第七話
「エル、やり方は間違っちゃいないが、先に言っておけ」
「えへへ、ごめんね、ヴァルおじさん」
俺の小言に、ごめんねと思っていなさそうな顔でエルは笑った。先程のインベントリのやり取りのことだ。
エルを末恐ろしいなと思いながら振り返った俺は、二人に声をかける。
「すまない、少し姿隠蔽に切り替える。何かあったらうまくやってくれ」
「分かった」
アレクが短く返事をしたのを受けて、俺は認識阻害の上から姿隠蔽の魔法を重ねがける。周りからは俺の姿が見えなくなっているはずだ。そして二人から少し距離を取った。
検問所に一人の男が顔を出しているのが見えたからだ。
それからすぐに、二人は声をかけられる。
先程の若い衛兵じゃない。俺と同年代の衛兵だ。
早速見つかるとかついてないな。
「君たち。いま街に入ったエルくんとアレクくんだね」
三十代前半といった衛兵の男。短く借り上げられた暗めの朽葉色の髪、少し日焼けした快活そうな顔にがっしりとした体格。赤みかがった茶の瞳と少し太くて凛々しい眉が印象的だ。
衛兵と考えればどこにでもいそうな風貌だが、俺はこいつを知っているし、こいつも俺を覚えているのだろう。
だから声をかけてきたんだ。
「一緒に入ったヴァルドルフは、どこに行っちゃったか分かるかな?」
スタンレイ、お前、名前だけで俺だって目星つけるなよ。
少し離れたところから、冷や冷やしながら三人を見守る。
さすがにギルドへ通してからじゃないと、滞在を公にしたくないんだよ。
頼むぞ、二人とも。
「ヴァルドルフは、宿を見に行った。後ほど、冒険者ギルドで落ち合う予定だ」
アレクが少し前へ出て、対応をしてくれる。
いいぞ、全部が嘘ではないし、ギルドを頼れと伝わるだろう。
「そうか、またここで冒険者をするつもりなのかな。じゃあ、スタンレイが会いたいって言っていたと伝えてくれないか」
「分かった。ただ、あんたの言うヴァルドルフじゃなかったらどうする?」
「大丈夫、検問抜けてすぐどんな奴だったか分からなくなるようなヴァルドルフは、俺は一人しか知らないから」
それを聞いたアレクは、小さく溜息をついて頭を振った。
「それなら、あんたの読みは当たってるんじゃないか。ちゃんと伝えておく」
「そうか、ありがとうな。頼んだよ」
スタンレイの奴は、にこやかにそう言って検問所へと戻っていった。
「なにやってるんだ、ヴァル」
「あちゃー、逆効果だったか」
アレクの呆れ声に合わせて、俺は姿を現した。
思わず溜息が
念を入れたつもりが、逆に確信を持たせてしまっていたようだ。
「いやぁ、すまんな。昔ここで冒険者をしてたんだが、さすがに今回は二人もいるしギルドを通してからの滞在としたかったんだ」
「そうなの? どうして?」
エルが不思議そうに俺を見上げる。
「領主様のお家に行きたいか?」
「うわ、行きたくねぇ」
「だろ?」
アレクの心底嫌そうな声に、俺も同意せざるを得ない。
冒険者としてここにいるとしておかないと、トントン拍子でお偉いさんのところに連れて行かれてしまうというのは、経験上よくあることだった。一応断れはするんだがな……。
冒険者であるというのは、冒険者がしたいという俺の意思表示になる。
なので、先にギルドに通しておけば、面倒事はギルドが窓口になってくれるんだ。そういう約束を取り付けてあるし、そうであれば各所も勇者協定に則ってギルドに従ってくれるはず。
「今のは友達か?」
アレクは、検問所の方を眺めながら尋ねる。
「ああ、そうだ。飲み仲間ってやつだな。元気そうで何よりだ」
「ふーん。じゃあ、さっさとギルドに行こうぜ」
興味があったんだからなかったんだか分からないアレクはそう切り出した。
「何かいろいろと聞かなくちゃいけないことも多そうだしな」
「そうだね。ヴァルおじさん、いろいろとたいへんだね」
アレクはじろりと睨んでくるし、エルからは同情的な視線が送られる。
俺にだっていろんな事情があるんだよ。
どこまで話さなきゃならないんだろうかと考えながら、俺たちは中央大通りを目指した。
◇
大通りへと出た俺たちは、その足でギルドに向かう。
宿を取るにしても、ギルドで指定されている宿屋を紹介してもらうと、いろいろ便宜を図ってもらえるのだ。最初の資金は俺が出すと話してあるが、冒険者としての生活を最初から倣っておくというのは大事だと思う。到着してから軌道に乗るまでは宿屋になるだろう。安定したら借家の戸建てを探して、そこを拠点にしてもいいかもしれない。
どういう方針にするにしても、まずは冒険者登録だ。まだ夕方には早いけれど、受付をして登録をしてそれから依頼を探して受けていれば、あっという間だろう。
そうしたらどこかの食事処に入って夕食だな。
そんなことを考えながら、アレクとエルと共に大通りを街の中央へ向けて進んでいった。
進んでいくと見えてくる。
三階建ての立派な建物。
冒険者ギルドのグリュンフェルト支部だ。
すぐ隣には併設された酒場が立っている。
数人の冒険者が前の通りを行き交ったり、建物を出入りしていた。
懐かしい。
昔のままだ。
もう、……六年とかか。
時が経つのは早いものだな。
「わぁ、ここがギルドなんだ。サフィラ教国の中央支部と同じくらい大きい」
エルが感嘆を溢している。
アレクもじっと見つめていた。
アレクはこういうところは初めてだもんな。城とか宮廷とか騎士団施設とか、国の建物に比べりゃ小さいので、どう思っているのかはちょっと読めないけど。
少し不安になるも、冒険者になることをあんなに楽しみにしていたんだ。悪く受け取っていることはないだろう。
「それじゃあ、早速入って登録しないとな」
俺がそう促すと、エルは元気にうなずいてアレクの手を引いて入っていった。
その様子を見て、初めてうちに来た時のことを思い出す。
あの小さかった二人が、冒険者になるのか。
はぁ、なんかドキドキしてきたぞ。
二人とも、うまく登録できるかな。
二人を追いかけて、入口の扉から中へと入る。
中はホールのようになっていて、冒険者が集まれるようにテーブルと椅子がいくつも並んでいた。壁には掲示板が多数あり、依頼の書かれた紙がたくさん貼られている。奥は受付カウンターだ。受付担当のギルド職員と冒険者が話をしているのが見えた。
前よりも年季は入っているが、昔のままだ。
懐かしさに思わず胸が熱くなる。
この時間は多くの冒険者が出払っており数人姿がある程度ではあったが、皆それぞれ依頼を眺めていたり、何を受けるかパーティで話し合っていたり、受付と相談していたり、ギルドの雰囲気が分かる光景だった。
はぁ、やはりこの雰囲気だよな、冒険者ギルドは。
年甲斐なくガキの頃の気持ちを思い出した。
思わず足取りが軽くなる。
二人は、登録受付と書かれた札のあるカウンターへと向かっていた。
俺もそれについていく。
「ちわ、冒険者登録したいんだけど、ここであってるか?」
アレクが少しぶっきらぼうな口調で、受付の職員に尋ねる。
受付の職員は十代後半くらいの若いお嬢ちゃんで、柔らかい色味の薄茶の髪をふわりと一つにまとめていた。
職員の制服をきっちりと着込んでいる。
「はい、こちらで承ります」
「俺とこいつ、二人登録したい。あとパーティ申請と、従魔登録も」
そう付け足して、アレクはシュヴァルツを指差した。
差されたシュヴァルツは、小さくクワァと鳴いた。
「はい、ではこちらの書類に記載していただきます。お二人とも、ご自身で書かれますか?」
「はーい」
エルが明るく返事をする。
それを見た受付担当は、ニコニコと綻んだ。
そして書類とペンをそれぞれに提示してくれた。
読み書きは普及しているものの完全ではない。それに周辺諸国から来る者もいる。そのため、代わりに記入してくれるようになっているのだな。ありがたい話だ。
二人は共用語の読み書きを習っているので、問題なく書き始めた。
あ。
「すまないが」
俺は思い出したことがあり、胸元――正確には胸元を経由して手を突っ込んだインベントリから、二通の封書を取り出した。
一つは王都の冒険者ギルド本部から、もう一つは冒険者ギルドサフィラ中央支部から。
「二人の事前活動の査定だ。確認してランク判定をお願いしたい」
受付担当は、分かりましたと快く受け取ってくれた。
二人が今までに活動してきたことは、実はギルドの査定に入っていて登録時のランクが調整されることになっている。
二人が特別、というようなことはなくて、そういう制度があるのだ。と言っても、最初F級になるところが、E級になるくらいなんだがな。
それでも二人がやってきたことが評価されるのは良いことだ。
「わ、すごい。エルくんはもう治療院で治療魔法士の仕事をしてらっしゃったんですね」
「えへへ、ありがとうございます」
封書の中身を確認した受付担当が称賛の声を上げると、エルが嬉しそうに返す。
それを行うことが当たり前の生活をしていると思うから、褒められるのは嬉しいのだろう。サフィラはちょっとばかし厳しいところがあるからなぁ。
「もう一枚、――アレクくんは、もう魔物討伐してるんですね。あと宮廷魔術師会に魔石の納品と。わぁ、すごいですね」
「ども」
ぼそっと返すアレクだが、耳が赤くなっているのを俺は見逃さなかった。
照れているのか、可愛いやつめ。アレクが褒められると俺も嬉しくなってくる。
この受付担当、褒めるのが上手いな。
完全に見守る父兄状態の俺だが、周りの様子も確認していた。
受付担当の様子を見て、何人かいる冒険者たちが興味を持ってくれたようだ。
顔が売れるのは大事だし、もしかしたらパーティメンバーも見つかるかもしれない。うまく作用してくれるといいんだが。
そんなことをぼんやり考えていると、バササッと音がして俺の足元に貼り出し用の依頼書が散らばってきた。
咄嗟に体を屈めて拾う。
ちらりと前方に視線をやると、女性職員の足が見えた。
抱えすぎて落としたのだろうか、俺の拾える範囲は拾ってやる。
そうして紙束を手に、俺は体を起こした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます