指男の呪い
地獄道とかいう恐い名前の人に捕まってしまいました。
でも、覗き見が露見して、警察とか言うもっと恐い人たちに捕まる方が嫌なので、言う事を素直に聞くほかありません。
というわけでカフェにやってきました。
朝早くから開店しています。
目が覚めるほど綺麗な銀髪のウェイトレスがコーヒーを運んできてくれました。
「コーヒーの終わりとエスプレッソです」
地獄道さんはエスプレッソ。
俺はコーヒーの終わりです。なんだかんだ、クセになりつつあります。
「まずあなたに訊きたいのは……これはあなたのアカウントで間違いないかといことです……」
財団SNSで指男のアカウントを示してくる。
俺の「今日の狩場」が映っている。
まあ、普通に俺のアカウントだ。
正直に答えた方がいいのかな。
でもなんか恐いような。
「違います」
いったん嘘ついてみる。
「それじゃあいま、財団SNS開いてもらっってもいい……? あなたのアカウントを確認したいから……」
ただでさえ低い声が、もっと低くなったような気がします。恐い。恐いです。
「すみません、指男は自分です」
恐いので今のうちに謝ります。
「なんで嘘ついたんですか……」
「なんとなく……あの、俺なにか悪い事しましたかね?」
「したと言えばしましたし、してないと言えばしてないですよ……」
「不思議な言まわしをするんですね」
「指男、あなたはいったい何を考えているのですか……。これほどの強力なミームを伝染させて……」
「え?」
「……とぼけたって無駄です」
「……(なんの話をしてるんだ)」
「……(本当に知らなそうな顔してますね)」
「……」
「……」
「……もしかして、本当になんのことかわかっていないんですか」
「すみません、ちょっと心当たりないですけど」
地獄道さんは心底驚いたような顔する。
眠たげな眼が見開かれるのは、なんだか面白い。
「驚きというほかない……まさか、そんなことがあるなんて」
「そんなこと、ですか」
「……実は指男という都市伝説があって、そのせいでカクカクシカジカンということが起こっているわけで」
地獄道さんは俺が一種のミーム型異常物質になってしまったという驚愕の事実を話してくれた。
「これは阿良々木のタケノコに近い規制の力……指男、あなたの存在は誰にも認知されない……。厳密に言えば、皆は想像上の指男は知っていても、赤木英雄は知らない、記憶に残らない、別の認識に置き換わってしまい、永遠に謎でありつづける……そういう状態に陥っています……」
「そんなことが。それじゃあ、例えばもし俺が隕石落下を食い止めて、世界を救ったらどうなりますか?」
「指男が世界を救ったことは伝わりますが、あなた個人のことはだれも興味をいだかないですよ」
うそん……なにそれ、呪いやん。
「で、でも、指男ファンは意外とたくさんいるんですよ? ほら、この前の投稿だって」
拡散:20,425 いいね!:51,532
あええー!?
なんかすごい伸びてる……!
「でしょうね。指男は謎ですから」
「?」
「謎、神秘、秘密、隠し事……それらをあばく探索者ならば、わかりますね、人は謎が好きだと。ミステリーがあなたを覆い隠す。皆、指男に興味があるのであって、誰も赤木英雄に興味を抱いているわけじゃないんですよ……」
「……でも、ファンに俺が指男だって言って、このスマホの画面を見せればわかってもらえますよね?」
「その一瞬は理解してもらえるかもしれません……でも、指男のミームは強力なので、すぐに修正力が働いて、人間の無意識の認識があなたを除外するでしょう」
「(ダメだ、全然言ってることがわからない)」
「有体に言えば、あなたは誰の記憶にも残れないんです、指男。それは電子情報としても同様で、人間が干渉する以上、貴方は指男であって、指男じゃない」
なんだよそれ……。
いや、まあ、いいけどさ……。
「ん、でも、修羅道さんとかドクターは俺の事わかってくれますよ。なんなら、地獄道さんもわかってるじゃないですか」
「一部の人間は大丈夫です。とりわけ探索者で、レベルが高いとか、強靭な精神力を身に着けているとか、そういう人はあなたを認識できるでしょう……そうですねあなたと同じAランクにまで昇りつめた同業者なら影響は薄いはずです。修羅道やあたしも同様です……」
「同業者は指男認知してくれるんですね。よかった……」
じゃあ、まあいっか。
修羅道さんに忘れ去られたら、ショックだけどね。
「まあ、有名になることに興味なんてありませんけど、そのミームを無効化する方法とかありませんか? あるならぜひ教えて欲しいです」
「ありません。一度浸透したらおしまいです」
スパッと言われましたね。
お互いに口をつぐむ。
会話の切れ目に訪れたふとした沈黙を期に、次になにを言えばいいのかわからなくなってしまった。
「なんだか、安心しました……」
「安心ですか」
地獄道さんから沈黙を破ってくれた。
「指男が世間に訊くような恐い人ではなくて……」
そう言い、朗らかに彼女は微笑んだ。
ふとすれば気づきすらしないかもしれない、その儚げな笑みに、彼女が俺という存在に言い知れぬ不安を感じていたことがわかった。
「噂など当てになりませんね……」
「それはそうでしょう」
「そう落ち込まないでください……」
「落ち込んでいるように見えますか」
「ええ。声のトーンがすこし低くなったように思います……あたしが言うのもなんですが……」
「そうですか」
「正体を明かせないことは、悪い事ばかりではありません……世の中には正体を隠したくても、隠せない人たちがたくさんいますから……ハリウッドのスターがパパラッチに追いかけられて困っているとかよく聞くでしょう」
「それはそれで羨ましいですけどね」
「探索者の頂点を目指すのなら、これほどのアドバンテージもありません……皆さん、マスコミや探偵、あるいは財団の内偵を嫌がって、ダンジョンにこもりっきりになるくらいですから……」
「みんな、そういう目的でこもってるんですか?」
「そういう人もいるという話ですけどね……でも、あながち間違ってはいないとおもいます……だって、ヒーローは正体を隠すものでしょう?」
地獄道の黒い眼に、一瞬だけ爛々とした輝きを見つけた。
「普段は正体を隠していて、正体を探ろうともだれも暴くことはできなくて……だけどピンチの時には颯爽とあらわれる……ふふふ、カッコいいと思いませんか……」
意外と子供っぽいことを言うんだな、と思いました。まる。
「そんなヒーローもカッコいいですけど、でも、やっぱり俺はちやほやされたいですけど」
「ふふ、可愛らしいですね……」
鼻で笑われた。
あれ、この思考は、俺が小物だからですかね?
やだやだもっと大物になりたい!(単純)
「大勢の声など、すぐにどうでもよくなりますよ……あなたが真なるAランク探索者なら」
地獄道さんはポケットから小さな箱を取りだしました。
箱を開けると注射器が出てきました。
「なんでお注射持ってるんですか……」
「実はあなたの血が欲しくて──」
話によると、ダンジョン因子なるものを測るために必要らしい。
なんでダンジョン因子を調べる必要があるかはいまいちわからないが、俺もちょっと興味があるので、ありがたく受けさせてもらいます。
「それでは腕を出してください、消毒しますから……」
「自分でやりますから平気ですよ」
「?」
注射を受け取り、首にぐさっと刺す。
地獄道さん目を見開いて驚いてます。
「もっと丁寧に……ちゃんと血管に刺した方が……」
「こうやって刺すのが大好きなんですよ。気持ちよくなれるんで(HP回復に『蒼い血]」使いすぎてもはや注射刺すだけで気持ちよくなっちゃうんだよね)」
「あの……失礼ですけど、なにか薬物をやっていたり……」
「薬物?(回復薬のことかな? みんなやってるよね?) 逆にやってないんですか?」
「(あたしがおかしいんでしょうか……どっちが正義なんですかね)」
地獄道さんが戦慄の表情で見つめてきます。
どうしたのかな? 薬物やってないのかな?
え、めずらし。まじ、めずらし。
「説教をする気はありませんが、自身の健康を見つめ直すことをおすすめします」
俺の健康の心配をしてくれてる……いい人だ。
「それで、どうですか、俺のダンジョン因子は? 最近レベルがあがりにくくって。そろそろ成長止まっちゃう感じですかね?」
ダンジョン因子が強いほど、強い探索者になれるらしい。
どうせなら最強つよつよ因子だったら嬉しいな。
「……あなたの血、変な物が混ざっていますね」
地獄道さんは俺の血液サンプルに目を丸くしていた。
赤い血だ。ただ、よく見れば蒼い筋のようなものがまざっている。
糸くずのようにも、雷の軌跡のようにも見えるそれは、時折脈打つように蒼く発光している。
「このスキルのせいだと思いますよ」
俺はステータスを開いて地獄道さんに見せた。
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赤木英雄
レベル156
HP 31,522/32,523
MP 4,125/5,743
スキル
『フィンガースナップ Lv5』
『恐怖症候群 Lv8』
『一撃 Lv6』
『鋼の精神』
『確率の時間 コイン Lv2』
『スーパーメタル特攻 Lv6』
『蒼い胎動 Lv2』
『黒沼の断絶者』
『超捕獲家 Lv3』
装備品
『蒼い血 Lv3』G4
『選ばれし者の証』G3
『迷宮の攻略家』G4
『アドルフェンの聖骸布』G3
『ムゲンハイール ver5.0』G4
『血塗れの同志』G4
『メタルトラップルーム Lv2』G4
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「ここに『蒼い胎動 Lv2』があるでしょう? たぶんこれのせいです」
「……っ、このステータスは……──」
ステータスを見た途端、地獄道さんは眉根をひそめました。
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