第41話 教義

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 前期試験を終え、わたしは大学生らしくまとまった時間を得た。

 この二年次の夏あたりから、気まぐれでドラッグストアで化粧品を買って試したり、お風呂上りに全身を保湿したりするようになった。

 気づけばこのころより自分の容姿を意識して女っぽくなったわたしだったが、それらの習慣は今も続いているので、一概にかれのために色気づいた、ともいい切れないだろう。

 件の家庭教師については、平松の家は煙草臭そうで行く気になれなかった。したがって、かれがわたしの家に来るようになった。もちろん事前審査は必要であった。女の一人住まいに男を上がらせることがなにを意味するかくらい、理解していた。初めのうちは夜の図書館で会っていた。光熱費も新聞代もかからず、型落ちではあるがパソコンも使え、なおかつオーケストラの練習場所に徒歩五分もかからない好立地だったからだ。


 夏季休業中の学生食堂には中に立ち入ることもできず、あたりのコンビニか、少し足をのばして学生向けのディスカウントストアで弁当を買って、夏の屋外のベンチで食べるほかなかった。構内では日陰を狙う、ちょっとした場所取りも見られた(団の練習場所である大講堂で食べるのはためらわれた。吉川に悪い気もするし、いかにもという印象をほかの団員に与えることを避けたかったのが理由だ。もっとも、学内で食べるのであればあまり大差ないことだったが)。そうした折にわたしはベンチにテキストやノート類をわざと広げて陣取り、かれに使いに行かせた。汗をぬぐいながら帰って来たかれに「わたし、サンドイッチとコーヒーだけ?」と不平を漏らした。「あと唐揚げ。ふたりでひとつでもいいよな? 箸もふたつもらったから」と隣に腰を下ろす。

「あなた、女子をイメージで見てるでしょ」

「へ?」

「一日の標準摂取カロリーはそんなに変わんないのよ、とくに今は(といったが、ただちに生理の話題はかれにはまだ早いと気づく)。まあ、その、あなたに買いに行かせたのはわたしだから、いただきます」と、わたしは横柄な態度を少し反省しながら手を組んでお祈りをする。平松は大きなカツ丼に食らいつき、コーラで流し込む。「聖子、キリスト教信者かなんかか?」

 アーメン、と小さくつぶやき、「カツ丼のお肉ひとつちょうだい」と箸を伸ばしてかすめ取る。「もどきよ、もどき。今はもう、ほとんど形無しよ」

「でもその、婚前交渉できないとかそんな感じの?」

 ペットボトルのカフェオレをあやうくジーンズにこぼしそうになり「もう、馬鹿ばっかりいわないでよ。これから玉子サンドを感謝して食べようって時に。人それぞれよ。その人のね、裁量でだいぶ違うわ。それにしても、ああ、面白い。これは笑える」とベンチの上で笑い転げた。

「で?」

「ええ? なにが?」とわたしは笑いまじりに尋ね返した。

「聖子は、その、できるの?」と口いっぱいに頬張ったままで平松。

 わたしは吉川にならって張り飛ばそうかと思ったが「その時になってみないとわからない、かな」と口走ってしまい、裏腹な自分に困惑する。副次的な感情として、照れてしまった(木漏れ日がベンチに座った膝もとから目や頬、口もとを照らす)。

「平松?」下を向いたままのかれを質す。

「なんでもない!」と猛然とカツ丼をかき込むので、この男にも恥じらいがあったのかと感心した。

「もしかして、照れた?」と追撃を試みると口いっぱいのご飯に目を白黒させ、「別に!」と努力して答えた。

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