1日目 邂逅と逃亡(前編)
ん? 片方の頬と手のひらがひんやりと冷たく、そして小石が当たって痛い。
それに、目の前が真っ暗だ。
そうか。俺は今、うつ伏せで寝てるのか。
というか、何で俺はうつ伏せで寝てるんだ?
まぁいい。とりあえず目を開けて起きよう。
手の平の感触が確かなら、恐らくここはコンクリートで舗装された道のど真ん中だと思う。
だとすれば、通行の邪魔だからな。
「うっ、ううっ?」
そっと目を開くと、綺麗に舗装された黒いコンクリートが目に映った。
やはり、俺は路上で寝ていたようだ。
のそりと上半身だけ起き上がらせ、軽く胡坐をかくと自分の身体を触って確かめる。
「服装は、出かけたままの動きやすい格好のままだから、窃盗には遭ってないようだな。バックの中身は……通行の邪魔にならないところで確認するか」
背負っていたリュックを抱えて直して辺りを見渡すと、近所に木々が多く生い茂って大きな遊具がたくさんある公園が見えた。
あそこなら、大丈夫そうだな。
その場から足早に立ち去って公園に入ると、そのまま空いてるベンチに腰掛けた。
「よし、貴重品とかは盗られてないようだな。あとは、自転車なんだが……起き上がった時に無かったから、恐らく寝ている間に盗まれたんだな。仕方ない、交番に被害届を出しに行くか」
それよりも……
愛車の失踪以外に無事だった俺は、大きく溜息をつくとベンチから見える付近の風景に目を向けた。
「ここは、一体……?」
視界に入る建物が、どれも田舎暮らしでは滅多にお目にかかれない、お金持ちが住んでいそうな高層マンションだらけ。
この時点で、ここが俺の知ってる街ではないことは一目瞭然だ。
だが、空と辺りを染めていた色が『ここが、自分が知っている日本ではない』ということを思い知らせた。
「なんて、不気味な色をしてるんだ」
空に向かって呟くと、奇跡的に無事だった一眼レフを空に向かって構える。
幸いにも、日が差していなかったので遠慮なくシャッターを切った。
俺が一眼レフで切り取った空の色は……誰もが知ってる雲一つない綺麗な青空ではなく、ショッキングピンクをほんの少しだけ薄くしたような、いかにも人工的に創られたとしか言いようがない気味の悪いものだった。
その周りの建物や木々たちも、空の色に溶け込むように同じ色に染まっている。
「これって、もしかして……」
世に言う【異世界転生】ってやつか? いや、俺の場合は恐らく死んではいないから、【異世界召喚】になるのか?
一眼レフで撮った写真を見て首を傾げながら、もう一度辺りを見回した。
それにしては、かなり現代っぽいよな。
俺が学生時代に夢中になってた異世界を題材にした小説の舞台は、大抵が中世ヨーロッパのような古き良き感じだったんだけど。
「とりあえず、誰かに聞いてみるか。ありがたいことに、俺のことを遠巻きにだが見ている人が多いみたいだから」
さっきから余所者の俺のことが珍しいからだろう、ここの住人らしき人達が遠くから物珍しく俺のことを見ているのだ。
大してイケメンでもない俺に無遠慮に向けられる視線に、正直なところ気持ち悪いことこの上ないが、ここの事を知っているなら是非とも教えてもらいたい。
ベンチから立ち上がって身だしなみを整えると、熱心に俺のことを観察している一人に話しかけた。
「あの、すみません。少しだけ聞きたいことが……」
「キャ――――! 近寄らないで――――!」
……えっ?
営業スマイル全開で話しかけた途端、ふくよかなマダムがオーバーリアクションに俺のこと拒絶し、思わずたじろいだ。
確かに、さっきまで路上に倒れ込んだやつから、いきなり話しかけに来られたら怖いし、そりゃあ気味悪くて嫌かもしてないけど、そこまで大袈裟に拒絶しなくても良いんじゃないか?
「いや、ただここがどこか聞きたいだけで……」
「イヤ――――! 話しかけないで――――!」
はっ? 『話しかけないで!』って、そんなに俺のことが怪しいのかよ。
「だから、俺はただ、話を聞きたいだけで……」
「やめて――――! 私に汚らわしいものをうつさないで――――!」
はぁ!? 今、他人様のことを『汚らわしい』って言ったか!?
「おい、あんた! さっきから初対面の人間に対して失礼すぎじゃないか!? 俺はただ、ここかどこかだけ聞きたいだけで……」
「それ以上近づかないで! 礼儀知らずの野蛮人め!」
マダムの失礼な態度に素が出た俺に、叫ぶだけ叫んだ失礼千万なおばちゃんは、身に付けていた腕時計型の携帯端末のようなものを操作すると、目の前から姿を消した。
「え!? あのっ……えええっ!?」
え、消えた!? 今、あの人の話を全く聞かないマダムが消えたぞ!?
どういうことなんだ!? 魔法か? 魔法なのか!?
こんな現代的な建造物が軒並ぶ場所に、魔法なんてファンタジー要素が存在しているのか!?
「それよりも!」
あのBBA、本当にどこ行ったんだよ!? 言うこと欠いて赤の他人に対して『野蛮人』って何だよ!? それでも、いい歳ぶっこいた大人か!?
確かに、俺の今の服装は動きやすさ重視のものを着ているから、オシャレに敏感なマダムにとっては不快だったのかもしれない。
もしかすると、一応最低限の礼儀を弁えた俺の聞き方が、マダムにとって琴線に触れる言い方だった可能性だってある。
だからと言って、暴言を言って良いことにはならないんだけどな!
「でも、こちらと意思疎通とする気すら無かったからな。こればっかりは仕方ないか。これでも営業でそれなりに鍛えたつもりだったんだけどな」
そう言って周囲を見回すと、マダムのお陰で俺のことを遠巻きに見ている奴らの目は不審者を見る目になっていたり、さっきのBBAと同じように腕時計型の携帯端末を弄って消えてしまったりなどして、さっきより見物客が少なくなっていた。
この状況で聞き出せるか微妙なところだが、さっきのマダムが他の人よりかなり神経質だったかもしれないからな。
実際、営業先でそういうお客様に会ったこともあるから、俺にとっては特別珍しいことでもない。
小さく溜息をついていると、人が良さそうな顔をしたお兄さんが目に入った。
おっ、この人なら色々と教えてくれそうだな。最初からあの慇懃無礼なマダムではなくて、こういう優男に聞けば良かった。
「すみません、ちょっとお話を……」
「おい! こっちに来るんじゃねぇ!」
優男に親切に声をかけようとした瞬間、般若のような顔をして、俺の目の前から消えてしまった。
お前もかよ! じゃあ、別の人に……
「お姉さん、ちょっとお話よろしい……」
「来ないで――! 変態!」
はぁ!? 何なんだ、この世界は!!
その後、手当たり次第にこの世界の住人っぽい人から聞き出そうと試みたが、あのマダムと同じように他人に対して過剰に拒絶して、俺の目の前から次々と消えていった。
「もう何なんだよ、ここの住人達は。いくら何でも、困った人に対してキツすぎやしないか」
俺の鍛え上げられた営業技術が全く生かされず、連戦連敗で心が折れかけたその時、遠くから聞きなれたサイレンの音が聞こえてきた。
聞き馴染みがある音に、住人達の間を通り抜けて公園から出て忙しなく辺りを見回すと、近未来を舞台にしたドラマやアニメでよく見かけるような、自立走行型のドローンが体を少しだけ宙に浮かせ、頭部に付いた赤いパトランプを輝かせながら走ってきた。
「おぉ! 見るからにようやく警察のお出ましってところか。きっと、こちらの騒ぎを聞きつけて仲裁に入って来たのかもしれない!」
だとしたら、ちょうどいい! この世界のお巡りさんに助けを求めて、ついでにこの世界のことについて聞こう!
俺が大声で呼びかけようとしたそのとき、警察ものではお馴染みのセリフが、周辺一帯に響き渡った。
「そこにいるパーカー男! 住民に話しかけるのをやめて、大人しく捕まりなさい!」
ん? 『パーカー男』って、俺のことだよな? えっ? 俺今、お巡りさんから『捕まりなさい!』って言われたのか?
「いや、俺ただ話しかけてただけで! 警察にお世話になるようなことは何も……」
「問答無用! さっさとこちらに来なさい!」
こっちの言い分を一切聞いてくれない!?
この世界、一体全体どうなってるんだよ!!
「普段は真っ当で善良な市民の俺が、こんなことをするのは大変不本意だが、冤罪だけは勘弁だから逃げ……」
「こっち!」
「えっ?」
この世界の国家権力から敵前逃亡を図ろうしたその時、俺の手首を温かく小さな手が巻き付いた。
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