフェッサー・ノウは俺の友人でもあるので。火教に睨まれるのは面倒です。その辺の話をしっかりしておきたいです」


 俺たちは食堂に移動し、机を挟んで向かい合った。

 レヴィを膝のうえに座らせてお腹に手をまわして抱っこする。

 ラビは俺の手前にだけお茶を配膳して、斜め後ろに控えた。


「率直に聞きますけど、報復はありますか」

「火教の報復、ですか」

「はい、この屋敷に対する報復です。もしあるなら場合によっては反撃しないといけません」


 不必要な戦いは好まないが、必要ならやらないと。

 じゃないと守れない。守りたいものを守れない。


 イグニスは口元に手をあてて逡巡し、考えてから口を開く。


「ないでしょう。私は最強ですから」

「ラビにぱくっといかれてますけどね」

「………………今でもわからないです、なぜ私は負けたのでしょう」


 イグニスは頭を抱えて、ずーんっと落ちこんだ空気を纏う。

 自信あったんだな。わかるよ。俺もレベルアップしたあと修羅道さんにしばかれると「あれ? 俺って強いよね? 結構強いよね?」と自分を疑うもの。


「フィンガーマン、あなたは強いのですか」

「いきなりなんです」

「いえ、そちらのラビという屋敷精霊━━━━」

「ラビお母さんと呼んでください、イグニスちゃん」

「……ラビお母さんを使役しているということは、服従させるだけの力があるということでしょう。正直言って、このラビ……お母さんは異常というほかないです。強者という意味でも、いち精霊という意味でも、ありえない強さです。もしフィンガーマン、あなたがラビお母さんより上位の存在なのだとしたら……想像が及びにくい領域です」

「当然です。ご主人様は私などと比べるのはおこがましいチカラの持ち主です」

「まさか、そんな……一体全体、あなたたちは……」


 戦慄するイグニスは青ざめた顔でこっちを見てくる。


「こほん。話が逸れてますよ。火教の最強戦力であるイグニスさんは行方不明になっても誰にも心配されないってことでいいですか」

「えぇ、本当は教会に動向を知らせてから動くのですが、面倒なのでそういうのはしていないのです。誰にも咎められませんでしたし、気楽でしたので、私がミズカドレカに遠征していることは竜都のだれも知らないでしょう」

 

 そっか。じゃあ問題ないか。


「というより、もう私は死んだことにしてもらったほうがいいかもしれないです……精霊喰らいが、精霊に食べられて、眷属化……恥ずかしくて、さっきから自決を試みているのですが、ラビ……お母さんに許してもらえないのです」

「当然です。イグニスちゃんはこの屋敷で永遠の寿命をいかして、永遠に働いてもらうのです。だって家族なんですから。当然ですよね。自殺など許しません」


 もうどっちが被害者かわからねえなこれ。

 イグニスの可哀想が加速している。不憫だ。

 でも諦めるしかないよ。ガチサイコに捕まっちゃたんだもん。














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 こんにちは 

 ファンタスティックです


 『俺だけデイリーミッションがあるダンジョン生活』の第2巻発売します!これも1巻買ってくれた方々のおかげです! 発売日とかはまだ言えませんが、近々書店に並ぶのでお楽しみに! 

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