第5話 消失

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 暖房のよく効いた新幹線から下り、やや栄えた土地からひたすら在来線に揺られ、雪の降る音さえ聞こえるような閑地の駅に立つ。ひとり、大学の教員が同時に降りるのに気づく。かなりやつれており、見違えるほどだったがたしかに自分の大学の教員だった。「あ――統計学の」とわたしがいうと、非常に緩慢に(言語障害があるとみえる)「ああ、君は。寒いところですね。雪で杖が滑って仕方ない」と右手の杖を見ていった。

 スーツケースを抱えホームにいるわたし(と統計学の教員)に、初老の女が頭を下げた。「ああ、ショウ、さん? このたびは――」とわたしより先に口を開き、すぐに言葉に詰まる。「おかあさん」と、ひとことしかいえず、わたしもまたうつむいた。

 わたしと教員はかれの母親に案内され、父親の運転する車に乗って雪の中を通り、一軒の民家に着く。玄関から仏間に通されると、喪服姿の親族たちがなにもいわずに頭を下げる。わたしはこの場にふさわしい言葉が出ないまま、膝をついて頭を下げる(コートはそれより先にかれの母親に預けていた。わたしの持っていた礼服ではしかし、ひと気やストーブで温もった仏間であってもまだ寒い)。人を割って入り、布団に寝かされたかれと僧侶に頭を下げる。

「高志」

 ようやくそのひとことを発したまま、わたしはその場に座ることしかできなかった。


 高志が亡くなってからというもの、感情も感傷も消失していた。空腹もなにも感じない。涙も笑顔も忘れた。なんにせよ、わたしは五感を駆使してまで生きる価値のある存在ではなくなったのだ。

 葬儀はひっそりとしたものだった。

 大学は顧問の監督責任とか、オーケストラの体質とか、そういう問題があって、かつそれら諸問題を水面下にとどめるべく事故死として扱った。また団員や友人含め、大学は葬儀葬祭に人を出さないよう必死で工作もした。


 学生の無茶飲みでの死者、しかもそれが未成年のケースなど、メディアはいともたやすく食い散らかす。テレビが形ばかりの哀悼の意を述べ、それも無邪気な街の人の声にかき消され、クリスマスや正月が近づけばだれもが忘れる。

 キャンパスに出入りできるあらゆる門や通用口の付近では、学生にマイクやカメラを突きつけようと待ち構えるミニバンも数台、あった。大学は警備員も目立たぬ程度に増員し、しかし普段通りの風景を作ろうと腐心した。その学生のことをできるだけセンセーショナルに、かつ一般化して伝えれば面白くなる――このような思惑を持つメディアから、学生、そして高志やその家族を守るために、大学は致し方なく隠蔽したのだ。

 そうだ、このことはかれのプライベートにおいて起こったことなのだ。オーケストラや、大学が関与すればするほど、事を荒立てる結果となる。大学側としても苦肉の策だった。

 ゆえにすでに永い眠りのなかにあるかれには一切の関係もない問題を大学側が処理してくれたため、わたしは恋人の故郷でその母親とゆっくり話せた。

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