3日目 散策と人機②
「じゃあ、ここ押して」
「……ここで良いのか?」
「そうだよ」
玄関先で外出の準備が整ったタイミングでクロノスからライフウォッチの液晶画面の左上を押すように言われ、言われた通りに液晶画面の左側を押すと、薄いピンク色の結界のようなものが俺を囲んだ。
「うおっ! 何だよ、これ!」
突然の出来事に驚いていると、目の前に電話のポップアップが現れた。電話の相手は対面にいるショタ神様からだ。恐る恐る受話器のポップアップに触れると、クロノスの顔が表示された。
『おっ、繋がったね。これは【プライベートゾーン】って言うんだ。これを展開していれば、外から律のことが見えなくなるし、律の声や音が外に一切漏れない優れものだよ。ちなみに、この世界の人間達は、これを展開したまま外を出歩くのが当たり前みたいだよ』
「はぁ!?」
この世界の人間は、他人に対しての警戒心が高すぎるだろ!
呆れ返っていると、目の前にいたクロノスもいつの間にか俺と同じようにプライベートゾーンを展開させていたようで、姿形が消えていた。
『ひとつ言い忘れたんだけど、お互いの同意があれば、互いのプライベートゾーンを1つにすることが出来るけど、どうする?』
「頼む。隣にいるのにわざわざ画面越しに会話なんて、せっかくの旅行気分が削がれそうだ」
『OK。じゃあ、ちょっと待ってて』
画面越しでクロノスが自分のライフウォッチを操作するところが映ると、眼前に別のポップアップが現れた。
「〈クロノスさんが、あなたとのプライベートゾーンの共有を求めています。了承しますか?〉か。もちろん、了承だ!」
了承のポップアップに触れると、目の前にクロノスが現れた。
「よし、これで準備完了だね」
「何か、プライベートゾーンって面倒なシステムだな」
「フフッ、それは仕方ないよ。だって、自分以外の誰かとプライベートゾーンを共有すること自体、滅多にしないから。そもそも、ライフウォッチがあるお陰で、この世界では外出すること自体が珍しいんだけどね」
「そっ、そうなのか……」
この世界に生きてる人間って、実は引きこもり体質なのか?
「なら、これを展開しなくても良いんじゃないのか?」
「警察ドローンと再び鬼ごっこしたいなら良いよ。一応、初日の一件は僕の力でどうにかしたけど……律って実は、警察ドローンと鬼ごっこしたのが、そんなに楽しかったの?」
「そんなわけあるか!」
あんな思いは二度とごめんだ!
「それじゃあ、行こうか」
「そうだな」
玄関から外廊下に出てると、風呂場にあった正方形の黒い板が、玄関ドアの右横に備え付けられていた。
風呂場や寝室の時と同じように翳(かざ)すと、カチッという音がなった。どうやら、部屋の鍵の開け閉めもこれで行うらしい。
部屋の戸締りをして外廊下を真っ直ぐ歩いていくとエレベーター前に辿り着いた。
すると、エレベーター近くにまたもや黒い板が備え付けられていたのが見えた。
ここでもかよ。
小さく溜息をついてディスプレイを翳すとドアが開き、クロノスと2人で乗り込んで扉が閉まった……瞬間、再びドアが開いた。
えっ、故障か!?
驚いて目を丸くしていると、クロノスが何の迷いもなくエレベーターから出た。
「おっ、おい! ここは1階じゃないぞ。というか、まだ動いてすらいない! 勝手にエレベーターから出るなって!」
クロノスをエレベーターの中に戻そうと、慌てて一歩を踏み出したその時、先に行ってたクロノスが立ち止まって後ろを振り返った。
「何言ってるの? もう1階に着いているよ」
「…………えっ?」
慌ててクロノスの元へ駆け寄ると、そこには、黒いコンクリートで舗装された道路と、俺がこの世界に来て最初に訪れた公園があった。
「なぁ、この世界の物理法則ってどうなってんだよ」
一瞬でマンションの外に出られたことに呆気に取られ、ようやく正気に戻った俺は、クロノスの案内でこの世界のコンビニに行くことになった。
一応、この周辺にはコンビニやスーパーはあるらしいが、ここからだとコンビニの方が近いということで、先はこの世界のコンビニに行くことにした。
その道中、俺は昨日と同じように気になったものを次々と写真に収めた。
「この世界の物理法則は、律がいた世界と変わらないはずだよ」
俺のボヤキ聞こえたであろう小さな道先案内人は、酷くつまらなさそうな顔をしながら隣で律儀に答えてくれた。
クロノスが言うなら、そうかもしれないが……
「だとしても、だ。エレベーターが閉じた途端に、重力を感じないまま1階まで降りられるなんて、普通考えても無視してるとしか思えないぞ……あっ、俺たちが住んでたのって、実は1階でしたとか?」
だとすれば、単に俺が痛い人だったということで、精神的なダメージと引き換えに納得出来る。
「律、僕たちが住んでいた階は10階だよ。昨日、教えたよね?」
「……はい」
そう、俺たちが
そんなセレブ階で、俺とクロノスは一昨日から共同生活を送っているが……実は、あの部屋を賃貸で契約したものなのか、はたまたま購入したものなのか、分からないというか知らされていない。
一応、部屋の主は俺になっているらしいが、実際に借りたクロノスだ。
そんな大事なことを知ったのは、昨夜にゲームでクロノスと対戦している時だった。
その流れで家賃のことを聞いてみたが、にこやかな笑みを浮かべたまま、一切教えてくれなかった。
出来れば賃貸であって欲しいが……どちらにしても、俺の懐が寒くなりそうなのは間違いないようだ。
「そんなことを言い出したら、ライフウォッチの機能だってどう説明するのさ。何も無いところから食事が出るなんて技術、律の世界で当たり前のように普及してた?」
「……いや、普及してなかったし、そもそもそんなに科学技術が発達してなかった」
「でしょ。だから、10階から1階に一瞬で降りられるなんてことは、AIが発展しているこの世界では造作もないことだと思うよ」
「AI、か……」
当たり前のように言っているが、元の世界を知っている俺からすれば、この世界の科学技術は、俺のいた世界と比べ物にならないくらい発達している。
特に、この世界のAIの進歩は、まるで空想の世界をそのまま現実にしたようなものだ。
「あのエレベーターの移動でさえも、AIが管理してるのか」
「そうだね」
本当、この世界のAIは魔法でも使えるのだろうか?
「それよりも、僕は律が撮っている写真が気になるよ。見た限り、律がいた世界とあまり変わらないような風景ばかり撮ってるでしょ? そっちの方が、僕には理解出来ないよ」
今度は、横にいる道先案内人のボヤキが聞こえてきた。確かに、撮っている被写体は道路や木々、花壇に高層マンションなど、俺のいた世界にもあったものばかりだ。クロノスが不思議がっても仕方ない。
「昨日も言ったが、これは旅行だからな。旅行先で写真を撮るなんてことは、人間の間ではごく自然なことなんだぞ」
「ふ~ん」
それに、人間の記憶は実に曖昧でいい加減なもので、見聞きしたものを旅行は終わるまでに全部覚えてるなんて絶対無理だから、こうして写真として証拠を残しているのだ。
そうすれば、旅行を終えて元の世界に帰ってこの世界のことについて文字起こしをしようとした時に、この世界で経験したことが多少なりとも思い出しやすくなるし、語彙力に自信が無い俺でも、ある程度は説得力のある文章が書けると思う。
「そう言えば、ここの人達って、あんな薄気味悪い空を見て何とも思わないのかね~」
それは、俺がこの世界に来て最初に抱いた感想。
その場で足を止めて目を細めて空を見上げると、初めてこの世界で見た空と寸分の変りない、ショッキングピンクで覆われた不気味な空だ。
クロノスも同じように立ち止まると、興味がなさげに空を見上げた。
「あぁ、あれね。あれ、僕が見せているこの世界の本当の空の色だよ」
「……今、何て言った?」
俺が見ている空が、クロノスが見せてる空? しかも、本当の空って……
隣にいる時の神様を不審な目を向けると、俺の視線に気付いた神様がクスクスと笑い出した。
「何を笑ってんだよ?」
「いや……まさか、律がそんなリアクションをするなんて予想が出来なかったから、思わず笑っちゃった」
「当たり前だろ! 自分が見ている空が神様に見せられてる空なんて、俺じゃなくてもビックリするだろうが! それに、本物の空って何だよ!? 偽物もあると言うのかよ!?」
クロノスの態度に無性に腹が立った俺は、感情を昂らせたまま問い詰めた。
もし、今の俺とクロノスのやり取りを第三者に見られたら、きっと警察ドローンと鬼ごっこ間違い無しだろうな。
プライベートゾーンさん、感謝します。
「そう怒らないでよ。言わなかった僕が悪かったって反省してるからさぁ~」
本当に反省している奴は、そんなニヤニヤ顔で謝罪の言葉は吐かない。
「はぁ……それで、どうして俺にこんな不気味な空を見せてんだよ」
これ以上話しても埒が明かないと思い大きく溜息をつきながら聞いてみると、クスクスと笑っていたクロノスが楽し気に口を開いた。
「フフッ。それはもちろん、律にこの世界の本当の姿を知って欲しいからさ」
「本当の姿?」
「そう。せっかく律をこの世界に連れて来たんだから、律にはこの世界の人間の見栄で創られた偽りの姿ではなく、本当の姿を見て欲しんだ」
「それは、俺がクロノスに頼まれた『この世界のことを広めて欲しい』ってことに、関係があるのか」
「うん。むしろ、そっちの方が一番の理由なんだけどね。興味があるなら、この世界の偽りの空も見る? 律がいた世界と何も変わらない空だよ」
「あぁ、頼む。この世界の人達が見ている空を見てみたい」
本物があるのなら偽物もぜひ見てみたい。
きっと、この世界のことをまた1つ知ることになると思うから。
パチン!
クロノスが指を鳴らす音が聞こえると、プライベートゾーンの色がピンクから透明に変わり、視界に映った空の色が不気味なショッキングピンクから澄み渡る青色に染まった。
「これが、偽りの空だよ。この空を、ここに住んでいる人間達は、本物の空だと信じて毎日見ているんだ」
「あぁ、俺の知っている綺麗な青空だ」
一眼レフカメラを構えてると、雲一つない
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