デイリーミッション


 群馬のダンジョン攻略は3日で終わった。

 その間、俺は探索者たちとともにダンジョンに挑み続けた。共にというか、寄生してというか。


「赤木さんさがってくださいー!!」

「いえ、ここは俺が。ジャッジメント・フィンガー!!」

「『フィンガースナップ』じゃなにもできませんからー!!」

「うぉぉおおおおおおお!!」


 どれだけ気合をいれてもダメだった。

 

「夜より暗く、朝より明るく、我が敵を滅ぼせ──必滅のフィンガースナップぅぅぅうッ!」

「赤木さがってろ!! 邪魔くせえええ!!」


 必殺技を叫ぼうともだめだった。

 俺にできるのは命を削って、相手を火花でびっくりさせること。

 その事実が覆ることはなかった。

 

 クソ。まじクソ・オブ・クソよ。

 なにこれ、なんなのこのスキル。

 

 3日目、一応、ボス攻略に参加した俺だったが、ずっと後ろの方で見てただけだ。


 みんなカッコよく戦ってた。

 観察してたら、スキルにはいくつかの系統があるらしいってわかった。

 近接攻撃系、遠隔攻撃系、強化系、弱化系、回復系……いろいろとね。

 ダンジョン攻略の主役はなんといっても強化系の探索者だ。

 ダンジョン財団がダンジョンモンスターを倒すために開発した魔法剣をふりまわして主人公みたいに戦ってた。

 ちなみにモンスターたちに通常兵器は効かない。探索者だけがダンジョンに入れるし、探索者が纏っている特殊な波動だけがダメージを通せるらしい。


「まあ、赤木、探索者ってのは、それだけでも凄いんだ。1,000人に1人の才能だからな。だから、ダンジョン財団の武器を買って、無理なく堅実に戦えばいい」

「聞きましたよ。探索者の初期スキルの数と質で将来性がだいたい決まるって」

「……。そうだな。この際、ハッキリ言おうか。私は初めからスキルを″6つ″持っていたよ。たぶん、連日このダンジョンに潜ってた者みんなはじめからスキルは複数もっていただろうし、レベルも10前後のスタートだっただろう。ダンジョンは厳しい世界だ。そういう者しか残っていけない。才能がないと、すぐにレベルが上がりにくくなる。モチベーションもやがて枯れる。探索者は神秘に挑み、異次元の迷宮と戦う運命を背負っているが……初動でレベル0かつスキルが『フィンガースナップ』だと……その、なんというか……続かないだろう」


 ベテラン探索者のミスターでも見たことがないくらいの落ちこぼれということだろう。


「この3日間、ありがとうございました。本当にお世話になりました」

「赤木……。ああ、そうだな。人には向き不向きがあるからな。自分の道を選べるのは自分だけだ」


 こうしてミスターと別れた。

 俺の夢はまたひとつ終わった。

 

 ホテルへの帰り道。

 老婆が赤信号に気がつかず横断歩道を渡ろうとしている現場にでくわした。


 ──パチンッ


「わっ、ビックリ……あら? いやだねぇ、あたしったら、赤信号なのに渡っちゃうところだったよぉ」


 老婆を驚かせて思いとどまらせた。

 俺の『フィンガースナップ』は命中率だけはやたらいい。

 こうしてちいさな人助け程度になら、まあ、使えなくもない。


「ごはっ!」


 かわりにHP使うから吐血するけど。

 いや、やっぱ、くそだわ、このスキル。


 ホテルに帰って、ベッドに身を投げる。

 目を閉じて、そのまま俺は眠ることにした。


 埼玉の実家に帰った時のことを考えながら。

 また、就活するのかぁ……ダンジョンでモンスター倒すの好きだったんだけどなぁ……。


 ブォン。


「ん? なんか変な音が……」


 目を開く。


 ──────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

 『カンフーマスターの教え』


 ジャケットを着る  0/100

 ジャケットを脱ぐ  0/100

 ジャケットを投げる 0/100

 ジャケットを拾う  0/100


 継続日数:0日目 

 コツコツランク:ブロンズ 倍率1.0倍

──────────────────

 

 ん?

 デイリーミッション?

 なんだこれ……コツコツ頑張ろうって。


「カンフーマスターの教え……」


 俺の脳裏に電撃が走った。

 

「……そうか……みんなやたら強いと思ってたけど、そういうことか。うんうん、ソシャゲならデイリー消化はマストだもんな。ダンジョン探索者にもデイリーがあってもおかしくないよな」


 となると、俺は探索者デビューしてからこの数日デイリーをやってなかったってことになるのか? 最悪だ。詫び石を受け取り忘れた気分だ。


 俺はデイリーの文字を信じて、ジャケットを脱いでみた。


 

──────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

 『カンフーマスターの教え』


 ジャケットを着る  0/100

 ジャケットを脱ぐ  1/100

 ジャケットを投げる 0/100

 ジャケットを拾う  0/100


 継続日数:0日目 

 コツコツランク:ブロンズ 倍率1.0倍

──────────────────


「おお」


 カウントが増えた。

 ジャケットをポイっと床に投げる。


 ──────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

 『カンフーマスターの教え』


 ジャケットを着る  0/100

 ジャケットを脱ぐ  1/100

 ジャケットを投げる 1/100

 ジャケットを拾う  0/100


 継続日数:0日目 

 コツコツランク:ブロンズ 倍率1.0倍

──────────────────


 間違いない。

 俺の動作に連動して、このデイリーミッションは進行している。

 これを達成した時なにがあるのか。


 俺はわくわくしながら、ジャケットを脱いで、着て、投げて、拾って、着て、脱いで、投げて、拾って────これめちゃ腕が痛くなるんだが。


「ひゃ、百回……」


 ようやく終わった。

 

──────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろう!

 『カンフーマスターの教え』


 ジャケットを着る  100/100

 ジャケットを脱ぐ  100/100

 ジャケットを投げる 100/100

 ジャケットを拾う  100/100


 ★本日のデイリーミッション達成っ!★

 報酬 1,000経験値


 継続日数:1日目 

 コツコツランク:ブロンズ 倍率1.0倍

──────────────────


 ピコンピコンピコン!


 不思議な音が聞こえた。

 直観でわかる。これはレベルアップの音だと。


──────────────────

 赤木英雄

 レベル7

 HP 56/56

 MP 20/20


 スキル

 『フィンガースナップ』


──────────────────


 すごい、レベルアップしてる。

 それも一気に7レベまで来た。

 HPはいままでの5倍、MPは2倍だ。


 これで仕組みがわかった。

 みんなが強い理由。

 間違いない。当たり前のようにデイリーミッションを消化して、経験値を貰っているからに違いない。


「デイリーミッションってことは明日もできるのか? はやくやりたいな……」


 俺はそんなことを思いながら、ベッドに飛び込んだ。

 まだわからないぞ。俺の夢は。一攫千金は。探索者の夢は途絶えていない。


 翌日、再び、群馬の地にダンジョンが出現したとの情報をSNSで発見した。

 どうにも群馬は日本有数のダンジョン多発地域らしい。

 流石は秘境だ。未開の土地にこそ迷宮は潜むということなのだろう。


「あれ、デイリーミッションはどこだ? 言えば出てくるか?」


 ──────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

  『ドント・ブリーズ』


 息を止める 0時間0分/5時間00分


 継続日数:1日目 

 コツコツランク:ブロンズ 倍率1.0倍

──────────────────


 出てきました。

 え、ていうかえぐない。なにそれ?


 なんか早速、コツコツできないタイプのデイリー混ざって来たんですけど。


 困惑しながら、俺はとりあえず息を止めてみた。もしかしたら、5時間できるかも……いや、無理だろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る