平安時代に桜舞う

栗田モナカ

第1話

平安京ーー。

東西南北を四神に護られている、巨大な

都。

高貴な者から、地べたに這いつくばる

様にして生きている者がいる。

闇があり、光もある。

そんな時代を生きる娘がいた……。



私は名前を楠葉くすのはと言い、

歳は十七。

陰陽師になるべく、天才陰陽師の邸で、

見習いをしながら、陰陽道の修行を

している。

お師匠である、天才陰陽師、晴明様は、

陰陽寮に勤めながら、帝や、貴族など

から、色々依頼を受けたりと、日々忙しい。

そんなお師匠様のお世話をさせて頂き

ながら、私も修行をしている。


お師匠様の邸は、土御門大路に程近い

場所に位置しており、内裏から見れば

鬼門にあたる。

内裏を護る役目も果たしている。



私には、四神(霊獣)を使役にする力が

備わっており、お師匠様直々に、色々と

学んでいる。

四神とは、東に青龍、西に白虎、

南に朱雀、北に玄武の四獣である。

都を護る霊獣。

何故私が、四神を使役に下しているか。

理由は分からない……。

しかし、私の生まれた地が、不思議な

力を持つ狐の森であるからだと、教え

られた。

と言う訳で、陰陽師を目指し、頑張って

いる。


私の修行の一つに、貴族の姫君方に、

占いを行ったり、相談事を伺ったりなど

がある。

簡単な占いや、厄除け、病の治癒は

できるので、お師匠様の勧めで、引き受け

ている。

四神を使役に下す者であるが、自分の

器が小さければ、四神の力を十分に

発揮する事ができない。

なので、今日も修行の為、私はとある

貴族の姫君の元へと出かけた。


一人、牛車に揺られる。牛車は、黒くて

大きな牛が引き、共の者一人、牛飼い童

一人を連れ、出かけた。


陰陽師のお師匠様は、帝や貴族の方に

信頼がある。

私はその方の弟子であり、見習いであるが、

陰陽師。

仕事の邪魔にならない程度の服装を

し、出かける。

薄衣に小袖袴。髪を後ろで束ねる。


邸を出て、牛車にしばらく揺られ、

私は上流貴族の住む、高級住宅街へと

やって来た。

そして、その中でもひときわ大きな

門構えの邸の前で、車を降りた。

私は、大きくて煌びやかな門を見上げた。


「大きな門だこと……」 ため息混じりに

一人言を言った。


と、門が重たい音を響かせ、開いた。

中から侍女と思われる女の人が現れ

「ささ。どうぞ、こちらです」 と、私に

声をかけ、中へと促した。

「失礼致します」 緊張しながら私は

中へ入った。


寝殿造りの立派な邸はとても広い。

中央に池があり、舟遊びができそうだ。

今は初春であり、庭の桜の蕾が膨らみ、

様々な花が開き始めていた。

中央の寝殿から、渡殿を挟んだ所に、

姫君の部屋があると言う。

侍女に先導され進む。

途中で侍女がお辞儀をし、下がった。今度は

姫君の女房に案内され、私は姫君の部屋へ

と入る。


整然とした部屋は、御簾が上げられ、

几帳が立てられていた。

「こちらへ」 と女房に言われ、几帳の

向こうにいる姫君の前へと進み、姫君と

対面した。

小柄な姫君が、こちらを向いて座って

いる。

萌黄の単に、袿を重ねて着ている。

髪は長く、綺麗に櫛がとおされていた。

小ぶりな顔は白く、黒い瞳が潤んでいる。

薄い唇は、ほのかに紅い。


「今日は、ようこそお出で下さりました。

私わたくしは、左大臣が娘、述子のぶこ と申します。

か細い声で述べた。

手にはたたまれた扇が握られていた。

女房は頭を下げ、端へと下がる。

しかし目を逸らさずに、静かにこちらを見て

いた。

私は 「この度は、どの様なご用件で

……」 姫君に頭を下げ、尋ねた。

「お顔を、お上げ下さい。 今日は

貴方に占って頂きたく、お呼び立て

致しました」 一層声がか細くなる。

目を伏し目がちにし、そう言った。


私は、頭を上げ、端に座る女房をちらり

と見、姫君に視線を移した。

……。

何やら思い詰めている顔をしている。

私はそう感じた。

「…… どの様な事を、占えと?」 静かに

尋ねた。


姫君は、少し黙っていたが、意を決した

様に私を見つめた。


「実は、私の父上の事で御座います」

口ごもりながら、そう言った。

「お恥ずかしい話、私の父上は、帝に

仕える四家の一つ。 最も栄える一族の

左大臣の任を任される者。 なれど、

権力を欲する心は恐ろしき物。

栄華を極める他家を、心よく思って

ござりませぬ……。 そして……」 自分の

着物の裾を、ぐっと握り 「悪しき者に

心をお売りになられ、そしてその一族

を陥れ、己が権力を握り、その座に

つかんと考える様になってしまいました」

か細い声であったが、凛としていた。

「それを、どの様に私わたくしに占え

と……」 ためらいがちに尋ねた。

「朝廷の信頼厚い陰陽師殿の、愛弟子

とお聞きしました。 どうか、父上を

操る者が誰であるかを占って下さいませ。

その者を、私は知りたいのです」

すがる様に黒い瞳を潤ませ、私の手を

握る。


私は困ってしまった。

この様な大きな依頼などとは思っては

いなかったのだ。

黙り込む私、そして、すがりつく姫君。

この姫君にとって、とても大切な事だと

言うのは、私にも痛い程伝わってくる。

「何故なにゆえ 姫君は、その様な事を

お分かりに? そして何故操る人物を

お知りになりたいとお思いに……?」

私は、できる限り情報を得て、ここは

一旦引き下がり、お師匠様にご相談

してみよう。

そう思い、姫君の手を握り返し、優しい

口調で尋ねた。

その際、大丈夫だとは思うが、私は

神経を他の場所に飛ばす。

何者かに聴かれてはいけない。

相手が、姫君が知りたいと思う人物で

あれば、危険にさらされかねない。

心の中で、四神に問いかける。

白虎……。

風を操る霊獣。

普段は姿を現さない。しかし、常に私の

周囲にいる。

(姫君の周り、邸の周りに異常はありません

か?)

心の中で呟く。

すると (少し、調べてみる)

声が消え、庭に風が吹く。

サーっと、邸の周りなど、隈なく風が

吹くが、誰も気付かない。

春の柔らかな風が吹き、そして

止んだ。

(……見たところ、異常はなさそうだが)


そう言い、気配を消した。



私は姫君に、再び尋ねる。

落ち着かない様子で、目をチラチラさせ、

居住まいを正し、話し始めた。


「少し前の事です。 父上は、急に私を

宮中に上がらせる。 そう仰いました。

帝に嫁がせると……。

帝には、皇太子になられるお子がいらっしゃいます。 しかし、父上は、何も案じる

事はない。 そう申しました。

その時の父上のお顔が、いつもと違う。

そう感じました。

権力を欲しいままにしている同一族

を悪く言い、必ずや陥れてやる。 そう

仰ったのです」

姫君は、強い口調でそう言った。

弱々しい声は消えていた。

父上を操る者を知りたい。と言う、強い覚悟を感じた。


「いつ頃から、お変わりに?」

「とある、僧らしき方が、少し前から、

この邸に出入りする様になり、

その頃から段々と、父上のご様子が

変わっていきました」

姫君は、女房を見た。少し歳のいった、

威厳のありそうな女房である。

姫君は、よほど信頼しているのであろ

う。この様な席でも、女房を外させない。



私は 「お話は分かりました。しかし、

色々と難しき問題がある故、一度この

お話を持ち帰らせて頂きたく思います」

姫君を真っ直ぐ見た。 「……分かりました。 そちらにも、ご事情がおありでしょう。

なれど……。 何卒、よしなに、お願い

申し上げます」

握る手が、強まった。

よほど、父上の事を案じておられる

のだろう。

今、何もできない自分が不甲斐ない。

私は、姫君の手を優しく離し、懐から

一枚の護符を取り出し、姫君に手渡し

た。

お師匠様の護符である。


「何も危険はないと思います。 しかし、

万が一を考えて……。 それを、肌身離さずに

お持ち下さい」 笑顔を作り、姫君に

そう言った。

「感謝致します」

小さく言い、護符を両手で胸にあてた。


帰りの牛車の中、私は先程の事を考えて

いた。簾を上げると、春の花の匂いが

道に立ち込めていた。

春の陽気とは裏腹に、私の心は重かった。



夜ーー。

帰宅したお師匠様の支度を整え、夕げを

とった後、部屋で仕事をしていた

お師匠様に、今日の事を報告し、相談する。

「あの……。今日お伺い致しました、

お邸の姫君の事で、ご相談が……」

お師匠様の前に座った。白湯を手に取り、

お師匠様が改まる。

「……なんでしょう」

白湯を口にし、床に置いた。

私の真剣な顔に、少し驚いている。

「今日、お伺い致しました邸の姫君から、

ある事を占って欲しいと、頼まれ

ました。占いはお断りしたのですが、

その理由をお尋ね致しました。

姫君が申すには、ご自分のお父上に、

何か悪しきものがついているのでは。

そう仰いました。


私は、今日、姫君から聞いた事、そして

頼まれた事など、お師匠様に話した。


「ふーむ、なる程ねぇ……」 ことの外

呑気な声が返ってきた。

「悪しきもの……。 ナゾですね」 面白

そう。と言う目をした。

「あ、あの……。 お師匠様? これは

由々しき事かと思い、 その場では占いを

せず、戻って参りました……」

少し前のめりになり、訴えた。

「占うも何も、その様な事を下手に

したら、楠葉、相手に気付かれて

しまう恐れがある。 下手に何かを

探ろうとすれば、相手に己の気を送る

事になりかねない。 それは、教えたで

あろう」 お師匠様は、何を言ってるのか?

と言う顔をされた。

「はぁ……」 私は何も言い返しす事は

できない。


私には、相手に悟られずに、何かを探る。

と言う事が、まだ完全にはできない。

お師匠様の仕事を目で見て、陰陽道の

書を読み、夜には星読みをする。

勿論、式盤で占いもできる。

しかし、高等技術は、まだ持ち合わせ

てはいない。


「四神を使役に下せているのに、

勿体ないですねぇ」

白湯をすすり、お師匠様は言った。


「う……」


確かに、何度も言うが、四神を使える

能力はある……。

けれど、まだまだ、出来ない事が沢山

ある。


「しかし、まあ、これからですよ。

慌てずに行きましょう」


お師匠様は、実にのんびりとし口調で

そう言った。


お師匠様はまだお若い。けれど、天才陰陽師であり、帝や貴族の依頼を受け、祈祷や占い、時には妖物退治と言った仕事をする。

仕事は素早く、無駄なくこなす。

仕事をしている時は、勿論、のんびりとした

お顔ではなく、真面目だ。



何より顔立ち良く、背もスラリと高い。

式神が、この邸にいるのを除き、私は

お師匠様との生活を楽しんでいた。


「しかし、頼まれてしまった以上、 どう

にかせねばなりませんねぇ」

思案気に、天井を見上げた。


「四神に色々探って頂くとか、 ちょっと

した式を使うとか。 まあ、方法はいくつかあります。 こちらの気を悟られぬ様に

しなければなりませんが……」

お師匠様の視線が私に向けられた。

「え?私ですか?」

「勿論。これは楠葉、貴方の仕事

です。 まあ、多少の手伝いは致しますが。

相手が相手ですからねぇ」



そう言うと、白湯を飲み干した。



相手が相手……。それはそうだ。

左大臣の姫君のご依頼。

姫君のあの思い詰めたご様子。

言葉巧みに、姫君のお父上を操る者、姫君の父上の左大臣も、帝に娘を嫁がせ、外戚関係を狙う。目的はそれぞれであろう。


上流貴族の、頂点に君臨するお家柄、

権力争いは、私の考えの及ばぬ物で

ある。しかし、それにつけ込む相手が

いる。私にどれほどの事ができるので

あろうか……。

四神の主あるじ として、どこまでできる

のか。

先の見えない不安が襲う。




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