第六章 ふたりの魔法 ~反撃開始~
「ってことで、あとはわたしとユーくんで始末をつけるから、レッチーはミリアムを連れて下がってて」
「それは――」
ユーリックが無事だったのは喜ぶべきことだが、いかに魔法で作られたあらたな手足があろうと、彼ではあの巨獣に勝てないということはすでに証明されている。そこにクリオが加わることで、劇的に戦況を打開できるとでもいうのだろうか。
「お嬢さま、ここは多少強引にでも――」
ユーリックがそう切り出すと、クリオは小さくうなずき、ふたたび両手を細かく動かし始めた。
「えっ?」
少女たちの周囲に無数の魔法陣が次々に描かれ、そこからユーリックの腕と同じガントレットが飛び出してくる。その数は一〇や二〇ではない。そのうちのいくつかがふわふわと飛んできて、レティツィアとミリアムをかかえ上げた。
「きゃっ」
「ばっ、バラウールさん!? 何をするつもり!?」
「ここからちょっと派手になるからさ。ふたりを巻き添えにしたらイヤじゃん?」
クリオはひらひらと手を振ってレティツィアたちを強引に遠ざけると、ユーリックとともに敵へと向き直った。
巨大な壁を力任せに破壊して、ふたたびあの巨獣がこちらへ向かってきていた。
☆
クリオは腰に手を当て、長い髪を振るって敵を見据えた。
「調子どう? どのくらいまでいける?」
「一〇〇程度なら余裕です」
クリオが“
とはいえ、クリオが同時に召喚できるゴーレムの総質量は決まっている。数を増やそうと思えば、ひとつひとつのサイズとパワーは小さくせざるをえない。
「――つまり、それがきみたちの力ということか」
軽い地響きを立ててやってきたクリッタの肩の上で、フィレンツが目を細めていた。ああしてクリッタに乗っているだけだというのに、なぜひどく汗をかいている。
「ぼくも似たような魔法を使うわけだし、同時に複数のゴーレムを召喚するというのはさして珍しくはないんだが――さすがにそれだけの数となると、寡聞にして先例を聞いたことがないな」
大きく深呼吸しながら、フィレンツは制服のポケットに手を突っ込んだ。
「降伏するなら今のうちだと思いますが?」
「ふん……一〇〇匹の蝿が獅子を倒せるか?」
「寝不足にするくらいの芸当なら可能でしょうね」
「いいや、踏み潰されて終わりだよ! ――やれ、クリッタ!」
フィレンツの命にしたがい、クリッタが咆哮とともに突っ込んできた。それを迎え撃つのは数十の拳――すべてがユーリックの意志にしたがって動くガントレットの形をした“ゴーレム”たちだった。
「たとえば――そのデカいのを召喚したあなたがお亡くなりになった場合、それはどうなるのでしょう? 消えてくれるのでしょうか?」
音もなく飛んだガントレットが、巨獣の肩の上のフィレンツを襲った。
「!」
フィレンツがみずからをかばう動きに合わせ、クリッタが巨大な腕を振り回してガントレットをはたき落とした。だが、ガントレットがこなごなになって砕け散っていくそばから、クリオはあらたなガントレットを召喚していく。
「なるほど――私と彼女の根くらべというわけか」
ポケットから小瓶を取り出したフィレンツは、またあの丸薬を口に放り込み、ろくに嚙まずに呑み込んでいる。あの丸薬が何なのか、ユーリックにはおよその見当がつき始めていた。
「お嬢さまよりあなたが息切れを起こすほうが早いと思いますが……いずれにしろ、それほど時間はかからないでしょう」
「虚勢もそこまで行くと滑稽だな。現にきみたちのゴーレムとやらは、私のクリッタをかしがせることすらできないだろう?」
「そう思いますか? 本当に?」
「何――をっ!?」
それまでたやすく叩き落とされていたガントレットのひとつがクリッタの横っ面にめり込み、その巨体がわずかに揺れた。
「? どういうことだ?」
「気づいた時にはもう手遅れです」
ユーリックの両手と大差ないサイズのガントレットでは、いくらクリッタを殴りつけようと、確かにほとんどダメージはあたえられない。逆に巨獣の腕のひと振りで、簡単に砕けてもとの土塊に変わってしまう。
しかし、注意深く観察していれば、クリオがただ同じようなガントレットを単純に再召喚しているのではないと気づいただろう。
「!」
「さすがにこれだけ数が減れば判りますか」
またあらたにクリオが召喚したガントレットが、ユーリックの動きをなぞるように地表すれすれから急上昇し、クリッタのボディを痛烈に突き上げた。
「――――」
巨獣の口から言葉で表現しようのない悲鳴がほとばしり、その巨体がわずかに浮かび上がった。
「あとひと押しってところじゃない?」
「どうやらそのようですね」
「それじゃもうひと回り大きくするね」
クリオの指先がまたひとつ魔法陣を地面に描き出した。しかし、すでにその直径は、最初に描いたものとは比較にならないほど大きくなっている。そして、そこから現れたガントレットもまた、最初に召喚したものよりはるかに大きかった。
「ひとつ叩き潰されたからといって、馬鹿正直に同じ数だけ召喚し直しているのだとでも思いましたか?」
実際には、クリオはガントレットがふたつ落とされるたびに、ふたつぶんの質量を持つガントレットをひとつ召喚していた。要するに、クリッタが拳を叩き潰すたびに、徐々に総数を減らしながら大きな拳に置き換えられていったのである。すでにユーリックの周囲にただようガントレットは四つに減っていたが、代わりにそのサイズはクリッタの前脚をしのぐほどになっていた。
「最初から巨大なものを召喚しようとすると、どうしても警戒されます。最悪、逃げられかねませんからね。――ほら、いい加減あなたのほうも息が切れてきたでしょう?」
ユーリックは両手を広げ、拳を握り締めた。
「!?」
浮遊するガントレットがふたつ、クリッタに掴みかかり、その両腕を押さえ込んだ。さらに、残りのふたつが無防備な巨獣の胸に容赦のない連打を打ち込む。
「ひっ、引き剥がせ!」
クリッタはすさまじい吠え声を放ち、身体を揺さぶって、自分の両腕に組みついた巨大な拳を叩き合わせて打ち砕くと、残りの拳を蹴り飛ばし、踏みつけ、こちらもこなごなに粉砕してしまった。
が、クリオはすぐさま、破壊された四つのガントレットを倍の質量を持つふたつの異形の腕に変えて召喚し直した。
「……何?」
それは、これまでクリオが召喚してきたガントレットとは明らかに違っていた。たとえるならそれは、馬を掴んで握り潰せるほど巨大な、剣のような鋭い爪が生え揃った怪物の腕だった。
「現段階でお嬢さまと私にあつかえる最強の切り札がこの“
ユーリックが大きく振りかぶって虚空に右拳を打ち込むと、それをなぞるように、浮遊する巨大な龍の拳が高速で疾駆し、クリッタの顔面を殴りつけた。ユーリックが拳を開けば龍の爪も開き、貫手に構えれば貫手を形作る。ユーリックの両腕の動きを正確に模倣する龍の爪は、いわば腕以外が存在しない――つまりはほぼ無敵の――ゴーレムも同然だった。
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