俺だけデイリーミッションがあるダンジョン生活

ファンタスティック小説家

赤木英雄の野望


 俺、赤木英雄あかぎ ひでおはハッキリ言って天才である。


 そこそこ良い大学を今年度で卒業する俺の、卒業後のプランはこうだ。

 多めに借りた奨学金を元手に投資でその額を100万倍にするのだ。多めに借りたおかげで、すでに200万円も貯まっている。ふふ、どうだ天才であろう。


 これでくだらねえ就職活動なんかせず、もちろん、週5の労働なんかせずに、一気に億万長者の仲間入りというわけだ。


 ──と、思ったのだが。


「ん? 200万? あー、使わねえのかと思ったから使っちゃったけどなぁー」

「嘘だろ……兄貴……頼むから嘘って言ってくれよ……いつもみたいに新装開店に並んで負けて帰ってくるのに『今日は勝った!』とかしょうもない嘘つくノリでいいから……」

「まあ、金は天下の回りものってことよ。ほら、よく言うだろ、老人が金を貯めこんでるせいで、経済がまわらねぇってよ。だからさ、俺は金はどんどん使うべきだと思うんだ。そう! 立派な日本国民としてな! 俺が200万も使ったのは経済のためってことよ。お前も俺を見習って──」


 普通に殴り倒した。

 殺意の波動に目覚めるという意味を俺はこの日理解した。頭ではなく、心で理解した。


「このマンモーニが、死んで詫びろ、くそ兄貴ッ!!」

「ひ、ひでぇよッ! 父ちゃんッ! 俺と英雄の何が違うんだよ! あいつの大好きな投資だってパチンコとおなじだろォ?!」

「ああ、お前たちもう黙れ」


 俺の父は堅実なサラリーマンなので、どっちつかずな態度を取ることが多いのだが、それでも今回の事件に関しては俺の味方をした。


 母親も父に味方し、妹も母親に味方し、そうして、兄貴は気がついたら家から居なくなっていた。


 って、別に兄貴のことなんてどうでもいいんだ。


「最悪だ……最悪だ……俺の完璧な計画が……ていうか、200万の借金って俺が払うのかよ……? こんなんなら借りるんじゃ無かった……最悪だぁああああ!」

「お兄ちゃんうるさいんだけど」


 俺は200万円を失ったことで、泣く泣く地獄のような就職活動に戻らなければいけなかった。


 泣きながら履歴書を書き、泣きながら面接に向かい、泣きながら面接に受けて、泣きながら当たり前のように落ちる。


 俺は死のうと決心した。


「この世界に神はいない……そうさ、どうせ200万があったところで、神がいないんだから、儲かることなんてできないんだ……ヒヒヒ、そうさ、世の中は神がいないからこんな残酷に、俺が神に……イヒヒ」


 自殺しようと家のベランダから庭に飛び降りてみたけど、痛いだけだった。

 家族のだれも心配してくれねえし。「英雄が変なのはいつものことでしょ」ってお母ちゃんそらあんまりだよ。もっと我が子愛そう?


「お兄ちゃん、ん」


 我が妹が無愛想に放り投げてきた封筒。

 それは、国際組織『ダンジョン財団』からの封筒だった。


 ダンジョン財団。

 たしか貴重資源クリスタル、異文明の異常物質アノマリーが眠るダンジョンを一括管理してるとかいう金持ちの組織だった気がする。


 封筒を開いてみる。


「赤木英雄さま……ダンジョン……探索者……探索者? え?」


 内容は俺にはダンジョン探索をする素質があるとのことだった。


 ダンジョン探索者は誰でもなれるものではなく、1,000人に1人の割合でしか、ダンジョン環境に適応できる遺伝子をもつ人間は存在しないんだとか。


 つまり、俺は選ばれた人間?

 ナニコレ、完全にここから俺の物語始まるじゃん!


「父上」

「またなにかとんでもない事を言い出しそうな顔してるな、英雄」

「俺、英雄ヒーローになってきます」

「……。もう好きにしろ」

「こほん。父上、最寄りの発生中ダンジョンが、群馬にあるんだけど……」

「貸さん」

「お願いします!! 父上!!」


 というわけで、土下座して旅費と滞在費を貸してもらいました。


 大学のほうはすべての単位を取り終えているので、あとは放置しておいても数ヶ月で卒業です。

 

 群馬県。

 画像で見るより、いくばくは文明らしさを感じる場所だった。


 さっそく、事前リサーチをもとにダンジョンが発生している村へ、いや、町へ向かう。災害時にニュースで見そうな雰囲気のテント群を発見する。

 

 ダンジョン財団からのダンジョン探索者認定証と、運転免許証とマイナンバーを提出して、もろもろの手続きを終えてダンジョンブローチを渡された。英語でなんか書かれてる。たぶん、『Eランク』って意味だろう。知らないけど。


 俺、ブローチなんてオシャレな物つけた事ないんだけ、針痛ったァッ?!


「これは探索者ランクを表すのと同時に、身分を表すチップも入ってますので、絶対に、ぜーったいに無くさないでくださいね!」


 俺と同い年くらいの可愛い女の子に言われました。

 ちょっと背筋伸ばしながら「ええ、もちろん」と気取った返事をする。

 本当に可愛い。名前はなんていうのでしょう……修羅道しゅらどうさんっていうのね。さすがは群馬、魑魅魍魎ちみもうりょうの世界ということだろうか。たぶん、群馬の12ある部族のなかで最も凶悪な酋長の娘とかいう立ち位置なんだろうね。わかるわかる。


「おや、見ない顔だな」


 話しかけてきたのは白髪の筋肉だ。

 挨拶がてらにリンゴでも潰しそうなバルクを誇っている。


「ど、ど、どうも……」


 思わず、声が詰まる。この人がホモだったら今日、俺は掘られて、終わる。


「そう縮こまるな。いい男が台無しだぞ」

「……(頼むから見逃して欲しい)」

「新しい探索者だろう? ようこそ、ダンジョンへ。ただあいにくとこのダンジョンは8割がた攻略完了って感じなんだがな」


 掘られないことを信じて「もう中には何もないんですか?」と、たくましいミスターに訊く。


「そうだな。もうほとんどクリスタルも採掘され尽くしただろう」


 ミスターいわく、ダンジョン資源は有限なもので、ダンジョンボスが倒されたら、ダンジョンは消失してしまうらしい。

 だいたい、1週間~1カ月で攻略されることが多い。

 ダンジョンには難易度と埋蔵資源に差があるが、ひとつのダンジョンから得られるクリスタル資源は最低でも数億円クラスらしい。

 クリスタルはすべてダンジョン財団が買い取ってくれる。

 使い道は財団の上層部しか知らない。

 噂では、あらゆる素材に変換出来たり、電気に代わる次世代エネルギーだとか言われているが、どれも推測の域を出ない


「ステータスを開いてみな。ダンジョン財団の認めた探索者ならスキルに覚醒してるだろうぜ」


 さっき修羅道さんに教わったように「ステータス」とつぶやいて、ブローチを撫でる。


──────────────────

 赤木英雄

 レベル0

 HP 10/10

 MP 10/10


 スキル

 『フィンガースナップ』

──────────────────


 フィンガースナップ?

 指パッチンのことですかねぇ?


「っ、『フィンガースナップ』か……」

「その顔、さては最強の能力ですね」

「いや……まあ、何事も本人次第ってやつだな」

「なんですか、その反応」

「スキルは探索者がそれまでに修めた技術だったり、経験した特別な出来事だったり、いろいろと因果関係をたどって覚醒に至るらしいんだが……まあ、そのなんだ、君は指パッチンができる、そうだな?」

「まあ」


 俺は得意げに指を鳴らす。

 中学生の頃、俺は指パッチンを極めると、火花を起こせて、その火花を相手にぶつけることで、発火させることが可能だって本気で信じてた。もちろん、今でも諦めてない。

 だから、これくらいは楽勝です。へへ。


「よく乾いた良い音だ」

「ありがとうございます」


 褒められてちょっと嬉しい。


「まあ、使ってみればわかる。ダンジョンに早速入ってみようか」

「っ」


 そういうことか。

 やっぱり発火能力、ですね?(自信)

 発火能力だから、人の多いここじゃ試せないってこと、ですね?(確信)


 テントで囲まれた真っ黒い門をくぐって、ダンジョンへ降りてきました。


「おっ、運がいいな。あそこに1階層の生き残りモンスターがいるぞ」


 さっそく狙いをつけて指を鳴らす。

 チワワみたいにちいさなモンスターの鼻頭がパチンと光った。


「ん?」

「おしまいだ」


 モンスターが逃げていく。


「あの……」

「おしまいだ。それが『フィンガースナップ』なんだ」


 ステータス。


 ──────────────────

 赤木英雄

 レベル0

 HP 9/10

 MP 10/10


 スキル

 『フィンガースナップ』


──────────────────


 なんか体力減ってるし……。


「『フィンガースナップ』は通称、最弱スキル。指を鳴らして、相手を火花で驚かせるんだ。ちなみに面白いのはMP消費じゃなくてHP消費のスキルということだな」

「くっそみたいなスキルっすね」


 俺はうなだれた。

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