唄う輩

山本 日向

第1話  恋焦がれる

文化祭の、文芸部の出し物が、写真部と合同で作品を出展することになった。写真部の出展作品もとに詠んだ詩や和歌を寄せ、また文芸部の詩や和歌の出展作品もとに撮影した写真を寄せる。こういった合同出展をおこなうのは創部以来初の試みだった。組み合わせはくじ引きで行われ、私は山辺くんの撮影した写真に詩を寄せることになった。

 私は詩のアイディアを練るために、山辺くんが過去に撮影した写真をみせてもらうことになった。山辺くんが図書室まで来てくれて、写真をまとめてあるフォルダーを借してくれた。山辺くんの写真は背景の空が印象的な、木々とそれを取り巻く建造物の写真が多かった。

「校内で撮るの?」

「そうだね、校内で撮る場合が多いかな。でも遠征するぞって言って部の皆で出かけることもあるよ」

 山辺くんは静かな声で言った。

「いつも木を一緒に映しているんだね」

「そうだね。一瞬というより、俳句みたいな感じで残したいって思って撮るんだ」

 山辺くんはそう言って笑顔を見せた。

 山辺くんの写真でいちばん気になったのは、青空を背景に体育館の手前で野球部がキャッチボールしている写真だった。ピントはグラウンドの外野よりなお外側に咲く桜の木の、花びらが綺麗に舞っているのに合わせてある。まるで撮った瞬間が継続して流れていきそうな雰囲気の写真だ。

 山辺くんが撮った写真はどれも、永遠が続く風景の継続を感じさせるものだった。写真というよりも、スノードームに近い感じ。写真は永遠に残る一瞬を捉えたものだけれど、スノードームはその閉じ込められた風景にキラキラが浮いて泳ぐ。

 私は山辺くんの撮った写真、好きだな、と思った。

 写真集をしばらく貸して欲しいとお願いしたら、山辺くんは快く応じてくれた。

 私は休み時間ごとに山辺くんの写真集を見ていた。

「なにそれ?」

 宏介が覗き込んできた。

「山辺くんの写真集だよ。文化祭で共同作品を出展するの。参考に借りてきた」

「ふーん。おまえは何をするわけ?」

「写真をもとに詩を寄せるんだよ」

「地味だな」

 私は宏介をきゅっと睨んだ。宏介は軽音楽部でバンドを組んでボーカルとギターを担当している。文化祭の花形だ。去年も洋楽のカバーを披露して大盛況だった。でも、こんな軽口を叩いても、宏介は必ず文芸部の出展作品に目を通してくれる。

「お、これなかなかいいじゃん」

 宏介は山辺くんの写真集を勝手に捲ってそう言った。それは私がはじめて山辺くんの写真を見ていちばん気になったものと同じ写真だった。

 そうなんだ。宏介と私は共通点がまったく無いといっても過言ではないのに、こういう時、同じものを選んで素敵だな、と思う。私はいつもそれを嬉しく思っていた。


 私は山辺くんが校内で写真を撮ったところを辿ってみることにした。テラスの木漏れ日から撮った青空と小鳥。中庭の木々と騒々しい休み時間の教室。音楽室のグラウンドピアノと揺れるカーテンの奥の銀杏木の木。山辺くんの写真巡りの小さな旅は、学校で過ごす普段とはまた違った風景を見せてくれた。

 最後にあの野球部がキャッチボールをしている写真の桜の木の下へ行ってみた。キャッチボールしているところが見たくて、野球部が部活動している時間に行ってみた。もし写真がなかったら訪れることのない様な場所だった。桜の花びらは今は見れないけれど、グラウンドが見渡せる、見晴らしのいい場所だった。


 山辺くんが文化祭で出品する写真を撮影しに行くと言うので、ついて行くことにした。場所は臨海公園。待ち合わせは午後3時半。青空から黄昏時に移る空を背景に観覧車の写真を撮っていった。山辺くんはあまり喋らなかったけれど、時折、カメラの画面越しに撮った写真を見せてくれた。

 出来た写真を見せてもらった。沢山撮った中で一枚だけ。その写真は葉が落ちた桜並木の下から、点いたばかりのイルミネーションを宿して廻る観覧車の一瞬を撮ったものだった。私はやっぱり山辺くんの写真はスノードームみたいだと思った。黄昏時の空って、下の方は夕日の名残の淡いピンク色で、月に近い空が紺色で星もひときわ輝いて見える。そして、その中間がなんとも言えない、まるで”オーロラ”と言いたくなるようなきれいな淡い青紫色に見える。その中間の青紫色がちょうど葉の落ちた桜並木と重なるように映っていて、黄昏が桜並木に咲いているように見える。

 黄昏が咲く並木と点いたばかりのライトを乗せて廻る観覧車。背景の空はその高さによって色をかえてゆく。観覧車の天辺近くにはいちばん星が輝く。写真なのに、まるで時間が止まっている気がしない。廻る、観覧車。黄昏並木。

 山辺くんがその写真につけたタイトルは「居ない」。

 私は、”想われる”ことを詩にしてみようと思った。

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