第8話 「これが恋なのかお……」
異形の動きが夕暮れと共に静止した。
夜間の間に安全な場所を確保しようと
懐中電灯と最低限荷物にならない範囲で
食料を調達した。
安全な場所を見つける事は出来ず
異形の進行方向を逆走して異形が
少ない所で朝を迎えるために後戻りした。
ユウタとイチカの家を、一時的な拠点にする為に
リビングの窓を隠す板を焔高校の資材室に
雪ヶ原レイと白地イチロが材料を取りに
八蘇木ユウタと風桐リョウヘイが
食料を調達しに行った。
リョウヘイの考えでは朝に活動を始めなかった異形は
昨日の襲来時に近い時間に異形が動き出すと考えたが
考えは外れ、異形は思ったよりも早く動き出す。
魔法を出そうとするイチロに呆れ
レイはイチロの手を強引に引くが
初めて女の子に手を握られたイチロは
異形を忘れときめく。
◆
資材室の扉を開け廊下に出ようとすると
レイは鈍い音を発して倒れた。
槍爪の異形がちょうど扉の前にいたのだ。
「白地君下がって!!」
レイは一撃で仕留めようとコアに木刀を振るった。
しかし、昨日戦った槍爪の異形とは違い
上体の上側にもう二本腕があり、
その腕でコアを守るようにクロスしてレイの
一撃を止められてしまう。
二本の爪を捌くので精一杯だったレイは
戦う事を諦めて窓から逃げようとしたが……。
レイの逃げようとする姿にイチロは死を覚悟したのか
後ろで持ち歩いているフィギュアを抱え
目の光を無くして固まっている。
「白地君!!しっかり!!」
「僕はもういいんだお……
死んでミコルンのいる世界に行くんだお……」
「もぉ……手が焼けるわね……」
レイは手首の髪留めを外して、
長い髪を後ろで束ねる。
上体を地面スレスレまで低くし、
木刀を握りしめた右腕を横に伸ばす。
息を大きく吸って止める――
剣道部とは思えない構えを見たイチロ
は目に光を取り戻しキラキラさせていた。
「な、なんだお!?スキル発動かお!?」
ッパァッン!!
槍爪の異形がレイに向かって四本の爪を
突き刺そうとしてくるが爪がレイに届く前に
甲高い破裂音と共に異形のコアが割れ
生命活動が止まった。
レイはもう一度大きく息を吸って止める――
「すごいお!!今のなんだお!!」
パッシャーーーン!!!!
ガラスの割れる音と共にレイがイチロの前に一瞬で
飛び込んで来て両膝をイチロの両肩に当てて
そのまま床に押さえつける。
ッパァッン!!
再び甲高い破裂音がした。
レイに押さえつけられたイチロは目の前が真っ暗、
胸の辺りがとても暖かい、少し重さを感じて状況に
気付き赤面する。
真っ暗なのはスカートが被さっていたからだった。
「だだだだ!大丈夫なんだお!?」
レイは折れた木刀を手から落とす……。
イチロの上に跨ったまま
ぐったりとして動かない……。
「ごご!ごめんなさいだお!目は瞑るお!」
イチロは緊張しながらもレイの細い腰に手を当て
下から持ち上げる。
欲望を我慢できずに目を開けたのだろう
イチロは鼻血を垂らしていた。
「何も見てないお……何も…………
って!ぬぉぉぉお!!!!」
イチロはレイの前にいた大耳の異形に焦るが
死んでいることを確認して安堵する。
疲れたのか動かないレイに声をかけるイチロ。
死んでしまったかの様にピクリとも反応しない。
恐る恐るイチロは耳をレイの口元に近づけると
レイは息をしていなかった……。
「う……嘘だお……そんな……嫌だお……嫌だお!!
嫌だお!!死んじゃダメだお!!戻ってくるお!!」
イチロは無我夢中にレイを寝かせて
心臓マッサージや人工呼吸をする。
その時のイチロには恥じらいも何も無く
無我夢中だった。
すぐにレイは息を戻した。
「白地……君……」
「先輩!よかった!よかったんだお!!……ハッ!」
レイが目覚てイチロは仕方なかったとはいえ
自分のやっていた事が思い浮かんだ。
「先輩……レイ様万歳!!レイ様万歳!!
僕が一生レイ様を守るお!!異形何かに
殺されてたまるかお!!僕はレイ様の……
レイ様は僕の恩人だお!!!!」
イチロはすっかりレイに恋が芽生えてしまった。
でもレイにはとても打ち明ける勇気は無い。
状況も状況だ……生き抜いた暁には告白しようと
イチロは心に誓った。
「レイ様って……恥ずかしいから辞めて……」
「レイ様はレイ様だお!辞めないんだお!」
イチロは思い出しレイに技の事を聞く。
レイが見せた独特な構えは『
唯一この世界に残っている数少ない流派のひとつで
破裂音はレイが攻撃する瞬間に口から吐く息の
音だという。無呼吸で敵の攻撃を交わし続けて
一瞬の隙に一撃必殺の威力を相手に叩き込むという
攻撃方法だった。
レイが剣道部で歴代最強なのも
代々『夜雷一刀流』を受け継いできた
『夜勝刃家』で唯一血縁の無い人間で
鍛錬を特別に受けていたからだった。
まだまだ未熟なレイが臓器や筋肉に
大きな負荷をかけてしまったが為に
呼吸不全と疲労による脱力で動けなく
なってしまったという事だった。
「イチロ君、助けてくれて本当にありがとう
あなたも命の尊さがこれで少し分かった?」
「身に染みて分かったお……もう二度と生きる事を
諦めないお!!レイ様も僕が守るお!!」
「それは百億年早いわ」
ずっと冷たかった表情のレイがイチロに
優しい笑顔を向けていた。
「これが恋なのかお……」
「何か言った??」
「なな!何でもないお!?!?早く逃げるお!!」
イチロとレイは資材室にあった鉄パイプを手に持つ。
レイは折れた木刀に一礼した。
「早く戻りましょ、心配だわ」
――
一方、待機組は異形の襲撃に合っていた。
食料確保組は家に戻り待機組と一緒に
異形から逃れる為に応戦していたが、
そこに風桐リョウヘイの姿はなかった……。
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