3日目 散策と人機③
「ねぇ、律。本当に良かったの?」
クロノスが見せた【偽りの空】にシャッターを押して切り取った後、この空を見せてくれた張本人にお願いして、視界に映る空を【本物の空】に戻してもらった。
「あぁ、もう良いんだ。お前が見せたいこの世界の真実は、こっちなんだろ? だとしたら、目を背けるわけにはいかない」
本当は、あの澄み渡った空の下で散策したいけどな。
「そう。律が良いなら、別に構わないんだけどさ」
「それより、クロノス。お前、俺が寝ている間に俺の相棒に細工でもしたか?」
「ん? 何の話?」
「とぼけるな! どうして、俺の視界に映った風景が、そのまま写真として残っているんだよ!?」
一眼レフで撮った写真を確認した時、写っていたのが俺の見ていた青空だった。
でも、あれはカモフラージュされた空で、本当はショッキングピンクの空が写真に収まっているはずだ。
「あぁ、細工なんてしてないよ。ただ、君たち人間の言い方をするなら……加護を与えたんだよ」
「加護?」
「そう、【渡邊律とそれに関わる全てのもの】に対して、時の神様である僕から加護を与えたんだよ。だから、僕が律の
『心配しなくても良い』って、俺が知らないうちに何してくれてんだよ!
「はぁ……」
「どうしたの、律? 神様の加護に言いたいことでもある?」
「いや、別に……」
どうやら俺は、知らぬ間に時の神様から加護を授かっていたらしい。
「そう言えば、クロノスに言われてプライベートゾーンを展開しているが、実際に外に出てみると、プライベートゾーンを展開していない人間が多い気が……まさか、また俺のことをからかって楽しんでるのか!?」
クロノスと一緒に外出して気づいたんだが、プライベートゾーンを展開していない人間を一定数見かける。
クロノスに『この世界の人間は、外出する時に必ずプライベートゾーンを展開してから出かけてる』と言われ、現在進行形でプライベートゾーンを展開しながら散策をしているのだが、思わず『本当に、これで正解なのか?』と疑いたくなる程に多くの人間を見かける。
今だって、若々しい美女2人が俺とすれ違った。幸い、プライベートゾーンのお陰でこちらの視線に全く気づかず、仲良くおしゃべりに興じていたが。
「違うよ。律が人間だと思っているものは、ほとんどがアンドロイドだよ」
「アンド……ロイド!?」
驚いて思わず振り返ってすぐ、先程すれ違った美女2人を凝視した。
女性を二度見する行為も凝視する行為もが、社会的に大変失礼なのは重々承知しているが、あんなに楽しそうに話している2人が、人間じゃなくてアンドロイドなのが信じられないのだ。
「なぁ、今、俺たちとすれ違った若い女の子二人もか?」
「アンドロイドだね」
「さっき、公園のベンチで仲良く
「アンドロイドだね」
「じゃっ、じゃあ! 俺がこの世界に初めて来た時に俺のことを罵った人達もか!?」
「僕、その人達のこと全然知らないんだけど、多分アンドロイドじゃない」
驚愕の事実に、俺の足が止まった。
今、俺の目に映って人間がアンドロイドだと!?
「だとすれば、この世界のアンドロイドは、人間と同じように手足があって、人間と同じように衣服を着て、人間と同じように楽しそうにおしゃべりして、人間と同じように笑うことが出来るということなのか?」
「うん、そうだね」
「…………なぁ、クロノス。お前、もしかして……」
「『アンドロイドじゃないか?』って言おうとしたんでしょ?」
「っ!?……何で分かった?」
「あのねぇ。いくら人間の機微に
呆れたような顔で俺を見るクロノスだが、ここまで完成度が高いアンドロイドがたくさん歩いているのなら、そりゃあ疑うってもんだ。
「もう一度言うけど、僕の名前はクロノス。時を司る正真正銘の神様だよ。そんなに疑うなら、今から律の視界に映っている、全ての時を止めて見せようか?」
「いや、大丈夫です。疑ってしまいすみませんでした」
「うん、分かればよろしい」
アンドロイド疑惑が晴れて機嫌を直したクロノスを見て、『どうやら俺は、思った以上に目の前の現実に気が動転していた』ということに気づいた。
まぁ、目の前から歩いている人間が『実はアンドロイドでした』なんて聞いたら、俺じゃなくても、大抵の人間は気が動転していたと思う。
気を落ち着かせるために大きく深呼吸すると、機嫌を戻した時の神様に向き直った。
どういう原理なのか、幸いにもプライベートゾーンに俺とクロノス以外は、入って来れない仕組みになっているらしい。
なので、道の真ん中で宴会を始めようが何をしようが、他人から侮蔑の目が向けられることが無いとのこと。
まぁ、そんな迷惑行為を起こした途端、すぐさま警察ドローンに見つかってお縄につくらしい……どういう原理で迷惑行為が見つかるのか全く分からないが。
ちなみに、俺の足が止まった場所は、通行の迷惑にならない道端だったので、多少の長話なら大丈夫そうだ。
「だとしたら、どうしてこんなたくさんのアンドロイド達が行き交うんだ?」
周囲を見渡すと、そろそろ夕方に差し掛かろうとしている時間なのか、さっきより多くの老若男女のアンドロイドが忙しなく行き交っていた。
「それは、【監視】と【景観維持】の為だよ」
「監視と……景観?」
監視は、治安維持の関係なのだろう。俺のいた世界でも、防犯として監視カメラとか顔認証システムとか普及していたからな。でも、景観維持とは何だ?
「監視は……まぁ、それには色々あるから追々説明するけど、ここでは主に犯罪を未然に防ぐ為の監視だね。これは、律も分かるんじゃないかな。それに、高度な科学技術が発達した世界だからね。その分、緻密で高度な犯罪が起きてもおかしくないから」
「そっか~。この世界の人達って、危機意識が高いんだな」
余所者に対して、容赦なく暴言を吐けるくらいには。
「まぁ、そうだね。あと、景観維持なんだけど……これも色々あって追々話をすることになると思うんだけど、簡単に言えばここにいるアンドロイド達って観光客向けなんだ」
「観光客向け?」
「そう。この世界に住んでいる人間達って、滅多なことが無い限り外出しないんだよ。それこそ、休日の昼間に歩いても人ひとりと全く会わないくらいにね。でもさ、そんな場所に旅行で訪れたいって思う?」
「いや、そんなゴーストタウンみたいな場所に行きたいとは思わないな」
「でしょ~。だから、アンドロイド達を外に出歩かせて、疑似的に人の流れを作ることにしたんだ。そうすることで、観光客は『ここは、ゴーストタウンじゃない』って勘違いするし、この場所に対して安心感と好印象を持つらしいよ」
「へっ、へぇ……というか、この場所に観光客って来るのか?」
「いや、あまり来ないよ。でも、念の為……ね。ほら、人間って好奇心旺盛じゃん」
「あっ、あぁ」
確かに、テレビでたまに、外国人観光客が自国民でもあまり知られていない場所を訪れて、笑顔で『観光に来てます!』って日本のテレビ取材を受けてるところを見たことはあるが……そこまで気にすることか!?
「律、ここがこの世界のコンビニだよ」
「ここが……」
この世界でカルチャーショックを受けつつ、俺とクロノスは本来の目的であるこの世界のコンビニに着いた。
というか、ここまでの道中が色々ありすぎて本来の目的を放棄して帰りたい。
まぁ、それはライフウォッチに言えば一瞬で叶うので、本来の目的を果たそう。
見たところ、この世界のコンビニの外観は、俺がいた世界のコンビニの外観とあまり遜色が無かった。
「なぁ、ここの写真撮っても大丈夫か? というか、ここまで色々な場所の風景写真を撮ってきたけど、大丈夫なんだよな?」
「えっ? 今まで、大して価値が無さそうなものをたくさん撮ってたじゃん。何を今更なこと言ってるの?」
「いや、今更なのは重々承知してんだけどな。ほら、例えば肖像権とかさ……」
「肖像権?……あぁ、あれね」
ここまで、他人から見えないプライベートゾーンがあること良いことに、俺はこの世界のことを写真に残そうと無我夢中で撮っていた。
しかし、ここまで来て思ったのだ。
本当に、撮っても大丈夫なのだったのだろうか? もしかすると、無意識のうちに撮ってはいけない場所を撮っていたのではないか!?
俺がいた世界でも、撮影するのに許可が必要なところや、肖像権の関係で撮ったらマズイところもそれなりにあったから。
「フフッ、大丈夫だよ。この世界の肖像権とかあって無いようなものだから、どこを撮っても捕まるなんてものは無いよ」
「えっ、そうなのか!? 撮ったらNGのところとか無いのか!?」
「この世界では、そんな場所は無いよ。でも、撮っても無駄なんだけどね」
「えっ、それはどういう……」
「ほら、さっさと行こう。僕、そろそろお腹空いたから」
「あっ、あぁ。でも、一枚だけ撮らせてくれ」
クロノスの意味深な言葉に引っ掛かりを覚えて追求しようとしたが、空腹で少しだけ不機嫌そうな彼の様子に『これ以上を聞くのは無駄だ』と仕方なく断念し、外観の風景を何枚か写真に収めると、自動ドアものらしき透明なガラス製のドアの前に立った。
「あっ、言うのを忘れていたんだけど、律の右隣にライフウォッチを認証する機械があるから、そこにライフウォッチを
それを早く言えよ! このショタ神め!
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