お前も家族だ
鼓動が早くなる。
1秒でも早く、一瞬だも早く帰宅したい。
こんなに帰宅したいと思ったのはいつ以来だろうか。
学生時代の帰宅部の誇りを胸に、最速でコーナーを曲がり、通行人という障害物をよけて、前へ前へ前へ。
急がなければ彼女の身が危ない。
なにより俺の命が便乗して逝ってしまう。
俺は修羅道さんのおっぱいをまだ揉んでないのだ。
「死んでたまるかぁよ!」
屋敷が見えてきた。
パッと見、平穏そのもの。
焼け落ちてる感じはない。
「ラビさぁあん!」
「ちーちーちー!(訳:返事をするちー! ラビが死んだら英雄まで道連れちー!)」
「だから急いでたんだね、お父さんたち」
道中、シマエナガさんには事情を話した。
レヴィはあんまりよく分かってなかったらしい。
玄関を蹴りでぶち抜き、屋敷に突入する。
「あっ、師匠」
奥の広間にセイを発見。争った形跡がある。
セイの傍にはラビがおり、不思議なことに絨毯のうえで尻餅をついている。
「おかえりなさいませ、ラビはご主人様に会えてとっても嬉しいです」
「大丈夫ですか!? 精霊喰らいのイグニス・ファトゥスはどうなったと言うんですか!?」
「イグニス? 誰ですか、その女?」
ラビの瞳が湿度を帯びはじめる。
「いやいや、俺の知り合いとかじゃなくてですね。ラビを殺すためにこの屋敷に来たはずです。黒髪の、ちょっと赤い髪があって、あと巨乳!」
「あぁさっきの。もういませんよ」
「ちーちー(訳:よかったちー。追い払ったみたいちー。流石は英雄が名付けた精霊ちー。ちょっとやそっとじゃやられないちー)」
「ラビさん、太った」
レヴィがボソッとつぶやいた。
青い指先がラビのお腹を示している。
あれ? 確かに太ったな。膨らんでるぞ。
「実はラビさんが今大変な状況でして……師匠、ちょっとお話をしたいんですが。大事な話です。やったとか、やってないとか、という」
セイは大変に冷ややかな眼差しで俺を見てくる。
やった? やってない? なぞなぞかな?
「むぅ」
おかしい、セイの湿度が高い。
なにその怖い目。俺なにかしたっけ。
「ちーちー(訳:まるで妊婦さんみたいちー。これから赤ちゃん産みそうな勢いちー)」
「はい。子供を授かりました。もうすぐ生まれる予定です♪」
広間が静まりかえる。
なんて? 今なんて言ったんだ? 聞き間違い?
いや違う。聞こえてるけどラビが発している言葉を俺の脳みそが処理できてないんだ。
「ちょっと意味がわからないんですけど……もう産まれるんですか?」
「はい、産まれます。私と、そしてご主人様の子供です!」
シマエナガさんとレヴィがこちらを見てくる。その眼差しが何を思っているか知らない。チラッと見やれば、シマエナガさんの瞳からは光が失われており「こいつやったちー」っていう確信の瞳をしていた。
「わかった。お父さんがラビさんと交尾したんだ」
ポンっと手を打ち、レヴィは晴れやかな顔をする。
疑問が解消できてよかったね。
「ってそうじゃないで。してないです、レヴィちゃん、それは間違いです。ぶっぶー」
「いいえしました! 師匠は絶対やったんです!」
「セイちゃん、落ち着きなさい」
「ちーちー(訳:ついにやったちー。いつかはやると思ってたちー。ちーの目を盗んで、英雄は隙あらば交尾を繰り返していたちー。交尾した分だけ赤ちゃんは早く産まれるちー。普通は10ヶ月かかる出産が間近ということは、めっちゃやりまくってた動かぬ証拠ちー!)」
微妙に間違ってますね、その性知識、
「あっ、あぁ、産まれます! もう産まれちゃいますっ、ぁあ!」
「ちょっ、まっ、全然話が見えてこないまま出産始めないでください!」
「師匠やったんですよね!? やったと言ってください、これ以上嘘をつく師匠を見たくないです!」
「セイちゃん落ち着いて! 俺は無実です!」
「ちーちー(訳:これは流石に擁護できないちー! ポッと出のご奉仕メイドに情けなく負けた挙句、この始末! 重大な裏切り行為ちー! 性の喜びを知りやがったちー! この重罪を裁くためなら、ちーは修羅道やジウにハッピーと同盟を組むことを辞さないちぃいい!)」
「お父さんとラビさんが交尾した」
「にゃあ〜?」
「もうみんな黙ってくれませんかねえ!?」
ラビは顔に玉の汗をかき、頬を赤く染め、床のうえで足を広げ……今にも産まれそうに激しく呼吸を繰りかえす。
「来ました!」
ぴょんっと跳ねて、ラビは巨大なうさぎに変身し、ドスンっと着地、ぺっと口から何かを吐きだす。
皆、呆然とする。
「ふう〜産まれました〜、すっきりです♪」
ラビは人間形態に戻り、頬を染めて、汗の浮いた額を手の甲でぬぐった。ひと仕事やり切ったあとの爽やかな表情をしている。
粘液に包まれた吐瀉物がうごめく。
赤ちゃん……? いやでかい。それに人型だ。
普通に大人くらいのサイズがある。
膝を抱えて丸まった姿勢で出てきたソレは、ゆっくりと体を広げていき、立ち上がる。
やっぱり人間だ。
それも成人女性。胸あるし、くびれもある。
濡れ透けた白い布をまとってる。えちっ。
「ぅ、ぅぅ、一体、ここは……?」
「ん? お前は……イグニス……ファトゥス」
今しがたラビが産んだ女。
先ほどプロフェッサー・ノウの屋敷の玄関ですれ違ったあの女だった。情報を繋げて行けば、この女こそが、精霊喰らいの異名を持つ恐るべき精霊術使いイグニス・ファトゥスなはずだ。
ひとつ違うのは頭に耳が生えてること。
黒髪にマッチした黒いウサ耳だ。
元気なく萎れている。
俺は頭を抱えた。
「全然意味わかんない。なんでお前がラビさんの口から……? わかんないわかんない」
「ち、ちー(訳:わからないちー! 意味わからなすぎて怖くなってきたちー!)」
「お父さんの子供?」
「違う違う、いや、もしかしてそうなのか? いや、違うよな? 違うわ、違う、違うだろ」
ダメだ、頭がおかしくなりそうだ。
「なんで女の人が口から……? 師匠、これは一体どう言うことなんですか、説明を求めます!」
「俺も説明欲しいです。ラビさん、詳しい説明を求めます」
「ちー!(訳:父親である英雄に説明責任があるちー!)」
「俺に求めるんじゃあない、この豆大福め……! だあ! みんなもちつけ!」
パチンパチンパチン
シマエナガさんとセイとレヴィを『超捕獲家』で収納空間へ放り込んでおく。
これで話ができるようになった。
「さて、ラビさん、何があったか話してもらいますよ。俺の子供だなんてトンチンカンなこと言ったら……その耳ひっぱります」
俺が恐ろしいお仕置きを提示すると、ラビはことの経緯を話しはじめた。
「━━というわけです」
「なるほど、つまり精霊には食べた対象を魔力として吸収し、自分の同族精霊として生まれ変わらせる能力があると。それを使って襲ってきたイグニスを捕食、ラビさんと同じ屋敷精霊として生まれ変わらせた、と」
「今のイグニスは私の眷属。つまり親と子の関係です。つまり家族なんです。この屋敷に仕える者はみんな家族です。だから、ラビの娘はご主人様の娘と同義」
「そこの理屈がピンと来てないことは伝えておきますからね。一応」
「というわけで、ご主人様とラビの記念すべき最初の子供が産まれたというわけです」
強引に締めくくったな。
だが、これで納得はできた。
イグニス・ファトゥスがラビから出てきた理由。
黒いウサ耳が生えている理由。
イグニスはラビと同質の精霊に生まれ変わったのだ。
「話は聞かせてもらいました。素直に殺しておけばいいものを。今の私は魔力に満ち満ちています」
イグニスは邪悪に笑み、炎の鳥を身体に纏った。
なにその技。かっこいい。
「火の精霊もこの通り使えます。さっきとは比べものにならないほどの力を感じる。今ならあなたを倒すことも叶うでしょう。第2ラウンドといきましょう」
「悪い子にはお仕置きです。さあ、お腹を出して降参しなさい」
「ひゃぁ」
情けない声が響いた。
イグニスは仰向けに絨毯に寝転がると、ただでさえ濡れ透けしている布地をめくりあげて、きゅっと引き締まったお腹を出した。まるで動物が降参の意を示すかのように。
イグニスは目元に涙の玉粒を浮かべて、ぷるぷると震え、口元を引き結ぶ。頬は羞恥に染まっている。
「屈辱です……もう嫁にいけません……」
「イグニス、あなたはもう家族ですよ。家族は喧嘩しません。家族は争いません。家族はみんな仲良しでなければいけません。親に逆らってはいけません」
ラビは仄暗い瞳で、へそ天降参イグニスの頭をなでなでした。
俺に語りかけているわけではないのに体の震えが止まらなかった。
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こんにちは
ファンタスティック小説家です
新作投稿したのでよかったらどうぞ!
『俺だけドラゴンブレスが使える異世界』
【あらすじ】
”悲惨な人生の末、過労死を迎えた俺は、転生後の世界で小さなドラゴンを拾った。まだ子供のドラゴンのようで、くしゃみするたびにドラゴンブレスを吐いてしまう。試しにガラス瓶に吐いてもらったら、いい具合にアイテム化したので無双することにした。”
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