第十話

「レベルじゃ、替えられないもの……」


 アレクは、自分の中で反芻するように俺の言葉をぽつりと口にした。


「それにレベルを言ったら、あいつら三人とも、俺の半分もないからな。お前は俺の半分くらいには育てる。だから心配するな」


 アレクは俺の言葉を受け、しっかりとうなずいた。

 そこへ、反対側からエルののんきな声がかかる。


「えー、三人ともすごく強いのに、ヴァルおじさんそんなことを言っちゃうの?」

「つまりレベルなんてどうでもいいって話だよ」


 俺はそう言いながら、唇を尖らせるエルの頬をぷににと突いた。


「まあ、レベル狂信者のヴァルがそれを語るという、笑い話なのだがな」


 そう言って闊達に笑うダールベルク。


 誰が狂信者だ。

 ただ上がるから上げてるだけだろ。

 今だってぼちぼち上がってるんだぞ。


 俺が不貞腐れたようにそう言うと、まだ上げておるのかと心底呆れた顔をされた。納得がいかない。



 俺がダールベルクに不満をぶつけていると、部屋の扉がノックされた。


「来たか。入れ」


 ダールベルクが短く入室を促すと、失礼しますと断りが入って扉が開かれた。

 その声は――


「ルサリオンじゃないか」

「ヴァル様、お久しぶりでございます」


 その男は、宵闇のような艷やかな髪をさらりと流し、慇懃に礼をする。

 長い手足をしなやかに動かし入室し、静かに扉を閉めた。

 きっちりと着こなした裾が長めのギルドの制服に、白の手袋、磨かれた革の靴。紅茶を乗せたティーカートを押す様は、どこかの家令のようだ。


 俺たちに近づいて、再び一礼する。

 そうしてソファの傍らに跪くと、俺の左手をそっと手に取り指先に唇を落とした。


 横でアレクが『な』というよりも『ぬぁ』に近い「な」を溢して固まっている。


「お元気そうで何よりでございました。またしばらく伴にあることを許してくださいますか?」


 うっそりと惚れ込みそうな笑みで俺を見つめている。

 夕日のような色の瞳が吸い込まれそうなくらい美しい。


「ルサリオン、からかうな。言っておくがラオーシュはいないぞ」

「まさか、確かにオーシュの魔力を感じるのですが」


 そう言って、目の前の美しい男はきょろきょろと周りを見た後、アレクとエルに視線を定めた。


「確かにこの子たちがオーシュの何かを持っているだけですね」


 残念そうに立ち上がると、膝を軽く叩いてからダールベルクの後ろに控えた。


「お前のその、ラオーシュに何かをしようと常々割いている労力は、なんとかならないのか」

「いえ、我が殿は私にとっては一番の玩具ですから、労力も割きましょう。特にヴァル様が拘るとひとしおなので」


 そうして、ルサリオンは、にこりと微笑んだ。

 混乱を来たしているアレクと、あまり好意的ではないうわぁという顔でルサリオンを見ているエルに挟まれて、俺は溜息を溢した。


「我が親友殿を虐めてやるな」


 俺の言葉に、ルサリオンはくすくすと笑うだけだった。




 このギルドのサブマスターである――ちなみにラオーシュの再従兄弟はとこでもある――ルサリオンが到着したことで本題に入った。

 俺は、二人の冒険者活動の展望を説明する。

 それを聞いたダールベルクは、気になったであろうことを指摘した。


「その話だと、この街でパーティメンバーを探すつもりなのか」

「ああ、そのつもりだ。年が近くてランクも似た者がいいと思っている」


 アレクが俺の代わりに答えた。

 概要は俺からの提案だが、実際に考え実行するのはアレクとエルだ。そこは自分たちで判断して良いと事前に話してあるし、二人もそうしたいと伝えてくれた。


「可能なら、僕たちとは違う職種の人がいいよね」

「ああ。斥候と魔法使い。あと、前衛を厚くしたいから、剣士か戦士を探すつもりだ」


 ちゃんと話し合っているのか、すらすらと言葉を紡ぐ二人。

 これなら任せていいなと思った俺は、紅茶に口をつけた。

 華やかな香りが鼻孔をくすぐり、気持ちを落ち着けてくれる。俺にとっては懐かしい香りだった。昔と同じく森のエルフの集落から仕入れてるのかな。


「勇者様なら、どの枠に入られても大丈夫なのでは?」


 ルサリオンが口を挟む。


「ヴァル様は、以前のパーティでは、魔法使いと治療魔法士を兼任なさっていましたよ」

「え……。なに、ヴァル、またとんでもない事をしてたのかよ」


 アレクが訝しげに俺を見る。


「いや、斥候と戦士のパーティに入れてもらってたから、足りない枠を俺がやってただけで」

「お前、剣士じゃねぇのかよ。あ! そもそもソロじゃなかったのか? パーティに入れてもらってたって何だ、どういうことだよ」


 アレクが詰め寄ってくる。

 それに追随するかのように、俺の後ろからエルが溢した。


「衛兵のおじさんがヴァルドルフって呼んでたでしょ。それが関係してるんじゃない?」

「どういうことか、ちゃんと説明しろ」

「教えてよ、おじさん」


 更に二人がかりで詰め寄られる俺。間に座っているから逃げ場がない。

 ダールベルクもルサリオンも笑ってばかりで助けてくれる気配はなかった。


「ええと、これ、なんだけど……」


 根負けした俺は、インベントリという名の胸元から二枚のカードを取り出した。

 どちらも冒険者登録証、冒険者としての情報が記された通称冒険者カードだ。


 一つは、ヴァルの名で、S級と記載されているもの。

 十三歳の時に作ったものだ。俺の今までの功績が、魔力によって記録されている。


 もう一つは、確か二十二歳の頃に、この街で活動するために作ってもらった偽造カードだ。

 いや正確には正規品だが、書いてある基本的な内容が少々でたらめなんだ。功績は、それを所持していた間だけで考えれば、正しいんだけどな。

 ヴァルドルフ、A級と記載されているものだ。


「S級だと活動しづらかったので、偽名でD級のものを作って貰ってたんだ」

「それすらA級になってる……」


 アレクがカードを手に、呆れたように溜息をついた。

 ギルドの査定ってどんなもんなんだよと溢している。


「ヴァルの査定は気にしないでよい。二枚目はパーティメンバーとの協力の証だが、ソロの方は全く当てにならんだろう」


 ダールベルクの言い分に、エルも同意した。


「確かにそうかも。メディアナが言ってたよ。ヴァルおじさんの説明は絶対に鵜呑みにしちゃいけないって。必ずギルド職員の人を頼りなさいって」


 メディアナ……。

 彼女の笑顔が俺の脳裏で輝いていた。


「しかも、ヴァルドルフって偽名、どうなんだ」

「それならうっかりヴァルって呼ばれても問題ないし、名前が含まれてるから呼ばれて気が付かないってこともないだろ」


 アレクの疑問に、説明を入れる。


「何より、ヴァルって名前だと、勇者と同じだなって言われるから少しでも変えたくて……」


 ちょっと恥ずかしくなってきて、だんだん小声になってしまった。

 アレクは、「はああ?」と呆れた声を上げる。


「何言ってんだよ、勇者だろ。本人だろうが……」


 いやぁ、ご尤も。

 アレクの呆れ声を聞いて、ダールベルクとルサリオンは、更に大笑いだ。


「なかなか良いものが見れるな」

「そうですねぇ」


 二人とも……、他人事だと思って。


 そもそも、そんなことは分かってるんだよ。

 それでも若かった頃、十年前の俺はそれが嫌だったんだ。


 俺が不服そうな顔でいると、ルサリオンが話を進めてくれる。


「ヴァル様にもヴァル様のご事情があるのですよ。もちろん、あなた方お二人も同じでしょう。……ランク、いくつからになさいますか?」

「え、どういうこと? 事前の査定が追加されてE級からじゃないの?」


 ルサリオンの要領を得ない言い方に、エルが疑問を浮かべる。

 そりゃそうだな。俺もそうだと思っていたから、意図を測りかねる。


「お二人、ちゃんと魔力を練る訓練をしてきましたね。本来なら剣技や魔法なども見たりするのですが、魔力査定だけで良い評価が出たのです」

「ああ、私のところにもそのように報告が来ているな。二人の立場も鑑みるに、D級かC級の下位の好きな方から始めても良いと考えている」


 え、そうなのか?

 そんなことで大丈夫か?


 俺の疑問に気がついたのか、ダールベルクが補足してくれる。


「随分昔にだな、測定器を壊したやつがいてな。そやつは事前の査定がなくF級からだったんだが、想定外のことをしまくったため苦労させられたのだ。それを踏まえて、それ以降は元々の能力も査定に含むことにしたのだよ」


 俺は半分しか開いていない目でダールベルクを見た。俺のせいなのか……。我ながら何も言えない。

 察したアレクも俺と同じような顔をしていた。

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