第四章 優等生の真意 ~庭師ガイエン・モーズ~

「――わたしの夢は、周辺国に奪われたかつての領土を奪い返し、この国をもう一度大陸の覇者に押し上げることなんだ」

「レティツィアさま……それって、エリート軍人になって出世したいってことですかー?」

「軍人としての出世は結果としてついてくるだけでいいんだよ。とにかくわたしは、この国こそがこの世界でもっとも強大な存在でなければ納得がいかないだけなんだ。その夢をなしとげるための最短距離が、軍の上層部に食い込むことであって」

「それは判ったけど、そのこととユーくんがどう関係するわけ?」

「可能なかぎりすみやかに軍で出世するためには、優秀で信頼できる部下が必要だとわたしは考えている。だからわたしは、ここへ入学した時から、将来有望そうな人材に目をつけているんだよ」

「えっ!? それじゃもしかして、わたしもレティツィアさまのお眼鏡に――」

「マール退場!」

 大仰に驚くマルルーナの口をふさいでベッドのほうにうっちゃり、クリオは問いをかさねた。

「そ、それじゃつまり……あなたは将来的に自分の部下にしたいから、ユーくんに声をかけたってこと?」

「ようやく理解してもらえたみたいだね。彼はとても優秀だし――」

「いや、いやいやいや! ダメじゃん、そんなの!」

 クリオは慌てて首を振った。

 レティツィアがユーリックに声をかけた理由は判ったけど、でも、だからって勝手にそんなことをされても困る。ユーリックは生まれた時からクリオの従者で、そしてそれはふたりが死ぬまで不変の関係なのだ。

「どうしてかな? 彼だって軍人になって武功を立てれば貴族になれるかもしれないんだよ? そうすれば否応なくきみの従者ではなくなるのに」

「どっ、どうしてもなの! ユーくんは! 一生! わたしの! 従者!」

「クリオちゃん、もしかしてユーリックくんのことを……」

「かえっ……ま、マールはもう自分の部屋に帰って! そろそろ消灯時間でしょ!」

「あ、ちょ、ちょっと……!」

 あからさまに興味津々といった表情のマルルーナを部屋から押し出し、後ろ手に鍵をかけて、クリオは大きく深呼吸した。

「……だいたい、優秀な人材に声をかけるってことでいうなら、ユーくんより先にまずわたしじゃないの?」

「……はい?」

 クリオの言葉に、レティツィアは疑わしげに眉をひそめた。

「なっ、何よ、その表情!?」

「確かにきみは駆龍侯ガラム・バラウールのご息女だけど……もしかすると、韜晦しているということなのかな? わたしはまだ、きみから才能の片鱗のようなものをあまり感じないんだけど」

「それは……いや、ほら、そう簡単に手の内は見せられないっていうか――」

「なら、きみに何かしらの才能があるとして、だったらきみとドゼーくん、ふたりともわたしの部下になるというのはどうだろう?」

「そんな未来の話をされてもねえ」

 自分自身を落ち着けようと、クリオは大仰に肩をすくめて溜息をついた。

「――もしかしたらさ、一〇年後にはわたしがあなたを顎で使う立場になってるかもしれないじゃん?」

「きみがわたしを部下にする? それは面白いね」

 クリオの言葉を現実味のない戯言と受け止めたのか、レティツィアは気分を害した様子もなく楽しげに笑った。

「どっちにしても、ユーくんがわたしのもとを離れることなんて絶対にありえないから。わたしたちは生まれた時からずっといっしょだし、一蓮托生? っていうの? そういうカンジだし――と、とにかく! だからユーくんをこっそりスカウトするとかもうやめてよね! わたしたちの絆はそれだけ固いんだから!」

「恥ずかしげもなく熱弁を振るうんだね、バラウールさん。……そんなに彼を取られたくない? カントレールさんもいっていたけど、そんなに彼のことが好きなのかな?」

「はあ!?」

 落ち着かせようと思った心臓が、またひとつ大きくどきんと暴れ始めた。

「そっ、そういうのじゃないから! レッチーもあれね、ほら、その……す、すぐにそういうハナシに結びつけようとするあたり、い、意外と子供っぽいじゃん! ホント、意外だったわ~」

「……そういうことにしておいてあげるよ」

「な、何それ!? きゅ、急にオトナの余裕みたいなモノを見せるみたいな……おっ、同い年よね、わたしとあなた!? 自分だけもう大人~♪ みたいな顔しないでもらえる!? ニンジン食べられないくせに! だ、だいたいねえ、ユーくんはわたしがいないと生きていけないの! 彼はもうそういう不治の病にかかってるの!」

「はいはい、もう判ったよ。二度ときみの知らないところで彼とおしゃべりなんかしないから。もう夜も遅いし、静かにしてくれるかな?」

 まるで野良犬でも追い払うかのように手を振り、レティツィアは読書に戻った。

「ああっ……! ま、またそうやって――わたしを子供あつかいしてるでしょ!?」

「しておりませんよ、クリオドゥーナさま」

「んぎぎぎぎ……! わ、わたしとユーくんは誓ったんだから! ふたりで力を合わせて、もう一度バラウール家を盛り立てて――」

「はいはいはい」

「…………」

 レティツィアに軽くあしらわれたクリオは、それ以上は何もいわず、むっつり無言で着替え始めた。制服の懐から取り出した手紙をレティツィアに気づかれないよう机の中にしまい込み、いったん下着姿になってから寝間着をひっかぶる。レティツィアとのやり取りで精神的に疲弊したけど、ミリアムの一件を思い出して心を切り替えた。

 これまでただ密やかにたがいの気持ちを伝え合っていただけのミリアムたちの関係が、この手紙をあしたフィレンツに渡すことで、大きく動き始めるかもしれない。それを思うと、他人ごとながらわくわくするのと同時に、何ともいえない不安も感じる。

 たぶんそれは、大人たちが一方的に決めたルールに、まだ子供である自分たちがあえて逆らおうとすることから来る、後ろめたさをともなう不安なのだ。


          ☆


 毎年、春の観兵式には多くの観客たちがやってくる。保護者に対して子供たちの学校生活の一端を披露することを目的としているが、それは同時に、一八年前の戦いの傷が癒えた現在のフルミノール王国が、次代の人材育成にいかに力を入れているかを、広く内外にしめすためのイベントでもあった。

 それが他国からの侵略を牽制する意味を持つということは、軍人であるガイエン・モーズにもよく判っている。ただ、そうやって意識的に牽制しなければならないということは、見方を変えれば、フルミノール王国が負った傷は、実はまだ完全には癒えていないということでもあった。事実、前の戦争で多くの軍人が命を落としたため、モーズと同年代の将官は思いのほか数が少ない。

「いやはや……このような時期に閑職に回されてしまうとは、軍人としては忸怩たるものがありますな」

「いいんですか、そんなこといっちゃって?」

 噴水広場に並ぶエニシダの剪定をみずから請け負ったモーズ学長は、突然飛んできたその声に首をすくめた。

「――駄目ですよ、学長ご自身が閑職だなんておっしゃったら」

 振り返ると、箒を手にしたジュジュ・ドルジェフが、悪戯っぽい笑みを浮かべて立っていた。

「いや、これは失言。どうか今のは聞かなかったことにしていただきたいですな」

「いいですよ。学長がくるくる変わっていたらこっちも大変ですし」

 そういって、ジュジュはモーズが落とした枝葉を掃いて集めていく。モーズは首からかけたタオルで汗を拭くと、なだらかな丘を四列縦隊で駆け下ってくる騎馬の群れを見やった。

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