2日目 目的と住処③

「へぇ〜、こっちの世界の部屋の間取りって、俺がいた世界と変わらないんだな」



 クロノスと一緒にこの世界で旅行をすることに合意した後、彼の提案で今日一日は外に出ずに部屋で過ごすことになった。


 旅行と言えば、色んな場所を見て回るのが醍醐味だと思うが、クロノスが言うには、昨日の一件で住人達が俺たちに対して、物凄く警戒心を持ったらしく、万が一俺たちを見かけた場合、防衛本能が働いて警察ドローンを呼ぶとのこと。

 そうなると、警察ドローンと再び鬼ごっこというわけだ。


 正直、学生時代は運動系の部活に所属し、社会人になった今でも週に3~4日ペースで、仕事帰りにジムで1時間ほど汗を流している三十路の俺としては、心身の健康を考慮して警察ドローンとの2回目の逃走劇は繰り広げたくない。


 一応、クロノスが時を司る神様として、らしいが、念の為に今日一日だけは自宅待機というわけだ。


  そして現在、外出が出来ないこと良いことに、俺は相棒の一眼レフカメラを携えながら、今住んでいる1LDKの部屋を探索していた。



「それにしても、これって凄い便利だな~」



 一通り部屋を探索し終えてリビングに戻ろうとした時、不意に探索をする前に交わしたクロノスとの会話が脳裏に蘇り、その場で足を止めると、クロノスから貰った腕時計型携帯端末に視線を落とした。





「そうだ。律にを渡しておかないとね」



 今日の予定を確認し、『せっかくだから、この部屋の探索をしよう』と思い立ち、椅子から立ち上がろうとしたタイミングで、クロノスがパーカーのポケットから徐に何かを取り出してテーブルの上に置いた。

 それが目に入った瞬間、俺は昨日の公園での出来事がフラッシュバックした。



「ん?……っ!? クロノス、これは!?」

「そう、律がこの世界に住む人間達に声をかけようとした時に見たはずだよ」



 そうだ、俺がこの世界のことについて教えて貰おうと声をかけた時、住人達がこれを操作して俺の目から消えたんだ。



「これって、何だ?」

「これは【ライフウォッチ】。この世界で生きていくには、必要不可欠な物だよ」

「ライフ、ウォッチ……」



 机に置かれたそれを恐る恐る手に取ると、まじまじと観察し始めた。


 見た限り、俺がいた世界で普及していた腕時計型携帯端末と瓜二つだ。

 前にクソ上司が始業前に自慢げに見せびらかしていたが……正直『また自慢かよ』って思ったんだよな。



「なぁ、クロノス。これを付けたら人格がおかしくなるとか無いよな?」

「何それ?……あぁ、律の場合は使ってるのを目の前で見たんだよね。それなら、大丈夫だよ。それを付けたからって、彼らのようにヒステリックにはならないから」

「そうなのか?」

「そうだよ。むしろ、ライフウォッチは君たち人間のを最大限に尊重して、人間の理想的な生活を手助けする為の優れものだから、人間に害を及ぼすようなことしないよ」

「そう、なんだな……」



 クロノスの言葉に半信半疑になりながら、視線を再び手元に戻した。


 もしも、クロノスの言う通り人間に害悪がなく、人間のことを一番に考えて、あらゆることに親身になってくれるのなら、この世界で普及していても不思議じゃない。

 しかし……



「なぁ、これを付けなかったらどうなる?」

「もちろん、この世界に住んでいる人間じゃないということだから、警察ドローンに追い回された上に捕まって、それから……」

「ちょっと待て! これ付けなかったら追い回されて捕まるって、一体どういうことだ!? 『もちろん』って話じゃないだろうが!?」

「だってこれ、律がいた世界で言う【身分証明書】であり、【戸籍証明書】みたいなものだよ」

「そうなのか!?」



 この腕時計が、身分証明書になるのか!?



「そうだよ。じゃあ、聞くけどさ。もし、目の前に身元が全く分からない人間が現れたら、律だったらどうする?」

「そりゃあ、警察に……って、まさか!?」

「本当、便利だよね~。この世界の人間じゃない律でもそう思うんだから、この世界に住んでいる人間達だって同じことをするよ。それこそ、悲鳴をあげて警察ドローンを呼んでさ」



 ライフウォッチを頬擦りするショタ神様を他所に、俺は昨日の件である結論に辿り着いた。


 じゃあ、俺を見て住人達が悲鳴をあげたのも、俺が警察ドローンに追いかけられることになったのも、もしかしなくても……



「……なぁ、一応確認なんだが、俺がこの世界の奴らに拒否されたのも、警察ドローンと鬼ごっこをすることになったのって……」

「鬼ごっこ?……あぁ、追いかけ回す遊びのことね。もちろん、律がライフウォッチをつけてなかったからだよ」



 分かりやすいな! この世界の住人達は!

 まぁ、気持ちは分からなくはないが……まさか、こんな腕時計型携帯端末をつけてないだけで、悲鳴をあげられて警察呼ばれるとは思いも寄らなかった。



「この世界の住人、余所者に対して容赦がなさすぎじゃないか?」



 というか、同族意識が俺のいた世界より強すぎるというか……



「まぁ、確かにね。ここの人達は余所者に厳しいというか、自分以外の人間に厳しいというか……彼らにとって、ライフウォッチを付けているか付けていないかは、自分にとって害悪になるかそうじゃないかの判断基準だから」

「そうなんだな」



 何とも分かりやすい判断基準ですこと。



「でも、そのライフウォッチをさえ付けていれば、律をこの世界に住んでいる人間として認識してくれるから、よっぽどなことが無い限り大丈夫さ。それに、人間にとってライフウォッチは、ありがたいものらしいから、律にとっても、そう悪くないものだと思うよ」

「本当か?」



 時の神様からのお墨付きを頂いた腕時計が、ますます胡散臭そうに思えてきた。

 見た目は、俺がいた世界で売られていたものと大差がない腕時計型携帯端末が、この世界で生きる為の……人権を握っている。

 それは、さっきのクロノスの説明で分かった。

 だが、これが人間に恩恵を与えてくれるとは、一体どういうことだろうか。

 まさか、人間に代わって家事や仕事でもするのだろうか。

 いや、いくら人間様に代わって、ドローンが警察の真似事が出来るほどに科学文明が発展してるこの世界でも、さすがにそれはないの……か?



「そう言えば、これの使い方ってどうすればいいんだ?」

「あぁ、そうだった。ごめんごめん、僕としたことが忘れていたよ」



 口では謝っているが、俺に対して『申し訳ない』という気持ちが見えないのは、きっと気のせいではないはず。



「これの使い方なんだけど……操作方法に関しては、律のいた世界と変わらないよ。でも……」



 クロノスがライフウォッチに内蔵されるディスプレイを操作すると、彼の目の前に色とりどりな半透明のポップアップが、いくつも浮かび上がった。



「うおっ!? 何だ、これ! こんなの、映画かアニメの世界でしか見たことないぞ!」

「フフッ、驚いてくれて何よりだよ。これは、ライフウォッチに内蔵されているAIが、カテゴリー別のポップアップを出してくれたんだ」

「へぇ~。これって、直接触れられるものなのか?」

「もちろん。このポップアップは、装着者の要望をみ取って、装着者の満足が得られるように、あらゆる選択肢を提示してくれるのさ」



 未来スゲ――! こんなことまで、AIがしてくれるのか!


 クロノスから操作を教えてもらい、自分のライフウォッチを操作すると、俺の目の前にもポップアップが現れた。

 ポップアップには【掃除】【食事】【風呂】など、この家で出来ることがジャンル別に分かりやすくカテゴライズされている。

 試しに【食事】と書かれてポップアップに触れると、他のポップアップが消えたと思いきや、【手料理】【デリバリー】【外食】と食事に関する更に細かいカテゴリーのポップアップが出てきた。


 確かに、こんなに選択肢がたくさんあるなら納得いくものが選べるな!

 でも……



「こんなに選択肢があると、逆に迷うな。選んでるだけで一日が終わりそうだ」



 あまりにも選択肢が多すぎても、判断に困ってしまう。

 装着者が要望しているものに対して、その要望を的確に汲み取り、出来るだけ多くの情報と選択肢を与えてくれるのは、調べる手間が省けてとてもありがたい。

  しかし、選択肢が多すぎると、出された選択肢を精査しなければならないので、それはそれで面倒だ。

 つくづく、人間という生き物は、欲深くて我儘わがままだなと思う。



「そうだね~。君たち人間って、そういう我儘で屁理屈なところがあるよね~」



 屁理屈言うな。正しいけれど。



「まぁでも、それが人間らしいといえば人間らしいけどね。でも、安心して。そんな律のような人間の為に、ライフウォッチのもう一つの使い方を教えるよ」

「もう一つの使い方?」

「とは言っても、使い方自体は至ってシンプルなんだけど」

「ん?」



 クロノスがポップアップを閉じると、テーブル向かって手の平を向けた。



注文オーダー、ホットコーヒー」

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